査読への信頼――査読者の視点から(前編)

査読への信頼――査読者の視点から(前編)

ピアレビュー・ウィーク2020のテーマは「査読への信頼」。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が世界中で猛威を振るっている今、このトピックはこれまで以上に重要性を増しています。テーマの狙いは、ベテラン査読者による査読への取り組み方や、査読者としての経験を深く理解し、さまざまな課題への対処方法について議論することです。学術出版界全体で査読への信頼について話し合うこの機会に、今年のテーマに対するベテラン査読者たちの見解を尋ねてみました。具体的には、以下の質問を投げかけました。
 

  • 査読者としての経験から何を学びましたか?また、査読への信頼を育む上でのような貢献をしていますか?
  • 校正サービスは、査読者の負担を減らし、査読への信頼を高めることによって、著者と出版をサポートするに役立と思いますか?


学術コミュニケーションに不可欠な査読というプロセスについて、査読者たちは次のように語っています。それぞれの回答をご覧ください。


査読者としての経験から何を学びましたか? また、査読への信頼を育む上でどのような貢献をしていますか?


ATIYAH ELSHEIKH:

まず、査読を2種類に分けたいと思います。

a. 投稿後に行う、無償の査読業務

b. 投稿前に行う、プロによる有料の査読サービス 


私は両方を経験していますが、これらは完全に同じものとは言えません。

前者の場合における査読者の責任は、論文著者が、説得力のある適切な議論と、明白なエビデンスと、適切なプレゼンテーションによって、合理的で有意義な貢献ができているかどうかを判断することです。これは、論文のいくつかの側面で評価することができ、必ずしもあらゆる細部を検証する必要はありません。このタイプの査読は、査読者の知識と経験、ならびに対象ジャーナルの水準と領域に応じて、主観的なものにならざるを得ません。一方、投稿前の査読サービスにおける査読者の責任は、投稿後の査読における基準を満たさないと考えられる科学上の問題点について、著者にアドバイスを送ることです。いずれの場合も、論文が公開されたときの見栄えに影響を及ぼすことになるので、査読者は、対象ジャーナルの読者にとって有益な、価値ある論文に仕上げようとするものです。

人というものは、多かれ少なかれ、経験の集積でできています。そう考えると、査読は、個人としての成長や学習プロセスのみならず、人格にも影響していると言えます。この中から、貴重な経験だったと思えるものをいくつか挙げてみましょう。

著者が査読者から恩恵を受けていることは明らかですが、私たち査読者も、査読を行うたびに何らかのことを学んでいます。論文を読み込んで行くと、論文著者個人に関する洞察が得られます。著者の人格は、書かれている内容、情熱、目標、そしてそれを成し遂げようとする方法に、ある程度まで反映されるものです。この意味で、真摯に行われた査読はすべて、それ自体がユニークで比類のない貴重な経験なのです。

科学的側面については、査読者が必ずしも投稿者と同じ程度に豊富な専門知識を備えている訳ではないこともよくあります。徹底的な批判的レビューを行うことで、自分も新しいことを学ぶことができるので、それを、自分の控えめな知識とつなげるのです。すると、自分の専門性と著者の専門性との間に、これまで想像もしなかったような、貴重なつながりが見出されます。これは、バラバラな情報の欠片のような無限のコレクションにも見える知識(もしくは科学)が、実際には、我々が考えるよりもはるかに相互に関連していることの表れなのかもしれません。

著者と査読者の両方を経験してみて分かったのは、完璧であることは不可能だということです。完璧な研究というものは、存在しません。常に改善の余地があるので、部分的な完成を目指し、それに満足するかどうかということなのでしょう。


MICHAEL RADIN: 教科書を執筆する者として、論文のリジェクト理由を探す非協力的でネガティブな査読者に対応することと、協力的な査読者に対応することがどういうことであるのかは、理解しています。一緒に働いたことのある査読者の中には、素晴らしい人たちもいました。「ここが間違っているので改善して欲しい」ということを率直に伝えてくれるのです。論文を出版させたいという気持ちを持っているので、出版に値するものにしようと、協力しようとするのです。これこそが、私の信念です。査読者として著者を導き、重要な細部に見逃しがないかを確認したいと思っています。例えば、パズルのピースが欠けていて論文が成り立っていないケースがあります。論文を書くときは、自分の論文のどこがユニークなのか、セールスポイントは何なのかを分かっていることが肝心です。誰かの家に入ろうとするときに、見苦しいドアや窓が目に入ったら、入るのを躊躇するのと一緒です。逆に、ドアや窓が美しければ、入りたいと思うでしょう。これが、論文を書くときの心構えだと私が思っていることです。

言語が障壁になることはめったにないと思います。細部の欠落の方が、はるかに深刻な問題です。実際、英語を母語とする著者の論文でも、うまくアイデアを示し、セールスポイントを伝えることができていなければ、大きな問題が生じます。最近レビューした論文は、カオス挙動を表現しようとしていたのですが、なぜカオスが存在するのか、またはなぜカオスにつながるものがあるのかについての説得力がありませんでした。そこで私は、レビューにこう書きました。「なぜこれがカオスなのか納得できません。なぜこれが起こるのかについて、少なくとも具体的な例を提供する必要があります。実に素晴らしいユニークなアイデアをお持ちですが、カオスについての主要な考え方が示されていません」。私はこれまで、優れたアイデアを持った著者たちを見てきました。アイデアの真価が分かるだけの経験も持っています。しかし、そのような経験を持たない人は、ナンセンスだと思い込み、読みたいという気持ちになれないかもしれません。私の狙いは、潜在的に素晴らしいアイデアが失われることのないように、そうした問題が起こらないようにすることです。実際は、頻繁に起きているのです。それを防ぐのが、査読者としての私の責任です。つい最近、景気循環に関する自分の論文(ヤロスラヴリ大学のロシア人の同僚との共著論文)の査読では、とても良い経験をしました。査読者たちは、どこにどのような問題があるのかを浮き彫りにし、論文の質とセールスポイントをどう強調するかについて、非常に正確な提案をしてくれました。


OLEG SIDLETSKIY: 「査読への信頼」に関する意見を聞かせてほしいと言われたときは、少々戸惑いました。なぜなら、科学論文の査読や科学は、一般的に、「信頼」とは別次元のものだからです。科学は宗教ではありません。少なくとも自然科学では、論文内でなされている提案はすべて、実験的または理論的なデータ、または引用によって裏付けられていなければなりません。査読者としての経験から、私は、裏付けのない提案を信用してはならないと学びました。複数のパラメータで顕著な改善が主張されている場合は、とくにそうです。しかし、査読者としての仕事は、たとえ自分が著者の主張に疑念を抱いていても、リジェクトを避けるためにその主張を裏付ける方法についてのヒントを与えることでもあります。著者もまた、査読者の回答には同様に反応するべきであり、査読者からのどんな提案も、確かなエビデンスなしに信用すべきではありません。だから、私は、なぜ著者の提案が間違っていたり不適切だったりするのかについて、説得力のある論拠を示すことで、査読への信頼を育くむ手助けをしていると思っています。一方、良い結果を強調し、分野における論文の重要性を認めることは、喜びです。

残念なことに、ジャーナルの出版社がアクセスする査読者は、論文のトピックに関して十分な力量を持っていないこともよくあります。査読者は、間違いを犯します。でなければ、論文を十分に吟味する時間がありません。私の論文の査読者も、明らかに利益相反を宣言していなかったケースが、これまで何度かありました。一方、力量のある査読者の公平な目線は、論文の完成度を高める上で非常に有益です。論文の校正サービスを利用することで、適切な査読を受けられるチャンスがおおいに高まるでしょう。


校正サービスは、査読者の負担を減らし、査読への信頼を高めることによって、著者と出版社をサポートするのに役立つと思いますか?


ATIYAH ELSHEIKH: 論文の文章や記述内容を改善するために十分な努力を払うことは、査読者の時間を尊重するだけでなく、論文のレベルを上げるためにも、重要なことです。実際、記述がお粗末では、科学的側面における努力が不十分であると解釈されかねません。(もちろん、必ずしもそうとは限りませんが。)また、査読者の時間を尊重するための十分な努力をしなかったとみなされる可能性もあります。素晴らしい科学的成果が、査読を受けるに値する状態に整理されていないのは、非常に残念なことです。

また、投稿前の論文レビューサービスは、投稿後の査読でのリジェクトを防ぎ、査読回数を減らすだけでなく、投稿直後のデスクリジェクトの回避にも有効です。ポスドクや院生は、論文のオリジナリティをアピールするためのアドバイスを必要とするものですが、経験豊かな教授でも、同僚にも見つけられないような厳しい目で欠落しているものを見極めてもらえれば、非常に助かるはずです。論文を改善するためのあらゆる努力を著者が行なっていれば、このステップは、投稿後の査読プロセスをより良いものにし、さらには、査読プロセス全体への信頼を向上させるでしょう。


MICHAEL RADIN: 校正は、非常に有益です。私たちは、ジャーナルが論文を処理するプロセスを、著者に信頼して欲しいと思っています。著者が、不当に扱われていると感じることがあってはなりません。それは、ジャーナルにとって大きな問題です。論文をリジェクトするなら、公正な形で行われるべきであり、詳細な説明と説得力のある論拠を示すべきでしょう。間違いや、他論文との重複、独創性の不足などは、論文をリジェクトする場合の確固たる理由となります。論文のリジェクト理由も、著者に伝えられるべきです。また、他誌に投稿する際のアドバイスを添えて、論文の改善方法についての助言も与えられるべきです。これは、経験の浅い著者にはとくに言えることです。論文をリジェクトする安易な道を探すのではなく、著者を導くことが大事です。私たちは、著者が感情を害して去ることを望んでいません。査読は公正に行う必要があります。校正は、このプロセスを円滑にするために有効でしょう。

査読者に論文出版の経験があれば、それは非常にプラスになります。指導評価と査読には、相関関係があります。それらが有効に機能するためには、正しい態度や経験が必要なのです。教授陣の一員なら、学生の学びと、学習プロセスを通じた学生への指導が、スムーズに進むことを望むでしょう。そうした人たちは、論文をレビューするときにも同じ態度で臨む可能性が高いのです。ジャーナルの編集委員としては、レビューの実施件数ではなく、レビューがいかに公平に行われているかを重視して、バランスを取ることを探るべきでしょう。公正で厳正なレビューは、心の重荷や悪感情を後に残さない、もっとも効果的なものなのです。


OLEG SIDLETSKIY: ジャーナル編集委員会の負担を軽減し、査読者の作業時間を減らすために、論文校正サービスがどの程度役に立つのかを出版社が理解しているかどうかは分かりませんが、カクタスのおかげで、私は、論文校正サービスを受ける前と後での論文の違いを実感しました。今回ばかりは、私を信じてください。その違いは歴然としています!校正サービスは、大学院生、博士号取得者、新米研究者に、とくにおすすめです。


後編も、ぜひお読みください。後編では、当社のベテラン査読者が、査読における主な課題や、AIとテクノロジーによる編集と査読プロセスの改革について語ります。


当社エキスパートたち


Atiyah Elsheikh博士(自然科学)
Modelica(モデリカ)ベースの技術に関する独立コンサルタント研究者(Mathemodica.com)

Atiyahモデリングとシミュレーションを専門とし、主にModelica、動的システム、最適化、逆問題、プロセス工学、コンピュータ科学、ソフトウェア工学を用いたオブジェクト指向モデリングに力を入れている。応用分野は、システム生物学やサイバー物理エネルギーシステムなど。バックグラウンドは、数学クウェート大学で1999年に理学士及び2001年にディプロマ取得)およびコンピュータサイエンス(ドイツのアーヘン工科大学で2005年に理学修士及び2012年に博士号取得)。研究活動に約10年間携わった(ジーゲン大学、ユリッヒ研究センター、オーストリア工科大学)。査読済み論文30出版しており、さまざまなジャーナルで査読を行っている(そのうち4誌はQ1ランクのジャーナル。現在はModelicaベースの技術の独立コンサルタント兼研究員Mathemodica.com。2019年11月からカクタス・コミュニケーションのフリーランス査読者として主に数学論文のレビューを行いScience や Natureをはじめとする一流誌向けに、多くの投稿前査読を担当している

 

Michael A. Radin博士
ロチェスター工科大学 数理科学部 数理科学科 准教授

Michael20年以上にわたってギリシャとラトビアの複数の大学で指導にあたり、論文の改善に関するフィードバックを提供。教育学的経営、教育学的イノベーション、教育学的リーダーシップに関する学際研究に取り組みながら、多くのセミナーやワークショップを開催。4冊の教科書を出版しており、現在5冊目に取り組んでいる。Forum Scientiae Oesomia, Journal of Nonlinear Dynamics, Psychology and Life Sciences, Journal of Proceedings of International Conference on Society, Integration and Educationの編集者としても活動。オンライン授業を積極的に導入し、従来の対面授業での25年の経験をさらに強化している。


Oleg Sidletskiy教授(工学博士)

ウクライナ国立科学アカデミー 発光材料研究所 部門長

Oleg査読者として10年以上の経験を持つ。Crystal Research and Technology, Journal of Crystal Growth, Materials Science and Engineering B, Optical Materials, IEEE Transactions on Nuclear Science, Radiation Measurements, Chemical Physics Letters, Crystal Growth and Design, Physical Chemistry Chemical Physicsなどのジャーナルで約100本の論文の査読を実施した。110本以上の論文を出版しており、カクタス・コミュニケーションズのレビュアーとして80本以上のレビューを実施した。

 

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