査読への信頼――査読者の視点から(後編)
荒れ狂うパンデミックは、学術出版や研究活動を含め、ほぼすべての活動をストップさせてしまいました。世界でオンライン化が進むにつれ、学術出版界の関係者には、査読への信頼を維持できるよう努めるというプレッシャーが増しています。査読への信頼は、今年のピアレビュー・ウィークのテーマでもあります。私たちは、査読という不可欠なプロセスにおける課題と、テクノロジーが査読プロセスに及ぼす影響について、経験豊富な査読者との対話を続けています 。査読への信頼を高めるための方法を含めた、査読プロセスに関する査読者たちの意見をご覧ください。
査読への信頼に影響を与えると思われる課題は何でしょうか?原稿評価などでのAI技術の活用は、査読プロセスの迅速化に役立つと思いますか?
ATIYAH ELSHEIKH: 査読論文の出版点数は年々増えているので、投稿後の無償の査読のみに頼っている現状は、見直して改善する必要があるでしょう。科学論文の出版社が莫大な利益を得ていることを考えると、ジャーナル編集者、著者、査読者など、出版にもっとも貢献している人たちが経済的報酬を得られていないという現状は、健全な状態ではありません。したがって、健全な状態を目指すには、難しいことかもしれませんが、出版に貢献する人たちの努力に対して、その貢献に見合うだけの経済的報酬が与えられるようにすることが必要だと思います。
人はこう言うかもしれません。分かった、やってみましょう、と。ですが、これは難しい挑戦になると思われます。これから示す事例は、このステップに対する潜在的な障害物という訳ではありません。まず、無料のオープンアクセスジャーナルの査読者はどうでしょうか?どのように報われるのでしょうか?公的資金や税金で賄われるプロジェクトの論文はどうでしょう?それらは、オープンアクセスであるべきではないでしょうか?査読者が公的機関や民間の研究機関に関わるなど、二重の役割を果たしている場合は、どのような利益相反が生じるでしょうか?私たちは、これらの問いに誰かが回答を示してくれることを願っています。
原稿のレビューを評価するためにAIベースのテクノロジーを採用することについて、ここではっきりした答えを出すことは危険でしょう。100年後にこれを読んだ人は、笑っているかもしれません。それでも、さらに次のような疑問を投げかけたいと思います。
- 想定されるAI技術は、論文投稿のどのレベルで機能するのでしょうか?査読前なのか、それとも査読後でしょうか?
- テクノロジーは、投稿論文をリジェクトするために採用されるのでしょうか?それとも、アクセプトするため?その両方?
- どの論文もそれぞれにユニークである場合、どのように人間の創造性を測定、検証、論破することができるでしょうか?
- AIテクノロジーが査読者の代わりになれるのなら、私たちは自宅でただ座って、AIテクノロジーが独創的な新しい論文を執筆し出版しているところを見学していればいいのでしょうか?
創造的なマインドが、これらの疑問に現実的な答えを出せるのか、またどのような答えを出せるのかを、さらに見て行きましょう。
MICHAEL RADIN: アメリカの学術システムの管理面は、徐々に弱体化しています。教授陣をサポートしようとしない管理者がいるためです。しかし、このような状況によって、教授陣が目標を達成し、「意志あるところに道は開ける」という理念に従うのが阻害されることがあってはなりません。私の個人的な態度は、「もしやるのなら、きちんとやる」というものです。教室での対面授業からオンライン授業に切り替わって、今では110人の学生を教えるようになり、授業計画を準備する必要があったため、かなりの数の査読を辞退しなければなりませんでした。そのため、今は査読者を見つけるのが難しいかもしれません。正しい態度を持つ査読者を見つけるのは、さらに難しいでしょう。課題は、主に2つあります。 レビューしてくれる人を見つけることと、著者を導き、著者をつぶそうとしない正しい態度をもった査読者を見つけることです。
レビューをするのなら、きちんとしたレビューをしなければならない、というのが私の意見です。例えば、教科書のレビューをしっかり行うなら2日間かかりますが、5ページの論文なら1時間もあれば見られます。実際には、レビューごとにかかる時間は、論文のトピックと、それがどのように書かれているかに依ります。1時間で見られるものもあれば、7時間かかるものもあるのです。査読者の中には、ただ給与を受け取りたいがために専門外の査読を行い、表面的なレビューをして、リジェクトの理由を見つけようとする人もいるかもしれません。しかし、査読者は姿勢を改めるべき時です。でないと、著者に出版の機会を与えることができません。
コロナ禍下では、授業の目標値がエスカレートし、管理者は教授陣に休みを与えないようにするので、非常に厳しい状況になることもあります。著者はより忍耐強くなる必要があるでしょう。コロナの前よりも長く待たされることになるからです。これは避けられない状況でしょう。しかし、遅れが生じるからといって、信頼レベルが低下することがあってはなりません。信頼を確実に維持するために重要なのは、レビューの質です。専門外の人による迅速でも不十分なレビューは、著者の助けにはなりませんが、遅くても優れたレビューは、間違いなく有益です。もう一つの有効な手段は、報酬の導入です。レビューのために報酬をもらえば、ボランティアとして行なっている場合よりも、仕事をより真剣にとらえるでしょう。支払う側も、査読者に毅然とした態度を取ることができます。 例えば、「これでは不十分です。次回も同じなら、依頼を打ち切ります」といった警告を与えるのです。また、仕事内容がひどかった場合は、支払いをせず、不誠実な仕事は受け入れられないと伝えます。もし私の仕事なら、そういう風にやるでしょう。
テクノロジーは確実に査読に役立つと思いますが、査読者には何らかのトレーニングが必要です。正しい態度を持たない査読者は、あらゆる種類のテクノロジーを乱用できるようになるので、対策として、一定のガイドラインがあるべきです。AIによる投稿前レビューも便利ですが、著者として知っておく必要があるのは、ジャーナルがどういった論文を探しているのかということです。以前、一流誌に論文を投稿したとき、「あなたの論文は当誌の方向性と一致しません」と言われました。リジェクト宣告を受けるために長い間待たせる代わりに、そのように告げてくれたのです。このように、予備的なレビューは、ジャーナルと著者の双方にとって、間違いなく有益なものです。
OLEG SIDLETSKIY: 科学論文の執筆は、一つの芸術です。絵を描き、小説を書くのと同じです。AIは、良い映画と悪い映画を区別できるでしょうか?一発屋の素晴らしい曲が分かるでしょうか?おそらく、将来は可能になるでしょう。でも、いまはまだ不可能です。今現在、人間の査読に代わるものはありません。そのため、近い将来も、査読者の必要性は変わらないでしょう。歓迎しますので、ぜひ査読者コミュニティに参加してください!
少なくとも、しばらくの間はAIや新技術が査読プロセスに取って代わることはないでしょう。しかし、適切な段階で倫理的に使用すれば、編集プロセスに関わるすべての人の意思決定プロセスを合理化し、強化することができます。AIと出版に興味がありますか?カクタスには、エディテージの英文校正サービスやエキサイティングな新ソリューション があり、著者が査読プロセスを迅速化できるようサポートしています。
前編も、ぜひお読みください。前編では、査読者としての経験や、校正で著者や出版社をどのようにサポートできるかが語られています。
当社エキスパート
Atiyah Elsheikh博士(自然科学)
Modelica(モデリカ)ベースの技術に関する独立コンサルタント/研究者(Mathemodica.com)
モデリングとシミュレーションを専門とし、主にModelica、動的システム、最適化、逆問題、プロセス工学、コンピュータ科学、ソフトウェア工学を用いたオブジェクト指向モデリングに力を入れている。応用分野は、システム生物学やサイバー物理エネルギーシステムなど。バックグラウンドは、数学(クウェート大学で1999年に理学士及び2001年にディプロマ取得)およびコンピュータサイエンス(ドイツのアーヘン工科大学で2005年に理学修士及び2012年に博士号取得)。研究活動に約10年間携わった(ジーゲン大学、ユーリッヒ研究センター、オーストリア工科大学)。査読済み論文約30本を出版しており、さまざまなジャーナルで査読を行なっている(そのうち4誌はQ1ランクのジャーナル)。現在はModelicaベースの技術の独立コンサルタント兼研究員(Mathemodica.com)。2019年11月からカクタス・コミュニケーションズのフリーランス査読者として主に数学系論文のレビューを行い、Science や Natureをはじめとする一流誌向けに、多くの投稿前査読を担当している。
Michael A. Radin博士
ロチェスター工科大学 数理科学部 数理科学科 准教授
20年以上にわたってギリシャとラトビアの複数の大学で指導にあたり、論文の改善に関するフィードバックを提供。教育学的経営、教育学的イノベーション、教育学的リーダーシップに関する学際研究に取り組みながら、多くのセミナーやワークショップを開催。4冊の教科書を出版しており、現在5冊目に取り組んでいる。Forum Scientiae Oesomia, Journal of Nonlinear Dynamics, Psychology and Life Sciences, Journal of Proceedings of International Conference on Society, Integration and Educationの編集者としても活動。オンライン授業を積極的に導入し、従来の対面授業での25年の経験をさらに強化している。
Oleg Sidletskiy教授(工学博士)
ウクライナ国立科学アカデミー 発光材料研究所長
査読者として10年以上の経験を持つ。Crystal Research and Technology, Journal of Crystal Growth, Materials Science and Engineering B, Optical Materials, IEEE Transactions on Nuclear Science, Radiation Measurements, Chemical Physics Letters, Crystal Growth and Design, Physical Chemistry Chemical Physicsなどのジャーナルで約100本の論文の査読を実施した。110本以上の論文を出版しており、カクタス・コミュニケーションズのレビュアーとして80本以上のレビューを実施した。
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