「科学でちょっと一杯」をすべての人と地域へ

「科学でちょっと一杯」をすべての人と地域へ

「リサーチ・コミュニケーション」は今や流行語となり、科学界にとどまらない一般社会に向けた、新たな科学コミュニケーション手法に関する議論が盛んに行われています。一般的な伝達手段には、動画、グラフィカルアブストラクト、レイサマリー(一般用語で書かれたサマリー)、ポスター、インフォグラフィックス、学会プレゼンテーションなどがありますが、もし、パブでビールを片手に科学者と語れる場があったとしたら、おもしろいと思いませんか?今回のインタビューでは、それを実現する取り組みに関わっている女性に話を伺いました。


フルタイムの科学コミュニケーター兼イベントオーガナイザーであるエロディー・シャブロル(Elodie Chabrol)博士は、一般人が気軽に科学者の話を聴ける場を設けることを目指すグローバルイベント、「Pint of Science」(PoS)のインターナショナル・ディレクターを務めています。博士はPoSフランス支部の設立者でもあり、最近では科学に関する音声ポッドキャストを毎週配信しているフランスの人気番組「Podcast Science」にも参加しています。PoSの主な目的は、パブやバーなどの身近な環境で、科学研究に関する楽しい話を一般の人に聞いてもらうことです。ざっくばらんな環境を用意することで、科学界と一般コミュニティの交流が促進され、科学への社会的関心が構築されるのです。


シャブロル博士は神経科学の博士号を取得し、ポスドク研究者としても活動していました。研究者としての経験から、科学をより効果的に伝えるにはどうすればよいかということを肌で理解しています。科学コミュニケーションの世界に足を踏み入れた2013年以降、博士は立ち止まることなくPoSに関わり続け、世界中の科学者たちが自分の体験談を共有して他者に刺激を与えられる世界の構築に情熱を注いでいます。


今回のインタビューでは、PoSの取り組みに関する話題のほか、ジャーナル論文以外の新たなプラットフォームによる科学コミュニケーションへの世界的関心の高まりについてお話を伺いました。また、科学コミュニケーションに関する研究者のためのアドバイスも頂きました。


Pint of Science」とシャブロル博士の役割について詳しく教えて頂けますか?

Pint of Science」(PoS)は、 地元のパブに第一線の科学者を招き、一般の人々と最新の研究や発見についてディスカッションする場を設ける非営利組織です。予備知識は一切不要で、科学の未来を担う人々に(ビールを片手に)出会うことのできるチャンスを提供しています。このイベントは、例年5月の数日間に開催されますが、別の月に開催される場合もあります。20175月には21ヶ国300都市で開催し、12万人もの人々が参加してくれました。私はこのイベントのインターナショナル・ディレクターとして、いくつかの役割を担っていますが、毎年新たな開催国を選定してガイダンスを行い、イベントを発展させることもその1つです。2013年にはPoSフランス支部を設立してディレクションを行いました。また、PoS開催国でのイベント関連のコミュニケーションやプロモーションにも多くの時間を割いています。


PoSのイベントではどのようなディスカッションが繰り広げられていますか?エピソードがあれば教えてください。

PoSイベントでのディスカッションは、多岐にわたっています。100%科学に関する話題のこともあれば、研究者の個人的話題になることもあります。たとえば、パリでブラックホールの研究をしている天体物理学者が、日々の生活について聞かれることもあるでしょう。


科学的事実だけではなく、その科学を支えている「人」への興味が生まれることは、非常に素晴らしいことだと思います。日常生活で科学者と交流する機会はあまりないものですし、映画やテレビなどのメディアを通して描かれる科学者像は、現実と違うどころか、かけ離れています。研究室での生活は、『CSI:科学捜査班』に出てくるようにアクション満載ではありませんし、『ビッグバンセオリー』で描かれるような突飛な出来事も起きません。それに、科学者は決してクレイジーな人々ではないのです!だからこそ、科学を支える現実の科学者と交流し、普段はちょっと小耳にはさむ程度で感情移入がしにくい科学者たちの人間性に触れる機会を提供できることを、嬉しく思っています。


パリで初めて開催した年は、天体物理学者のジャン=フィリップ・ウザン(Jean-Philippe Uzan)氏が注目を集め、1時間半にわたって質問攻めにされ、誰もなかなか帰ろうとしませんでした。そのときの光景は今も心に焼き付いています。実に素晴らしいディスカッションを目の当たりにしました!


研究者から科学コミュニケーターへの転身は、容易または困難でしたか?また、転身のきっかけは何だったのでしょう?

若手研究者時代に、英国初のPoSに参加したのが最初のきっかけでした。この頃は、フランス支部の資金調達やディレクションを任されながら、同時進行で研究も4年間行なっていました。研究が完了したタイミングで、フルタイムで科学コミュニケ―ションを専門にすることにしました。転身は、容易だったとも困難だったとも言えます。研究者をやめる決断をしないまま経験を重ねた仕事であり、研究を行なっていた4年間ですでに多くの時間を割いていたという意味では容易でした。一方、研究をしながら空いた時間にイベントのディレクションを行うことは、バランスを取るの大変だったという意味で困難でした。そんな状況も、楽しんでいましたが。


いつも言っているのですが、私の人生は「情熱」、「幸運」、「睡眠不足」という3つの言葉で表すことができます。今やっていることが本当に好きという意味で「情熱」、PoSに完璧なタイミングで参加できたという意味で「幸運」、PoSでの当初は昼間は研究室に籠っていたので徹夜でPoSの仕事をせざるを得ないことが何度もあったという意味で「睡眠不足」です。


博士は学に関する音声ポッドキャストをフランスで毎週配信しているPodcast Science」チームのメンバーですが、現代の科学コミュニケーションにポッドキャストが果たす役割はどのようなものだとお考えですか?

ポッドキャストは、現代の科学コミュニケーションにおいて非常に重要な役割を担っていると思います。仕事中や運動中や移動中に、科学に関するポッドキャストを聴けるという環境は素晴らしいと思います。以前は、書物やテレビからしか科学や研究の情報を入手できませんでした。情報に触れられるプラットフォームの多様性やアクセスのしやすさという意味で、その柔軟度は高くなかったと言えます。でも、運転しながら論文を読むことはできませんが、ポッドキャストなら聴くことができます。現状では思うようにポッドキャストチームに時間を割けていませんが、ベストを尽くしたいと思います。


科学コミュニケーションに変化をもたらしている最新の動向を挙げるとすれば、それは何でしょうか?

科学コミュニケーションの分野は、急速に成長しています。科学者たちはその重要性を認識し始めていますし、一般社会も科学コミュニケーションに関心を持ち始めています。大きな動向を挙げるとすれば、科学コミュニケーションに関わる科学者が増え続けていることでしょうか。そのような人たちは、研究を行うことと同じくらいに、科学コミュニケーションが重要な仕事の1つであることを理解し始めているのです。この意識の変化は大きな一歩であり、一般社会にとっても素晴らしいことだと思います。私たちは、科学者が世界のあらゆる場所で自分の成果を手軽に紹介できるプラットフォームを提供できていることに、喜びを感じています。


学術出版界が向き合うべき最重要課題は何だとお考えですか?

出版は専門ではありませんが、現行システムには多くの欠陥があると思います。それらについて多くの議論が巻き起こっていることも認識しているので、欠陥ができるだけ早く改善されることを願っています。その中でも重要なポイントだと思うのが、科学者が論文をどのジャーナルで出版したかで評価されることと、出版至上主義の厳しい学術界で生き残るには画期的なデータを発表しなければならないということです。ネガティブな研究結果は出版されない場合が多いですが、これは時間や予算、ときには研究者のキャリアさえも無駄にしてしまうシステムです。莫大な予算を費やして失敗に終わった研究があったとして、その研究で何がなされたかを公開することは、後に続く研究者が同じ失敗を繰り返さないためにも意義のあることではないでしょうか?これはあくまでも、学術出版界が抱える問題の1つにすぎません。システムが非常に時代遅れになっているので、劇的なアップデートが必要でしょう。


BioMed Centralのブログ記事の中で、ダブルブラインド・ピアレビュー(二重盲査読)を支持されていました。これがもっとも効果的な査読方式だと考えますか?

私は査読の専門家ではありませんが、査読者が論文著者を知っているために公平な査読が行われていないと感じられるケースを見たことがあります。そのようなこともあって、ダブルブラインドはより公平な査読方式だと考えています。


PoSの将来の展望をお聞かせください。

PoSの将来は非常に明るいと思います!私たちは、毎年違った形で成長を続けています。


今後も開催国を増やし続けますが、それと同時に、科学が盛んでないために科学コミュニケーションがより必要とされる地域にも活動を拡げていきたいと考えています。また、それぞれの国の中でも開催地を増やしていきます。たいていは大都市からスタートしますが、より小規模な都市や郊外へも活動を拡大します。私の目標は、科学コミュニケーションを日常生活の一部にすることなのです。


すべての人と地域に、科学を届けたいと考えています。


より効果的な科学コミュニケーションを行うために、研究者へのアドバイスを頂けますか?

はい、喜んで!
まずは聴衆を知り、聴衆に合わせることが必要です。つまり、子ども、大人、一般人、科学者など、背景や予備知識の異なる層によって、コミュニケーション戦略を変える必要があるということです。コンテンツを提供する相手に合わせることが、成功へのカギです。これは一見簡単そうですが、そうでもありません。専門用語ではなく一般用語を使うなど、言葉選びに細心の注意が必要になるからです。科学者でない友人や家族を相手に話す練習をして、ターゲット層に内容が伝わるかどうかを確認することは、自信をつけるための方法としてお勧めです。


その他のアドバイスとしては、科学的事実だけを淡々と述べないようにすることです。個人的な話題も盛り込んで、聴き手が共感できるようにしましょう。自分がなぜその研究に魅了されたのかを説明しましょう。複雑なスライドやグラフは省きましょう。可能な場合は、実験道具などを持ち込むと、聴き手は興味を示します。豊かな表現をすることに尻込みしないでください。また、滑稽に感じるかもしれませんが、顔の表情はメッセージを伝えるための優れた手段です。皆さんの研究が、一般の人々に伝わることを願っています!


アドバイスをありがとうございました。科学の伝達と普及に対する博士の情熱に、私たちも心を揺さぶられました!

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