「研究者が誤解されないようにすることは、きわめて重要です」

「研究者が誤解されないようにすることは、きわめて重要です」

このインタビューでは、カクタス・コミュニケーションズ日本法人代表取締役の湯浅誠が、EuroScience会長のマイケル・マトロス(Michael Matlosz)教授にお話を伺いました。インタビュー前半では、研究者のための草の根の非営利組織「EuroScience」のビジョンと使命について伺いました。後半の今回は、昨今の学術出版の変化と、それが若手研究者に及ぼす影響についてお聞きします。マトロス教授は、従来のアプローチと新たなトレンドの間で若手研究者が板挟みになることを懸念しており、若手研究者に影響を及ぼし得る政策レベルの決定を下す前に、研究者の意見や希望を理解しておく必要があると主張しています。


マイケル・マトロス教授は、カリフォルニア大学バークレー校で電気化学工学の博士号を取得後、華々しいキャリアを築いてきました。1985年からスイス連邦工科大学材料科学科で勤務した後、1993年からロレーヌ大学(フランス)に移り、現在は同大学で教授を務めています。また、Fondation UNIT会長、フランス技術アカデミー選任会員も務めています。さらに、フランス国立研究機構(パリ)の理事長兼CEO20142017年)、欧州における研究および研究への資金提供に関わる主要機関の連合体であるScience Europeの会長(20152017年)を歴任。そして2018年、EuroScience会長(任期4年)に就任しました。


EuroScienceは若手研究者との交流にも意欲的ですが、どのようなアプローチをとっていますか?

私たちは、EuroScienceの未来と欧州全体の科学の未来は、システムに新たに入ってくる若い才能をどう扱うかにかかっていると考えています。オープンアクセス、科学的公正性、社会的説明責任などに関する、欧州での差し迫った議論についてはご存知かと思います。私自身、これらの議論や動向の背後にある原則に賛同しているということは明確にしておきたいのですが、同時に、これらの新たな課題や変革が波紋を起こすことによって、新たな規範や行動や働き方が生まれているということも認めなければなりません。そして、研究者がもっとも懸念している問題の1つは、これらの変化に評価システムや報酬システムがどのように適応すべきかについて、誰も議論していないということです。


リスクを背負うのは若い世代の研究者です。若手研究者たちは、専門家としての新たな規範(オープンアクセスに関するものなど)という圧力に挟まれながら、従来の出版慣行に基づく価値観を持つ古い世代によって評価されることになります。この変革が適切に管理されない場合、科学慣行の新たなアプローチを支持しているという理由で若手研究者に不当な評価が下され、キャリアが妨げられ、「失われた世代」の研究者を生むことにつながってしまうでしょう。


私はEuroScienceの会長として、若手研究者を代表する団体と交流する必要性を強く感じています。実際、共通の課題や問題や懸念を持っているEurodoc(欧州の博士候補者および若手研究者の評議会)とは、緊密に連携しています。協力することで、科学慣行の新たな枠組みへの移行を推進しつつ、改善できると考えています。


昨今の欧州の科学情勢の変化について、教授のご意見をお聞かせください。

少し残念に思っているのは、多くの場合、新たな取り組みを推し進めているのは科学者ではない人々だということです。研究者が誤解されないようにすることは、きわめて重要なことだと考えています。私はけっして、オープンサイエンスや科学的公正性や社会的説明責任に関する取り組みを否定しているわけではありません。しかし、取り組みを推進している人々は、研究者や科学者も人間であることを理解し、当事者たちへの敬意や配慮を忘れてはならないと思います。誰にも悪影響を及ぼさないような新たなルールを作るときは、科学者を含むすべての利害関係者の考えを把握しておくことが重要です。科学者の貴重な声を代弁する組織は多くないので、その意味で、EuroScienceが負っている責任は大きいと思います。変革は、曖昧な計画のもとで実行するべきものではありません。変化から直接的な影響を受ける人々(今回の場合なら若手研究者)を関与させることがきわめて重要だと考えています。


年長でより経験豊富な研究者は、変化に適応できないかもしれません。そうした人たちが引退すれば、新たな慣行は新世代に引き継がれるでしょう。しかし、その移行過程で、新世代のキャリアの展望を傷つけることがあってはなりません。最高の頭脳を持った人々にとって、研究が長期的キャリアとして魅力的な選択肢であり続けなければならないのです。才能豊かな人々を「失われた世代」にしてしまえば、そうした状況も失われてしまうでしょう。これこそ、私たちの取り組みが不可欠である理由です。私たちは、社会に貢献したいだけでなく、科学コミュニティが新たな制約や条件に適応できるよう支援したいのです。当事者たちの声に耳を傾け、その声を代弁することでしか、変化への適応をサポートする術はありません。新たなルールを課すだけでは不十分なのです。


教授は、さまざまな国の多様な人々と共に活動されています。それぞれの利害関係者の異なる要求に、どのように対処していますか?

まず理解しなければならないのは、欧州のすべての国が必ずしも欧州連合(EU)の一員ではないということです。EuroScienceにとってこれが何を意味するかというと、EU非加盟国のスイスやノルウェーやアイスランド出身の科学者も、欧州の研究界の一部であるということです。EuroScienceは、英国が将来的にどのような立場に立とうと、英国の研究者との強固なつながりを絶つことはありません。東欧諸国にも門戸を開いていますし、実際、最近ジョージアの組織が機関スポンサーになってくれました。EuroScienceには、欧州の機関に属していない、ロシアをはじめとする欧州諸国の代表者も所属しています。


これらの地域出身の科学者も、紛れもなく欧州の科学者です。EUつまり欧州の共同体と、欧州の科学を混同すべきではありません。欧州の科学は、欧州大陸に属するすべての国の貢献によって発展しています。各国が、研究に関する独自の政策、法律、アプローチを持っています。2つとして同じ国はないのです。この多様性こそ、私たちの財産です。私は、これらの違いを考慮し、尊重する必要があると考えています。ただ、多様性があると同時に、欧州大陸のすべての国の科学者に共通する問題もあると見ています。EuroScienceでは、そうした問題を特定し、研究者たちと協力しながらベストプラクティスと社会貢献を推進しようと努力しています。


最近では、かつてよりもコラボレーションへの関心が高まっており、研究者たちは海外でのチャンスを積極的に探っています。欧州は地理的移動性に優れた地域ではありますが、注意すべき要素もあります。たとえば、社会福祉制度(とくに健康保険と退職関連の制度)は、欧州諸国間で異なります。これは大きな問題です。なぜなら、研究者が国境を超えて活動することは奨励されているものの、社会システムの違いのために、本人たちが何らかの不利益を被る可能性があるからです。これでは、私たちの努力が逆効果に働くことになり、研究者にとっても不都合です。こうした問題は科学とは無関係であり、外国での生活における社会状況に関するものです。EuroScienceは、研究者の職場環境やキャリアの展望に焦点を当てているので、そうした議論で建設的な貢献を果たせるよう努力しています。私自身がたどってきたキャリアを思うと、この件については敏感にならざるを得ません。私は現在フランス人としてフランスに住んでいますが、生まれたのは米国で、キャリアをスタートさせたのはスイスでした。科学とはまさに国際的な営みであり、地理的流動性は科学的コラボレーションの大事な要素なので、私がたどってきたキャリアは決して珍しいものではないはずです。


EuroScienceは、欧州議会や欧州委員会などの行政・立法機関とも連携しています。これらの機関とはどのような対話をしているのでしょうか?

EuroScienceは、我々を重要な利害関係者とみなしている欧州委員会と強固な関係を築いています。私たちは、Horizon 2020プログラムや、新たな枠組みのプログラムであるHorizon Europeへの移行についても意見を述べています。これらのプログラムはEUが進めているものですが、EU非加盟国も協力会員として参加できる可能性があるため、より幅広いインパクトが期待できます。スイス、ノルウェー、アイスランドなどは財政面でHorizon 2020に貢献し、プログラムに直接関わっています。これらの国は厳密にはEUの一員ではありませんが、Horizon Europeにも同様の貢献を果たしてくれるでしょう。


科学者の活動に影響を与える取り組みは、欧州委員会の政策に影響されるため、欧州委員会との交流はきわめて重要であると考えています。欧州委員会はこの22年間(EuroScienceが設立されて以来)、常に前向きで建設的な姿勢を崩さず、私たちが懸念やニーズや意見を表明する機会を提供し、こちらに耳を傾けてくれています。


また、欧州議会の科学技術選択評価委員会(STOA)とも、非常にダイナミックで長期的な関係を築いています。STOAは、科学技術分野における選択肢の検討に専門的な関心を持ち、将来の科学技術への見通しと展望を持つ、欧州議会のメンバーで構成されたグループです。


STOAおよびSTOAが起ち上げたSciene Media Hubとは定期的に連携し、科学コミュニケーションや科学ジャーナリズムに関する問題に対応しています。最近、Sciene Media Hubが主催する科学ジャーナリストのためのサマースクールに参加する機会があり、EuroScienceの代表者として、人工知能がジャーナリストや科学ジャーナリズムに及ぼす影響について話をしました。


おもしろそうなお話ですね!今後予定しているイベントはありますか?

あります!来年は、連携企業と特別イベントを共催する計画を立てています。このイベントのコンセプトは、産業における科学の重要性にフォーカスすることです。産業部門で働く研究者と協力することは、学術コミュニティを支援する我々の取り組みを補完するものであると考えています。これこそが、産業部門における科学の主要な支援者であるScience Businessと協力関係を結んでいる理由です。EuroScience Open ForumESOF)では、すべての主要利害関係者たちが全方位的に交流できるよう努めています。ESOFのフォーラムには、欧州委員会、欧州議会、EU加盟国およびその他の欧州諸国の代表者が出席します。また、学術界と産業界の研究者、科学ライター、ジャーナリスト、コミュニケーター、政策立案者、関心を持つ一般市民なども参加します。


EuroScienceの最大の課題は何ですか?

1997年にEuroScienceが誕生したときは、米国の科学振興協会(AAAS)の欧州版を作ることが目的でした。しかし、EuroScienceの規模はAAASよりもはるかに小さいので、大きなことは言えません。私たちの現在の最大の課題は、会員を大幅に増やし、会員との関係を維持し続けることです。AAASの会員数に追いつくことは難しいかもしれませんが、AAASは設立から150年が経過しているのに対し、EuroScienceはまだ20年を少し過ぎた程度です。150年後には、私たちもAAASと同等かそれ以上の組織になっているでしょう。短期的にメンバーを大幅に増やす努力が必要です。ESOFのイベントには、毎回数千名の科学関係者が参加してくれています。参加者たちとの交流を強化し、長期的な関係を構築していく必要があるでしょう。


ただ、エンゲージメントは容易ではありません。EuroScienceには約3000人の会員がいますが、全員が活動しているわけではありません。これは、我々のような組織ではよくあることです。多くの人は、意義を感じたことには自発的に取り組みますし、重要であると感じれば、時間やエネルギーを注いでくれます。これは、すべての会員がボランティアであるAAASのような巨大組織であっても同様です。したがって、真の課題は、これらのボランティアを引き込み、使命に沿った活動の推進に必要な専門的資質を維持できるグループを形成することです。私たちは、会員の懸念を解消するために、EuroScienceの活用を促す方法を探っています。EuroScientistという小規模ながら好評のウェブマガジンを運営しており、毎月80001万人に読まれています。これは、会員にとって重要な事柄に関する意見を共有するための、気軽なプラットフォームとして機能しています。


マトロス教授、素晴らしいインタビューをありがとうございました!EuroScienceの使命を全うするための情熱に、勇気づけられました!

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