「科学の知識・原理・法則・慣行の背後には、必ず血の通った人間の物語があります」

「科学の知識・原理・法則・慣行の背後には、必ず血の通った人間の物語があります」

核科学者/エンジニアであるA.P.ジャヤラマン(Dr. A.P. Jayaraman)博士は、インドで画期的な科学コミュニケーション戦略を実践することに情熱を注いでいます。科学者としてのキャリアを歩む中で、科学コミュニティと一般コミュニティの間に溝があることを実感した博士は、一般コミュニティにも科学をより身近に感じてもらうための取り組みを行う決心をしました。その一環として、科学コミュニケーションに「物語」という概念を持ち込むことの重要性を広めるための「Academy for the Advancement of STEAMScience, Technology, Engineering, Arts and Mathematics)storiesSTEAMの物語を紡ぐアカデミー」を創設しました。今回のインタビューでは、科学コミュニケーションについての考え方をお聞きしました。博士は、科学にはたくさんの物語があり、それを活用するか否かは私たち次第だと言います。また、インドの科学教育を刷新する必要性や、新たなコミュニケーション形式を活用する未来の科学コミュニケーションについても伺いました。


ジャヤラマン博士は、科学の博士号と経営学のPGDMMPost Graduate Diploma in Materials Management)のほか、機械工学と電子工学のディプロマを持っています。核科学者/エンジニアとして学術的訓練を積んだ後は、科学教育を再構築するプロジェクトに情熱を注いでいます。学術界で輝かしいキャリアを歩む中で、インドにおける科学コミュニケーションの普及に貢献したことが評価され、「International Copernicus Award for Science Popularization」をはじめとして、国や州から数々の表彰を受けています。最近まで、Sadanam Institute of Management Studies(ケララ州パルガート)の学部長および技術経営学教授を務めていました。National Centre for Science Communicators(ムンバイ)では、副委員長として、「Creative Science Literature for Children(子供のためのクリエイティブな科学文学)」という新たな分野の創設や、国際ストーリーテリング会議で科学に関する物語を紹介するなどの活動を行なっています。長年に渡り、インド国内で多くのワークショップや、教師・子供・科学者・政策決定者向けのトレーニングイベントに参加しています。また、これまでに20冊の科学関連書籍と、5000本以上の論文の著者として名を連ねています。

Academy for the Advancement of STEAM Stories創設の経緯を教えてください。その活動についても詳しくお話し頂けますか?

私は多くの学会、セミナー、ワークショップに出席して、科学者や科学教育者とさまざまなディスカッションをしてきました。これらのイベントや交流を通して、科学を一般の人々にも理解しやすくする方法を生み出さなければならないと感じました。この想いが、「Sci-story」(“science”と“story”を組み合わせた造語)を語り継いでいくための団体の創設につながりました。


インドでは、ストーリーテリングと科学を融合させる試みは別個に行われてきました。たとえば、シヴァダス(Sivadas)教授は子供向けの「Sci-story」書籍をマラヤーラム語で180冊以上執筆しており、数年に渡ってEurekaのクリエイティブ・エディターを務めています。インドで使用されている複数の言語で同様の取り組みがなされていますが、問題は、それらの本の露出を高めるためには、より多くの言語への翻訳や音訳が必要であるということです。また、「Sci-story」の計画、企画、実行、デザインの監視、製品の流通などを行うことは、大規模なプロジェクトであることも実感しています。


今のあらゆるレベルの科学教育に不足しているのは、物語的な要素です。現在、教室で教えられている「科学」は、暗記重視の退屈で味気ないものです。しかし、科学とは科学者が行うものです。したがって、すべての科学的知識・原理・法則・慣行の背後には、血の通った人間の物語が存在しています。科学の歴史は物語の宝庫なのです。特定の方法で何かを知ったり行なったりするという科学的手法は、思考や生き方の手段として発展させなければなりません。科学者たちが科学的手法を実践し、それをもって物事を改善していくプロセスに、もっと注目すべきなのです。周期表を例に挙げてみましょう。それぞれの元素には、少なくとも10以上の物語があるはずです。すべて合わせると、1つの周期表の中に約1200もの物語が存在しているということになります。とは言え、科学者が物語を語ることに消極的であるという別の問題があるのも事実です。キャリアの最盛期にいる多忙な科学者は、科学コミュニケーションにおける物語の機能に懐疑的で、同僚から「ストーリーテラー」と揶揄されることに警戒心を持っています。


これらの問題の重大さと、一般の人々に科学をより身近に感じてもらいたいという想いが、「Academy for the Advancement of STEAM stories」の創設につながりました。本アカデミーは、科学の領域に学術的な厳格性をもたらしています。STEAMアカデミーの中心メンバーは、STEM分野で平均30年の活動経験を持つ大学教授で構成されており、それぞれが、編集者、核科学者、機械工学士、電子工学士、天文学教育者、数学の学位を持つ校長、哲学・論理学者としても活躍しています。哲学・論理学者のマーク・ノワツキー(Mark Nowacki)教授は、Logic Mills Learning Academy(シンガポール)のCEOも務めており、我々が作っているSTEAMの物語に、純粋理性、論理、認識論が組み込まれているかどうかをチェックしてくれています。さまざまな専門性を持つ人材が集まっているこのチームで、インドの科学教育センターや研究機関とのネットワークを駆使して、「Sci-story」の普及を目的としたイベントを主催しています。

インドの科学コミュニケーションという文脈において、人を引き付ける科学情報とはどのようなものですか?

現在インドの学校で行われている科学教育は、数学や物理では、教科書の内容を暗記させたり、方程式を何度も書き写させたり、与えられたデータをもとに数式を解かせたりする手法が主流です。生物学でも、生徒が良い成績を取るためには、指定の教科書に書かれた言葉や意味、図を暗記することがもっとも一般的な方法です。


私は科学について考えるとき、よく硬水を頭に浮かべます。その硬水のもととなっているミネラルを除去し、水を軟化、または口当たりの良いものにするにはどうすればいいのかを考えるのでます。これと同じように、私たちは、科学をより口当たりの良いものにしなければなりません。そうすれば、一般の人々の科学への意識が高まり、より多くの関心を集めることができるはずです。生徒の興味を引くことを目的に作られた短編の「Sci-story」は、補助教材として使用できるでしょう。それだけでなく、学術出版産業の利害関係者の関心を引くことにも利用できるかもしれません。


科学を「軟化」させることは、科学を矮小化させることと同義ではありません。もちろん、科学者たちにドラマチックな物語を求めるようなこともしません。それでは、研究者たちの貴重な時間を邪魔し、コアメッセージを薄めてしまうことになるからです。しかし、研究テーマに関する分かりやすいスライドや2分程度の物語を作ることはできるはずです。コンパクトで、興味深く、科学的に正確な物語は、科学の「軟化」に大きな役割を果たすでしょう。このような物語を、ワークショップやマスメディア、ソーシャルメディアを通して、教師や政策決定者、一般コミュニティ、その他の学術関係者に届けるのです。また、引退した科学者たちのネットワークを作って、彼らの物語を世に発信するという計画もあります。このネットワークを駆使すれば、多種多様なインドのSTEAM物語を構築できるのではないかと考えています。

インドの科学コミュニケーションはどのように進化していますか?

インドの科学コミュニケーションは、印刷媒体の大衆科学誌やラジオからスタートしました。科学ジャーナリストが活躍する時代が来ましたが、彼らは主に、インドのさまざまな地域ですでに名のある記者や科学教員でした。今日の利害関係者の多くは、科学と一般社会の接触の優先度を高めています。科学研究をより多くの人に届けることが求められる状況の中で、ストーリーテリングや路上パフォーマンスといった手法も、科学コミュニケーションの新たなフォーマットと見なされています。意識の高い市民科学者たちのおかげで、人々の科学に関する活動も変化を見せています。かつて、科学的な世界観を噛み砕いて分かりやすくしていたのは一般的な科学でした。また、迷信の撲滅も、新たなコミュニケーション形態を提示する上で魅力的かつ有効なテーマでした。そして、科学リテラシー向上の機運が高まる中、科学報道に対するより構造的なアプローチが取られるようになりました。科学コミュニケーションは、大衆科学誌や新聞の科学コラムとともに、着実に進化を遂げてきたのです。


とは言え、科学コミュニケーションにおいて新たなフォーマットを用いるためには、コミュニケーターが考え方を改める必要があります。新たなコンテンツも、これまでと同様に、その重要性と科学性を維持しなければなりません。科学に言及しているものはすべて精査される必要があり、コミュニケーターにも相応の力量が求められます。新たなフォーマットで科学的発見や情報をシェアする者は、断定を避けるのが無難でしょう。また、エンドスルファンプラチマダ地方におけるコカコーラ社への抗議といった、有害物質の発生や大衆への影響が懸念される現象など、危険や有害性の周知を行う場合は、慎重なコミュニケーションが求められます。

編集者やジャーナルは、自誌の論文の垣根を越えて科学コミュニケーションを行うために、考え方を改める必要があると思いますか?

比較的著名なジャーナルとその編集者の一部は、従来の頑ななアプローチを軟化させる必要があると考えています。サー・C.V・ラマン(Sir C.V. Raman)が古くから出版界に懸念を表明していたことは良く知られていますが、「出版するか消え去るか(Publish or perish)」という文化では、どの科学者も一流誌での論文発表に熱心です。彼らの夢は、心血を注いだ論文を高名な査読付きジャーナルで発表し、数多く引用されることです。編集者たちが厳格に定めたルールがあり、リジェクトされまいとする著者たちは、そのルールに忠実に従います。


学術出版界にはほかにも、いわゆるインゲルフィンガー・ルール(Ingelfinger ruleと呼ばれるものがあります。これは、新たな知見の純潔を保つためのルールで、マスメディアの報道によって知見が「汚染」されないようにするためのものです。たとえば、New England Journal of Medicine誌での論文発表を目指す研究者は、メディアと距離を保ち、学術会議などの公的イベントを避けるしかありません。これがインゲルフィンガー・ルールで、メディアと連携することは自殺行為と同義なのです。それでも、現場の研究者は論文を出版しないわけにはいきません。仕事の一環として、助成団体に進捗状況を報告するなどの活動も必要です。だから、研究の露出やインパクトを高める最良の方法は、論文出版に加えて代替的な方法(インフォグラフィック、プレスリリースなど)で科学コミュニケーションを図ることなのです。

今後、科学コミュニケーションはどのように変化していくでしょうか?科学コミュニケーションの代替手段は、将来どのような役割を果たすと思いますか?

科学は大規模に組織化された活動です。多大な投資がなされており、その投資に見合った結果を出さなければなりません。All India People’s Science Networkによると、歴史上の99%の科学者が存命で活動中であることが分かっています。


ある記事によると、インドでは1万人のうち4人が科学者です。中国ではこの比率は1810,000で、シンガポールやその他の先進国では801,000を越えています。研究者の数が多い分だけ科学的成果も膨大ですが、これらの成果が、科学コミュニティだけでなく一般コミュニティにも届けられるようにし、社会の改善にポジティブな役割を果たすようにしなければなりません。科学コミュニケーションは、それを実現するためにもっとも重要な要素です。科学技術関連の社会問題がある場合、人々に情報を届けるための代替手段を考える必要があります。たとえば、南インドのケララ州での科学活動を支援する任意団体「Kerala Sastra Sahitya ParishadKSSP」は、科学の普及だけでなく、持続可能性や発展に向けた解決法の提案も行なっています。彼らはインドの農村に住む人々が日常的に使用できる、優れた燃費性能を持つ製品を開発しています。


科学が社会に与える影響が高まり、「ポスト真実」の時代が到来している今、科学コミュニケーションの未来は明るいと言えるでしょう。将来的には、代替的な手段での科学コミュニケーションを使うケースが増え、学術出版という絶対的基準を超越することになると思います。「Sci-story」は主流となり、学習や教育に欠かせないメソッドとなるでしょう。


ジャヤラマン博士、ありがとうございました。科学の普及に関する取り組みが実を結ぶ日が来ることを楽しみにしています!

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