イラン核合意からの米国の離脱が科学に及ぼす影響
2018年5月8日、ドナルド・トランプ米大統領は、イラン核合意からの米国の離脱を発表しました。ホワイトハウスは、「イランと関連する事業を縮小すること」を目的として、厳格な経済制裁を再開する意向を示しています。多くの国々がこの動きに対する懸念や見解を表明する中、科学コミュニティもまた、今回の決定が科学の未来に及ぼす影響を懸念しています。その懸念の内容を見ていく前に、まずは今回の動きを確認しておきましょう。
イランに制裁が課された経緯
イランは1970年代から核開発を進めており、2000年代初頭にはアラクとナタンズの2ヶ所に核濃縮施設を建設していたことが明らかになりました。イランのこのような核開発計画によって国際的な緊張が年々高まりを見せていたことを受け、国連、米国、EUは、イランにいくつかの制裁を課しました。これらの制裁によって輸出産業に大きな打撃を受けたイラン経済は、急下降を余儀なくされました。
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制裁がイランの科学に及ぼした影響
イランの研究者は、制裁によって国際共同研究に参加することができなくなりました。この措置は、イランの科学研究にも打撃を与えたのです。それどころか、実験器具の確保やジャーナルの購読が困難になったイラン人研究者たちは、国内で研究を行うことすら難しくなりました。他国との共同研究もままならず、イランの科学は衰退の一途をたどります。
イラン核合意が締結された経緯
イランは制裁後も核開発を続けました。イランに核開発の停止を呼びかける説得が繰り返し行われた後、「包括的共同作業計画(JCPOA)」と呼ばれる合意が2015年に締結されました。この合意は、国連安全保障理事会常任理事国5ヶ国(中・仏・英・露・米)にドイツを加えた「P5プラス1」が先導し、イランが核計画を制限することと引き換えに、制裁を解除することを定めたものです。
合意締結後のイランと米国の関係
当初、イランの研究者たちは、この核合意によって国際共同研究の機会が開かれると楽観的な見方をしていました。しかし、米国とイランの外交関係が改善に向かうことはなく、Nature誌は、「両国間の科学的交流は停止した」と報告しています。米国科学アカデミーの工学および医学部門は、米イラン間の科学交流活動の一環として運営していたプログラムを打ち切る措置を取っています。
欧州がイランの研究者との共同研究を比較的円滑に進めていた一方、米国とイランの関係は同じようにはいきませんでした。核合意の締結後も引き続き課されていた制裁によって、米国の研究者は、イランの研究者と共同研究を行うには事前許可を得る必要がありました。このような規制は、両国の不和を引き起こす要因となっていました。
トランプ氏の決定に対する研究者たちの反応
今回の発表を受けて、研究たちはネガティブな影響が起きることを懸念しており、重要な科学研究が進まなくなる可能性だけでなく、世界平和についても憂慮しています。カリフォルニア大学アーバイン校の水文学者でイラン系米国人のソルーシュ・ソルーシアン(Soroosh Sorooshian)氏も、「誰もが心配しています。なぜなら、イランの核開発活動を監視し続けることも、共同科学研究の計画を実行することも難しくなってしまうからです」と述べています。以下は、地質学者で議会議員候補(カリフォルニア州)のジェス・フェニックス(Jess Phoenix)氏のツイートです:
『トランプ氏による#IranDeal(イラン核合意)からの離脱は、私たちの安全保障を危険にさらすだけではありません… 世界中で行われている重要な科学研究を脅かすものでもあります。この件で、エビデンスベースの政策決定の重要性を改めて認識させられました!#Jess2018#science #CA25』
一部の研究者は、2016年の大統領選当時から警戒を強めていました。トランプ氏は選挙期間中から、「恥ずべきイラン核合意の撤廃を再優先課題とする」ことを公約に掲げていました。トランプ氏が実際に大統領に就任する直前には、ノーベル賞受賞者や核兵器開発経験者、ホワイトハウスの前科学補佐官をはじめとする37名の研究者が、合意からの離脱に反対する公開書簡を大統領に送っています。
今後の動向
イラン核合意からの米国の離脱を受け、イランは核開発を再開する準備を進めていることを明らかにしています。現時点では合意を順守する必要がありますが、イランのハッサン・ロウハニ大統領は、「今後は国益に基づいた判断を下す」意向であることを表明しています。現在イランが関わっている国際共同研究や将来的な科学活動に、これらの動きがどの程度影響を与えるかは、今後のイランや諸外国の動向に左右されることになるでしょう
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参考資料:
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