研究倫理教育、産みの苦しみ~文科省新研究不正ガイドライン適用を前にして

研究倫理教育、産みの苦しみ~文科省新研究不正ガイドライン適用を前にして

2015年3月6日、上智大学で「研究倫理教育責任者・関係者連絡会議」が開催され、600名を超える人たちが集まった(その時の様子はNHKクローズアップ現代(2015年3月10日放送)にて紹介された)。この会議は、2014年8月に制定された文部科学省の「研究活動における不正行為への対応等に関するガイドライン」で各研究機関に求められている「研究倫理教育責任者」たちが、4月1日からの新ガイドライン適用を目前に意見交換などを行うという目的で開催された。会議で明らかになったのは、研究倫理教育のあり方を模索する各研究機関の姿だった。

 

2014年はSTAP細胞の事件に揺れた年として記憶に残るだろう。30歳(当時)の若い研究者が画期的な内容の論文を『ネイチャー』誌に2報も立て続けに出したことは、世間の喝采をあびた。しかし、その2報の論文が捏造、改ざん、盗用などの研究不正にまみれていたことが明らかになった。論文は撤回され、責任著者の一人が自死するなど、科学者コミュニティに留まらないスキャンダルな事件となった。また、STAP細胞の事件の陰に隠れてあまり語れないが、同年12月26日には、東京大学分子細胞生物学研究所の加藤茂明元教授の研究室で発生した33報に及ぶ研究不正事件の最終報告書が公表されている。こうした事件が、一般市民の科学研究への不信感を増幅している。

 

こうしたなか、文部科学省は、2014年8月26日、「研究活動における不正行為への対応等に関するガイドライン」を策定した。これは、大阪大学や東京大学で研究不正が明らかになった2006年に策定されていた「研究活動の不正行為への対応のガイドライン」を見直したもので、2013年11月から見直し作業がはじまっていた。そんなさなかにSTAP細胞事件が発生したこともあり、絶妙なタイミングでの新ガイドライン公表となった。

 

2006年のガイドラインからの最大の変更点は、研究者一人ひとりの自律性の重視に加え、各研究機関の管理責任を明確にし、研究不正への対応を求めたことにある。そのなかで、各研究機関は「研究倫理教育責任者」を設け、定期的に研究倫理教育を実施することが求められたことだ。冒頭の会は、その責任者の会議だったのだ。

 

東京医科歯科大学や筑波大での研究倫理教育の実例報告などがあり、グループディスカッションもあった。これらで見えてきたのが、研究倫理教育でいったい誰に対して何をすればよいのか、という各大学の苦悩である。

 

研究機関や分野により、研究倫理教育に割ける予算や人的資源、研究不正の発生状況は異なっている。このため、研究倫理虚教育の対応は機関ごとにまちまちである。ある大学の医学部はオンラインの研究倫理教育教材であるCITI Japanプログラムの受講を、学生の基礎配属実習(ある一定期間、学生を基礎研究に従事させるという実習)の前に義務化していた。また、人文社会系の機関では、CITIプログラムが分野にあったものではないため、研究室単位での指導に力を入れていた。留学生が多く、英語版の教材を求める声もあった。まさに研究機関や大学が手探り状態なのだ。

 

この会が始まるまえに、マイアミ大学倫理プログラムディレクターで、米国CITIの国際プログラムのディレクターでもあるSergio G. Litewka氏の話を伺ったが、Litewka氏は、研究倫理教育について、共通部分はあるにせよ、分野、国、研究機関ごとにカスタマイズしていく必要があると語っていた。それはその通りだろう。法制をはじめとして、倫理観や人間関係の在り方など、国によってまちまちであり、またたとえば画像の加工がおこないやすい生命科学と人文社会科学系では状況は異なる。アメリカの研究倫理教育をそのまま持ち込むことや、あるいはすべての分野や研究機関を網羅する一律の規定を設けることは効果が薄いのだ。研究機関が研究倫理教育の在り方を模索することは、日本の研究不正対策にとって不可欠な過程、いわば「産みの苦しみ」と言えるだろう。

 

筆者は今まで在野で研究不正を見つめ、『嘘と絶望の生命科学』(文藝春秋)の出版や講演等でこの問題について訴えてきたが、このたび所属機関である近畿大学医学部で、研究倫理教育に携わることになった。まさに当事者として研究倫理問題に取り組む機会を得たわけで、責任の重さを実感している。

 

研究活動における不正行為への対応等に関するガイドライン」でも述べられている通り、科学に対する社会の信頼を失墜させる研究不正は科学に対する背信行為だ。研究不正は研究者の倫理感のみならず、現代の科学研究の構造的な欠陥により発生していると考えられ(いずれ詳しく触れたい)、研究倫理教育のみで研究不正を無くすことはできない。しかし、研究不正を減らす打出の小槌はない。地を這うようにできることをやっていくしかないのだ。

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