出版界の急速な電子化によるメリットとデメリット

出版界の急速な電子化によるメリットとデメリット

ピッパ・スマート(Pippa Smart)氏は、研究のコミュニケーションと出版を専門とする個人コンサルタントで、出版業界で25年以上の経験をお持ちです。また、世界中の出版社/ジャーナル/編集者にアドバイスとコンサルティングサービスを提供する企業、PSP Consultingのオーナーでもあり、出版社(とくに非営利機関)や編集者に対し、出版プログラムやジャーナルの開発、とりわけ編集戦略についてのアドバイスを行なっています。また、編集スキル、ジャーナル開発、著作権などのテーマで、個人のニーズにあわせたトレーニングも提供しています。スマート氏はオックスフォード・ブルックス大学(Oxford Brookes University)で出版と人類学の学士号を取得後、ケンブリッジ大学出版局、ブラックウェルサイエンス、CABI等の複数の出版社に勤務しました。情報開発に関する慈善団体、「科学出版物入手のための国際ネットワーク(Internationial Network for the Availability of Scientific Publications, INASP)」の会長を務めた際は、発展途上国の出版社にコンサルティングサービスを提供する出版支援プログラムを開発、実施しました。また、学術出版社協会(Association of Learned and Professional Society Publishers, ALPSP)の公式ジャーナルLearned Publishingの編集長や、Science EditingInternational Journal of Pediatrics and Adolescent Medicineの編集委員も務め、Practical Action Publishingの非業務執行取締役、欧州科学編集者協会(European Association of Science Editors, EASE)の会員でもあります。さらに、電子/印刷媒体の編集の専門家たちが信頼を寄せるガイド、Science Editors’ Handbookの編集者にも名を連ねています。


このような経歴を持つスマート氏と対話し、論文出版に関するあらゆることについての見解をお聞きするのは、大変有意義な経験でした。今回のインタビューシリーズでは、編集者/出版社/図書館員の役割の変化をはじめ、ジャーナル編集者がよりスキルを磨いて質の高いものを出版する方法など、さまざまなテーマについてお聞きしました。インタビュー初回の今回は、学術出版界におけるあらゆる変化について伺いました。ジャーナルが出版モデルをどのように変化させているのか、人気が高まりつつある出版後査読についてどう思うか、それは研究の質に影響を与えるのか、与えるとすればどのようなものか、などを伺いました。現在の変化の流れが今後の学術出版界に与える影響について尋ねた際の回答は、協力関係とデジタル技術によって研究が発見されやすくなり、「将来のジャーナル環境は現在とまったく異なったものになるでしょう」というものでした。スマート氏はまた、図書館員と出版社の役割についても語り、オープンアクセスで出版する著者らに、著作権の意味についての認識が不足していることを指摘しました。

学術出版コンサルタントとして、普段どのようなプロジェクトを手掛けていますか?

引き受ける仕事の幅は広いのですが、出版社や編集者が特定の問題を経験したことから発生したものが多いです。例を挙げるなら、学術団体が出版社と契約交渉をする際の支援、編集者と共に論文/著者/査読者の間にある倫理的問題を解決すること、出版社が編集者と交わす契約書の作成の手伝い、ジャーナル出版社や編集者が出版戦略をたてる際のアドバイスの提供(認知度を高めること、編集の質の向上、査読プロセスの改善、デジタルオブジェクト識別子(DOI)などの国際的動向に準じたジャーナルとウェブサイトの作成方法など)、出版社向け資料の作成(例えば編集者向けのハウツー本)などです。

近年、ジャーナル環境には多くの変化がありました。小~中規模のジャーナルにとって、これらの変化(例えば印刷版から電子版への移行、購読者モデルからオープンアクセスモデルへの移行など)は、どの程度容易または困難だったのでしょうか。

編集者の仕事は過去20年間ほとんど変わっていません。しかし、読者(と、場合によっては著者)の求めるものが変化しており、これに対応するのが難しいことがあります。読者は、洗練された形式でのオンライン購読を求めることが普通になっていますが、多くのジャーナルにとって、そのようなサービスの提供は困難です。このためそういったジャーナルは、主流の(ほとんどがEUや米国の)商業出版環境の周辺に追いやられてしまっています。国際的なイニシアチブ、例えばCrossRef/DOI(論文識別子)やORCID(著者識別子)などの出現により、オンライン環境はますます複雑化しているので、ジャーナル出版社(と編集者)は常にアップデートをし続けなければなりません。2015年に、CrossRefのアウトリーチの仕事をしました。CrossRefにメンバー登録をしている小規模出版社は多いものの、CrossRefのURLにアップデートを伝えないケースが多かったり、メンバー特典(CrossRefが提供する他のサービス)を十分に活用していなかったりしたためです。小規模出版社にとって、さまざまなイニシアチブに従うことは(たとえその存在を知っていたとしても)技術的に難しいのです。私は、オンライン環境によってグローバルなコミュニケーションが改善されているというより、むしろ小規模出版社に不利な状況が生み出されているのではないかと危惧しています。

では、出版社や編集者が後れを取らないようにするにはどうすればよいでしょうか。誰が助けてくれるのでしょうか?

本当に必要とされているのは、学術ジャーナルにより適切なアドバイスを与えることのできる、国の出版協会だと思います。EASEやALPSPなどの国際機関は、重要なニュースのアップデート、資料へのアクセス、トレーニングなどを提供していますが、何が難しいかというと、このようなリソースがあるということを編集者や出版社に伝えることなのです。残念ながら、国の出版協会の多くは教育出版や商業出版に注目しており、学術関連の情報はほとんど提供していません。国の出版協会は学術出版に焦点をあてるべきだと提案したいと思います。

代替的な品質管理方法としての新しい査読モデル/システムの提案は、ジャーナル出版における最新の実験と言えます。その議論の土台となっているのは、従来の査読システムには欠陥がある、あるいは査読を功績として認め、可視化する必要があるという考え方です。ジャーナル編集者として、新しい出版/査読モデルにどのような意見をお持ちですか? 従来からの査読システムには本当に欠陥があると思いますか? オープンな出版後査読は、本当に理想的な解決法でしょうか。そうでないとしたら、良質な論文の出版を確実に行うための最善策とは何でしょうか。

答えるのが難しい質問ですね。査読は、個人的な偏見が大きく影響する、欠陥のあるシステムであり、スピードも遅く、学術情報の循環を滞らせていると言えます。査読のワークフローを改善しようとさまざまな取り組みを行なっているジャーナルもありますが、それ以外の問題には触れられていません。F1000Researchのような取り組み(査読前に論文を出版し、「質の評価」のために査読を行う)は興味深いですが、経験の浅い研究者に対するフィルター機能がなく、インターネット上を、根拠に乏しい可能性をはらむ、粗悪な科学で汚染してしまう可能性があります。オープン査読(査読者を実名とし、査読報告書にアクセスできる場合もある)もまた、批判的なことを書きにくくなるというリスクがあります。とくにまだ経験の浅い研究者が査読者である場合などがそうで、これもまた、いい加減な科学が増えることにつながります。(その上、「査読されたもの)として広まってしまいます。)実際、査読に関する調査では、研究者が単盲検または二重盲検の査読を望んでいるという結果が常に出ていることに注目すべきです。個人的にはオープン査読の透明性は好きですが、それに付随する問題もあることを重々承知しています。


査読者の功績については何らかの形で認識されるべきだと思いますが、難しいのはその方法です。2015年にオーストラリア人研究者数名が、国で研究の評価を行う際に査読について考慮するよう求める申し立てを行いましたが、オーストラリア研究会議(Australian Research Council)のエイダン・バーン(Aidan Byrne)氏が指摘したように、査読は業績として認められるべきであるものの、それは査読者の知的貢献度に準ずるべきで、それを数値化することは現状不可能でしょう。

学術出版は、デジタル技術によって実現される可能性にますます頼り、それを活用するようになっています。状況は、完全にオンライン出版に有利になったでしょうか。印刷版ジャーナルは消滅してしまうのでしょうか?

ジャーナルを取り巻く将来の環境は、現在とはかなり異なったものになると思いますが、ランキング上位のジャーナルは今後も存続するでしょう。そのようなジャーナルは、著者に高い評価を与えますし、価値ある情報を選び取るフィルターの役目を果たしている(高い品質基準がある)とみなされているからです。でも、ジャーナルが集まって論文の巨大な「ポータルサイト」―おそらくF1000Researchをモデルとしたようなもの―が作られるという出版環境も考えられます。そこでは、論文の検索や発見がしやすいだけでなく、著者(とおそらく査読者)の功績を認める仕組みが備わっているかもしれません。デジタル技術が、このような動きを促進するでしょう。協力関係が広範囲で構築されていけば、費用対効果に優れた、効率的なシステムが提供されるようになると思います。

ジャーナル出版環境の最近の変化の波の中で、図書館の役割は変わってきたのでしょうか。図書館は変化に対応できていますか?

図書館は、このような環境に苦戦していると思います。ただ、私は図書館員ではありませんから、これは外からの見方です。従来からあったキュレーションの役割は変化しました。組織内でこれまでとは異なる役割を担うようになった図書館も多くあります。図書館には、学術コミュニケーションのあらゆる範囲について、つまり、どこにどのように出版すべきか、どこで情報を見つけるのかについてアドバイスを行うことが求められています。図書目録(ライブラリ・カタログ)へのアクセスを提供することやコンテンツを揃えておくこと、そして商業出版社とのライセンス契約交渉においては、引き続き重要な役割を果たしています。多くの図書館員の役割が大きく変わり、図書館員という仕事の見方も大きく変わることになりました。でも、私の知る限り、図書館は大変奮闘してきたと思います。2000年には学術図書館の存続の必要性について疑問が出されたこともありましたが、なくしてしまおうというような意見はなくなりました。

研究のさまざまな面で著者を支援する個別サービスを開発/販売するなど、サービスを多角化する出版社も増えています。出版社の役割の変化についてはどのようにお考えですか?

少し前に、エルゼビアのScienceDirectに費用を支払うのはコンテンツのためではなく、サービスのためだけだと聞いたことがあります。これを聞いて、出版社の役割は、コンテンツ提供者からサービス提供者に変化したと確信しました。また出版社は、サービス技術や企業を買収してコンテンツを集めるだけでなく、コンテンツの配信や情報の支援を強化しなければならないことも確信しました。こういうことが非常にうまい出版社もあれば、そうでないところもあります。このように、環境が進化していく様子を見るのは興味深いものです。

現在では、オープンアクセスで出版する研究者が大勢います。クリエイティブ・コモンズ・ライセンスなどのリベラルな著作権の意味など、オープンアクセスモデルの著作権について、研究者たちはどの程度認識していると思いますか?

私は、ほとんどの著者が、論文出版時の著作権について知らず、CC-BYやその他の類似の著作権契約のもとで出版するときに放棄している権利について、よく分かっていないのではないかと危惧しています。デ・グルイター(De Gruyter)の行った調査で、私の心配が杞憂ではないことが証明されてしまいました。著者へのアンケートで翻訳権や商業目的での再利用について尋ねたところ、(CCライセンスで出版した)著者のほとんどが、それらの権利を譲渡したくないと考えていました。著者の権利に関する教育がもっと必要でしょう。今の環境では、大学や研究者に対して、論文の執筆や出版方法に関する一般教育として行うべきです。出版社も、著者の権利やライセンス契約についてできる限り明確にする責任があります。これがきちんとできている出版社はほとんどないのではないかと思います。

現在の学術出版におけるソーシャルメディアの役割とは何でしょう?

ソーシャルメディアは、好きでもあり嫌いでもあります。ツイッターは大いに活用しています(@LearnedPublish)し、LinkedInもある程度利用していますが、Facebookを使いこなすには年を取りすぎていると感じています。でも、ソーシャルメディアには、学術論文に関する議論を促し、論文にとどまらないより広い場での議論を呼ぶという役割が確かにあると思います。このため、「話題性のある」テーマの論文は有名になり、「面白くないけれど重要」な論文は見逃されやすいということになりがちなので、出版論文の重要性を評価する際は十分に注意する必要があるでしょう。

 

次回は、ジャーナル編集者が現在の出版環境で直面する課題について伺います。

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