「地球温暖化は事実であり、他国の経済成長を妨害するための策略などではありません」

「地球温暖化は事実であり、他国の経済成長を妨害するための策略などではありません」

ジョン・バトラー­アダム氏は、南アフリカ第2の老舗学術誌として複数の学問領域を扱うSouth African Journal of ScienceSAJSの編集長(Editor-in-Chief)で、プレトリア大学のコンサルタントも務めています。過去には、フォード財団の大学院および高等教育のプログラム責任者、Eastern Seaboard Association of Tertiary InstitutionsCEO、ダーバン・ウェストヴィル大学副総長(教員)および社会経済学研究所所長を歴任しています。ペン州立大学で地理学、環境学、文学の博士号を取得したバトラーアダム氏は、長年に渡り、南アフリカにおける高等教育と研究に強い関心を持ち続けています。The Conversationに頻繁に寄稿するほか、SAJS誌で鋭い論説を多数執筆しており、出版経験は75件以上、学会発表経験は100回以上にのぼります。査読の経験も豊富で、査読そのものだけでなく、SAJS誌の査読者が直面する課題について深い理解を持っています。


今回のインタビューでは、南アフリカの学術システムおよび研究者の昇進・評価システムや、同国が世界の学術研究に果たしている役割について伺いました。「ポスト真実」が科学研究や事実の信頼性に及ぼしている影響についてのお話は、大変興味深いものでした。

南アフリカ学術界のシステムを教えてください。大学や研究者はどのように評価されるのでしょうか。

システムの形態はさまざまですが、南アフリカの大学では一般的に、以下のような6段階の職階が設けられています:
 

  • Lecturer(講師):修士号取得以上
  • Senior Lecturer(上級講師):博士号、広く認められた査読付きジャーナルでの一定以上の論文出版数、大学院生の指導歴
  • Associate Professor(准教授):上級講師以上の実績
  • Professor(教授):准教授以上の実績
  • Senior Professor(上級教授):博士号および全般的な卓越した実績
  • Extra-ordinary Professor(員外教授):大学によって役割は大きく異なる。著名な研究者が就く場合が多いが、短期雇用契約時に使用されることもある
     

評価方法:職員には、学位、出版物(出版元)、大学院生の指導、大学での責務(委員会活動など)に関する規定が設けられています。職員の任命や昇進は学部長が提案し、大学の分科委員会が最終決定を下す形です。さまざまなシステムがありますが、時として誤った決定が下されてしまうことは、大学が抱えている課題と言えるでしょう。

世界の研究界における南アフリカの立ち位置を教えてください。また、南アフリカの研究者が抱えている困難にはどのようなものがありますか?

「新たな知見」(広く認められた学術誌に掲載された論文)の1.1%は、アフリカのサハラ以南の地域から生まれています。そして、その1.1%7割は南アフリカからのもです。したがって、アフリカの研究における南アフリカの貢献度は高いと言えるでしょう。具体的には、南アフリカ大型望遠鏡(SALT)、ミーアキャット、巨大電波望遠鏡(SKA)、アブドゥル=カリム(Abdul Karim)夫妻やグレンダ・グレイ(Glenda Gray)氏によるエイズ関連の研究とその功績、マラリア(3大学による共同研究)や(非常食としての)蜂の研究などが有名です。南アフリカの研究者が直面している困難としては、国内のGDPに対する研究費の割合が少ないことと、大学院生の数が非常に少ないこと、その中でも博士号取得者や女性研究者が少ないことが挙げられます。とは言え、科学技術省は、これらの課題に真摯に取り組んでいます。

南アフリカの学術・出版コミュニティでは、オープンアクセスはどの程度受け入れられ、導入されているのでしょうか。

南アフリカ科学アカデミー(ASSAf科学技術省(DSTは、オープンアクセス(OA)出版を全面的に支持しています。SAJSOAであり、2つのウェブサイトと4つのフォーマットで、無料で出版・閲覧が可能です。SAJSを含め、南アフリカの多くの学術誌が、会員要件にOAがあるSciELOの会員です。まだまだ改善の余地はありますが、他国と比べると、私たちは比較的良くやっていると思います。OAは幅広く注目されているテーマと言えるでしょう。

研究助成についてはいかがですか?南アフリカでの研究の主な資金源は何ですか?

研究予算の3つの主要財源は、大学(国からの間接的な補助)、広義の産業(メーカー、鉱山、商社、法律事務所など多岐に渡る)、科学技術省(DST)です。DSTに関しては、直接的な助成の場合もありますし、DSTが予算を分配している2つの主要特殊法人である、国立研究財団(National Research FoundationNRFNRFASSAfに資金提供しているので、SAJSの存続はNRFに依存しています)や人間科学研究委員会(Human Sciences Research CouncilHSRC)からの場合もあります。ただし、南アフリカにおける公的支援は全体的に物足りないと言わざるを得ません。

南アフリカは、保健科学や臨床研究、地域固有の研究で大きな成果を挙げています。これらの成果は、世界の研究界にどのように貢献しているとお考えですか?

HIV/エイズ、マラリア(ステレンボッシュ大学、プレトリア大学、ケープタウン大学の3校による共同研究)、結核(結核ワクチンの開発を含む)に関する研究では、確実にグローバルレベルで重要な貢献をしています。南アフリカ医療審議会のCEOで、(米国立衛生研究所が資金提供している)HIV/エイズの母子感染予防プログラムの責任者を務めるウィッツ大学のグレンダ・グレイ教授は、TIME誌の世界でもっとも影響力のある100に選ばれています。世界的に知られている南アフリカ出身の医療研究者は、彼女だけではありません。サリム・アブドゥル=カリム(Salim Abdool Karim)氏とその妻のクァライシャ・アブドゥル=カリム(Quarraisha Abdool Karim)氏の両氏は、ウィッツ大学の教授(およびSAJSの保健分野の編集者)でありながら、1年の半分は米カリフォルニアで仕事をしています。マラリアの研究センターは3大学に設置されており、マラリアのコントロールや治療に関して幅広い研究が展開されています。また、世界で初めてヒトからヒトへの心臓移植を成功させた心臓外科医のクリス・バーナード(Chris Barnard)氏も南アフリカ出身です。このように、我が国の保健・医療分野の研究や研究者は、国際的に認められています。この理由には2つの要因があります。1つ目は、南アフリカでは、先述したような疾病で苦しんでいる人々が非常に多く、保健や治療の需要が高いためです。2つ目は、国内に世界レベルの素晴らしい医療系大学が少なくとも5校あり、優秀な研究者や医療従事者を養成しているためです。

SAJS誌に掲載された論文で、「ジャーナルのリジェクト率は、学術誌の質を測る上でインパクトファクターよりもはるかに信頼性が高い」と述べておられます。この点について解説して頂けますか?

この件については続報が控えているのですが、できる限り簡潔にお答えしましょう。インパクトファクター(IF)が高いジャーナルは確かに名声があり、ほとんどの場合、質の高い研究を発表しています。しかし、IFは、論文単体ではなくジャーナル全体への評価です。したがって、論文がどのジャーナルで出版されているかは、その論文の価値の一部でしかなく、場合によっては無意味かもしれません。IFが高いジャーナルでも、「いま一つ」な論文を掲載することはあり、後に研究不正が発覚したものを撤回することも少なくありません。一方、質の高い論文以外はすべてリジェクトするジャーナルは、言い換えれば質の高い論文しか掲載していないジャーナルということです。SAJSのリジェクト率は80%以上です。また、研究者の質を測る上では、h指数がより良い評価指標でしょう(もっとも、h指数も完璧ではありませんが)。

ポスト真実についての論文も興味深く拝読しました。ポスト真実と、それが科学研究のコミュニケーションにどのような影響を与えているかについてお話し頂けますか?また、研究者が事実に忠実であるためにはどうしたらよいのでしょうか。

真実を伝えないこと(政治家の常套手段です!)とポスト真実の違いは、「真実の時代」においては、嘘や偽りは「嘘や偽り」としてそのまま理解されるのに対し、「ポスト真実の時代」は、嘘や嘘の一部が真実になり代わるということです。ドナルド・トランプは、「オバマケアが廃止されても誰も困らない」と言いました。彼の報道官はこの発言を繰り返し、ソーシャルメディアにはこの言葉が溢れ返りました。実際には、2300万~2400万人が困窮するというエビデンスが数多く存在しているにも関わらず、多くの人々がこの言葉を信じたのです。EUからの英国の脱退を支持する人々は、「EUから脱退すれば英国の状況は好転する」と繰り返し主張しました。多くの人々がこの主張を信じ、その通りに投票しました。EUから脱退しても状況は好転しないというエビデンスが存在していてもこうしたことが起きるということは、ポスト真実時代の一端を示していると言えるでしょう。


科学におけるポスト真実には2つの側面があります。1つ目は、研究プロセスや研究成果のねつ造という、悪質で、ときに危険な行為に関する側面です。せめてもの救いは、研究者には他者の研究をチェックするという性質があるため、そのチェックプロセスに長い時間が費やされたとしても、ポスト真実的な研究は公になる場合が多く、その本質が明るみに出されるということです。この側面は、政治思想に合致しない事実を排除するという、イデオロギー的動機によっても左右されやすいですが、あるときには、論文の撤回という結果に繋がることもあります。発表されたものに疑問を投げかけることが、科学の基本だからです。この基本が、非倫理的な研究行為を常に監視していると言えまるでしょう。


2つ目の側面は、ポスト真実(「もう1つの真実」という、トランプ氏の報道官によるかの有名な発言など)の逆をいくものとして、良質な科学が果たすべき役割です。気候変動に関する議論を例に挙げましょう。地球温暖化は事実であり、他国の経済成長を妨害するための中国の策略などではありません。ポスト真実の時代に科学を救う最善の方法は、「もう1つの真実」のようなものに対し、実証可能なエビデンスとともに、粘り強く、断固として反論し続けることです。世界中でこのような取り組みを始めなければなりません。


以上の2つの側面(出版論文や定着した知見を額面通りに受け取らずに検証を試みること、実証可能なエビデンスや組織的なコミュニケーションを駆使してポスト真実に対抗すること)が、科学コミュニティが事実に忠実であることを示す一助となるでしょう。


 

インタビュー前半はここまでです。後半は、学術出版や査読について伺います。

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