学術界のメンタルヘルスを理解することが、なぜ重要なのか

学術界のメンタルヘルスを理解することが、なぜ重要なのか

ここ数年、学術界のメンタルヘルスへの注目度が高まっています。これは、歓迎すべき変化と言えるでしょう。というのも、研究がきわめてストレスのかかる仕事であることは昔から知られていたにも関わらず、これまで、研究者のメンタルヘルスに関する不安が顧みられることはなかったからです。


科学コミュニケーション領域のグローバル企業であるカクタス・コミュニケーションズ

は、このテーマに関する知見を大規模に集めるために、20191010日(世界メンタルヘルスデー)に、研究者のメンタルヘルスに関するグローバル調査を開始しました。今回は、このプロジェクトに関わった中心メンバーの1人として、このテーマが重要である理由と、プロジェクト実施の動機を説明したいと思います。


この調査のアイデアは、複数の要素を検討した末に形になりました。1つ目の要素は、私たちが17年続くグローバルな学術コミュニケーション組織として、研究者の主なストレス源となっている論文出版(とくに高インパクトファクターの国際誌での出版)という、絶え間ない大きなプレッシャーについてよく知っているということです。多くの著者(とくに非英語圏出身の研究者)が、論文執筆に伴うフラストレーションや、リジェクトへの対応、厳しい締め切り、所属機関や指導教官からのサポート不足から来る不安などを私たちに打ち明けています。


2つ目の要素は、以前実施した著者への大規模グローバル調査で、学術出版に関するいくつかの問題が浮き彫りになったことです。その中でも重要なのは、論文出版にかかる長い時間と、査読の質/プロセスに関する懸念です。回答者である著者たちは、これらの問題が、きわめて競争的な環境において、キャリアの発展にいかに影響するかについて、率直かつ思慮深い意見をシェアしてくれました。


論文出版の実績は、研究者のパフォーマンスを測る間接的指標として扱われているため、出版に関わるプレッシャーは、さまざまな問題を引き起こす可能性があります。このプレッシャーを食いものにする不道徳な行為(ハゲタカ出版など)や、そのような行為の餌食にならないよう注意しなければならない余計なストレスへの懸念を述べる著者もいました。


この調査への反応は、学術出版のプレッシャーが蔓延しており、それがいかに大きな潜在的ストレス源となっているかを示唆するものが圧倒的多数でした。しかし、これらは研究生活の一側面を映しているにすぎません。


3つ目の要素は、私たちの研究者向けフォーラムに寄せられる、出版を目指す日々の研究生活に関する体験談です。その中にはサクセスストーリーもあれば、苦悩の経験について語られたものもあります。研究のルーティン的な側面に触れ、一定のストレスは仕方がないと割り切っている研究者もいるようです。結局、優れた研究者でいるためには、多くの忍耐と、ハードワークと、困難を乗り越える意志が必要になっているのです。


ただその中でも、研究者はけっして、学術面での才能によってのみ成功を得られる孤独な労働者ではないと主張している体験談もあります。研究者たちは、成長と学問上の努力を促しつつ、一方で追い詰めるような環境もしくは文化が醸成されるシステムの中で、働いています。したがって、研究者が成功するためには、私生活の状況から来るプレッシャーは言うまでもなく、学術界特有のプレッシャーと、環境由来のプレッシャーの両方に対処しなければならないのです。


ここで問題となるのは、これらのプレッシャーが当然のものと見なされ、それがどれほど有害なものであれ、それと戦うことが宿命であると認識されたときです。このように、ストレスを正当化し、ストレスに対処するためのサポートが不足している状況が、ストレスによる健康への影響について研究者たちが率直に議論することを難しくしているのです(こちらの体験談A体験談Bには、まさにそのような状況が示されています)。


また、学術界における健康についての研究結果を見ると、一般社会よりも学術界の方が、メンタルヘルスの懸念がより大きいことが示されています。たとえば、カリフォルニア大学バークレー校の大学院生を対象とした2014年の調査では、博士課程の学生の47%に「うつと見なされる症状がある」ことが分かっています。また、ベルギーの博士課程の学生を対象とした2017年の調査では、学生のほぼ3分の1何らかの精神疾患を発症するリスクがあることが報告されています。2018年にNature Biotechnology誌に掲載された論文でも、博士・修士課程の学生は、中度から重度の不安およびうつ症状を抱えている割合が、一般社会と比べて6倍も高いという憂慮すべき結果が報告されています。Nature誌が博士課程の学生について2年ごとに実施している調査の最新版では、回答者の3分の1以上が不安やうつ症状に対する助けを求めていることが明らかになりました。


これは、メンタルヘルスの懸念について議論することのタブーを破ることと、メンタルヘルスへの理解を深めるための努力が不可欠であることを意味していると言えるでしょう。


学術界におけるメンタルヘルスの議論の大半は、現状では学生や若手研究者に焦点が当てられており、欧米諸国に集中しているようです。しかし、これはほぼ間違いなく、キャリアステージや地域による差異はあるものの、世界的な問題です。仕事の問題で苦悩し、自らの命を絶つことを選択した研究者の話は、世界中で報告されています(たとえば、ケース1ケース2ケース3の事例をご覧ください)。


以上の要素を受けて、私たちは調査を行う決断をしました。研究コミュニティとの長きに渡る密接なつながりと、広範でグローバルなネットワークを持つ私たちだからこそ、多種多様な研究グループにアクセスすることができると考えています。この調査は、現在5ヶ国語で公開されています(今後、より多くの言語に展開する予定です)。調査では、目的意識/達成感、満足感または不満を持っている職場の要素、私生活の状況、キャリアの発展状況、サポートの有無、専門家によるカウンセリングを受けたいかどうか、それらのサービスへのアクセス状況、それらのサービスを利用するのが億劫な理由などについて、さまざまな質問を用意しています。この調査の結果によって、メンタルヘルスに関する問題とニーズを、グローバル規模および地域ごとに把握することができるでしょう。


私たちは、研究環境をよりポジティブなものにすることを主な目的として、所属機関や学術界の意思決定者が対応できることについて、研究者から多様な意見を集めたいと考えています。このような直接的なインプットは、研究の質や研究者の幸福に関心を持ち、これらの改善に取り組んでいる学術界のすべての人々にとって、価値あるものになると確信しています。


調査の詳細と調査への参加は、こちらからどうぞ。

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