科学界と一般社会の溝をどう埋めるか

科学界と一般社会の溝をどう埋めるか

ロンドン王立協会は1985年、社会に対する科学コミュニケーションの重要性に関する包括的なレポートを公表しました。「The Public Understanding of Science(科学に対する一般社会の理解)」と題したこのレポートでは、科学に対する一般社会の理解と関与の度合いを向上させるために何ができるかについての提言が示されています。序文には、科学と社会の距離を縮めることの必要性が明記されています:


「人々はますます、科学をある程度理解する必要に迫られています――国や地域レベルでの意思決定への関与、製造業の管理、熟練労働者や半熟練労働者の雇用、一民間人としての投票、さまざまな場面での個人的な意思決定において、科学的理解が必要とされているのです」


科学を理解してもらうための唯一の方法は、飲み込みやすく、自分にどのような影響があるのかを把握しやすい形で科学を伝えることです。ロンドン王立協会のレポートでは、科学コミュニケーションの必要性が明確に示されています。科学コミュニケーションが社会にもたらすメリットが、1985年にはすでに認識されていたのです。それから20数年を経て、私たちはそのような方向にどれだけ進めたでしょうか?


研究や論文について伝える環境は、ここ数十年で様変わりしました。情報を入手しやすくなり、科学に対する社会の関心も高まっています。これは間違いなく明るい兆しです。しかし、他方で別の問題も生まれています。確かに、今では膨大な科学情報にアクセスすることができますが、その中のどれほどが信頼できる情報でしょうか。一般の人々は、資料を選り分けて信頼できる重要なものだけを選ぶ力を持っているでしょうか。おそらく、持っていないでしょう。NASAが支援したある研究によると、米国人の51%が科学に関心を持っているものの、「最新の科学技術政策の問題に関する議論を理解して参加できるレベルの科学的理解力を持っている」人は、28% にすぎませんでした。このことは、体系的に議論して対処するべき問題を浮き彫りにしているように思われます。以下に、念頭に浮かんだ4つの大きな問題を挙げてみます。

 

人々は気軽に科学に接することができるようになったが、科学を信頼しているのか?


科学界は、オープンサイエンスの取り組みに力を入れることによって、科学を身近なものにする努力をしてきました。しかし、研究論文を読める一般人がどれだけいるでしょうか?たとえ読めたとしても、内容を理解できているでしょうか?あなたのおばあさんやおじいさんは、糖尿病やがんの最新研究に関する論文を読めますか?おそらく、最新の研究結果からもっとも恩恵を受けるのは、そのような人たちでしょう。最新の研究に関する一般人の情報源は、マスコミです。あなたのおばあさんやおじいさんは、糖尿病の妙薬を報じるニュースの見出しは見ても、実際の研究論文を読むことはないでしょう。マスコミで紹介される最新の科学的知見の正確性を確かめる術がないのです。科学をセンセーショナルに扱おうとするマスコミの態度が、科学を大きく歪める原因となってきました。このことは別の記事で詳しく取り上げています。ここで繰り返したいのは、科学研究のずさんで不正確な伝達は、一般の人が間違った決定を下したり、科学への信頼を失ったりすることにつながりかねないということです。医療に関わることであれば、なおさらです。かつてないほどメディアが科学に目を向けているのは素晴らしいことですが、 市民が本当に必要としているのは、信頼できる、より優れた情報なのです。

 

科学的発見を発表したら、科学者の仕事はおしまい?


観念的なことを言えば、研究の目的とは、生活を向上させ、社会にプラスの効果を与えることです。一般の人々の利益になる研究結果でない限り、研究の真の目的は達成されたことにはなりません。また、研究は一般市民から集めた税金で支えられています。したがって研究者には、納税者が、自分がお金を出した研究から少なくとも何かしら得られるようにする道義的責任があるのです。理想を言えば、研究者の責務は、研究を倫理的に実施して結果をジャーナルで出版したり学会で発表したりしたところで終わるべきではありません。つまり、研究コミュニティは研究結果を責任を持って伝達し、一般の人がありのままの研究結果とその意義を理解できるよう努めなければならないのです。研究結果を、マスコミを通じた大げさな主張や歪んだ不完全なアイデアにしてはならないのです。これが、科学コミュニケーションのすべてです。今日の科学者たちは、自分の研究を社会に伝えるためのさまざまな方法を駆使することができます。たとえば、大学のプレスリリース、レイサマリー、ビデオ/グラフィカルアブストラクト、ブログなどが利用できます。また、ソーシャルメディアで研究を発信することで、科学的業績が可視化されますし、一般の人に利益がありそうな科学研究をその人たちに分かる言葉で伝えることで、伝達先が広がります。「出版するか消え去るか」という学術界の文化から強いられる必死さが、社会への恩返しという道義的責任を研究者から奪い、研究室やジャーナル論文という枠を超えた研究というものを考えることを妨げているのです。

 

科学用語はどれくらい理解しやすいか?


科学コミュニケーションのベストプラクティスについては、とっつきやすい言葉と分かりやすい内容が非常に重要と言えます一般の人に科学を理解してもらうには、専門用語を排除しなければなりません。専門家でない人に伝えるときは、科学的な用語や専門的な用語の使用をできるだけ控え、専門用語を使う場合は、平易な言葉で説明しなければなりません。ここに、1つの認識の溝があります。科学者と一般の人々は異なる言語でしゃべっているので、科学者は、一般の人に伝えるときには、一般用語を使うことが重要なのです。科学者が日常的に使っている語彙の一部は、一般の人々にとっては専門用語です。一方、研究結果の本質や意義を伝えようとするなら、科学者は、過度の単純化にも注意しなければなりません。

 

私たちの社会に科学リテラシーはあるのか?


一般の人々も、科学的情報を受け止めてそれを日々の意思決定に適用できるように、ある程度の準備が必要です。つまり、科学者は自分の研究を平易な言葉で語らなければなりませんが、一般の人々も科学研究についてある程度理解していないと(どのように作用するのか、何を意味するのか等)、効果的なコミュニケーションが取れないということです。一般の人は科学を理解していない、というわけではありません。理解している人ももちろんいて、そうした人たちは科学にどんどん興味を持つようになります。しかし、研究が個人の生活に本当のインパクトを与えるようになるには、科学への理解がより広く浸透することが必要です。科学界は、社会の科学リテラシーをさらに高めることを意識した対策を講じる必要があるでしょう。この責任は、学校、大学、大学院での科学のカリキュラムに影響を及ぼす、政策立案者にもあります。

 

ほんの数十年前は、携帯電話やインターネットは比較的新しいものでした。それが今では、誰に教わったわけでもないのに、人里離れた村の人々もスマートフォンの使い方を知っていますし、高齢者も熱心にWhatsappFacebookを使っています。今、科学に必要とされているのは、このような広範な変化なのです。それは、草の根レベルで起こらなければならない変化です。私たちに必要なのは、科学界と一般社会をより近づけるような事例です。一般の人々に必要なのは、電子機器に囲まれている今日の状態のように、科学にどっぷりと浸かることです。日常的にもっと科学に注目すべきなのです。小学校教育から、テレビ、映画、インターネット、ソーシャルメディアなどのマスメディアまで、科学が人々の生活の中にあまねく存在すべきなのです。そうなれば、科学への理解が高まり、科学者と一般社会の溝も狭まることでしょう。そして、より合理的な意思決定ができるようになり、科学の所産を利用する方法も改善されるでしょう。そこから、科学と科学者に対する一般社会の信頼が高まることが望まれます。

 

科学者、メディア、一般社会を取り巻く科学コミュニケーションについてどう思いますか?下の動画をご覧になって、皆さんのご意見をお聞かせください。


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*編集メモ: この記事は、読者からのコメントをもとに、分かりやすく編集したものです。

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