「アジアにおける科学技術は今後数十年間で急成長を遂げるでしょう」

「アジアにおける科学技術は今後数十年間で急成長を遂げるでしょう」

竹澤慎一郎博士は、アジア初のOAジャーナルであるScience Postprint (SPP)の創刊者です。また、日本に拠点を置くゼネラルヘルスケア株式会社の代表者でもあります。竹澤博士は大学や専門分野での豊富な経験を持ち、東京大学で分子生物学の博士号を取得しています。医学・生命科学分野での国際共同研究を促すことを目的としたオンラインでの資金調達(クラウド・ファンディング)の基盤を作るため、またアジアでのOA出版を実現するために、SPPを考案しました。今回のインタビューでは、SPPの背後にある考え方や、アジアでの学術出版に関する見解について伺いました。

SPPは2013年10月、志を同じくした中国と日本の専門家グループによって発足した、総合科学分野におけるアジア初のOAジャーナルです。日本だけでなく、アジア全体から医学・生命科学分野の原稿を受け付けています。編集委員会は458名で構成されています。SPPには、投稿された原稿に対する独自の評価方法があり、校正者は定められた基準に沿って原稿を評価します。SPPでの取り組みを通して、竹澤博士は、科学者が良い成果を出すべく挑戦できるような画期的な環境を提供し、研究者の活動の効率性を高めるという目標を追求しています。

SPPを創刊した理由を教えてください。

アジアの著者たちにとって利益となるようなベンチャーのアイデアを最初に思いついたのは、博士課程の学生時代に原稿の執筆、投稿、出版という出版サイクルを自分で直接経験したときです。研究者として論文を執筆している時、指導教官から、色々なジャーナルに原稿を投稿するように言われました。ただ、論文をたくさん書き、原稿を早く書き上げても、査読や再投稿のプロセスに時間がかかり、出版までに6ヶ月以上かかることもありました。また、原稿を再投稿した後に、ジャーナル査読者や編集者から追加の実験をするよう求められることもありました。平均すると、一つの論文の査読の結果とコメントを受け取るのに6ヶ月以上かかっていました。また、4年以上にわたって様々なジャーナルに原稿を投稿し続けたこともありました。失敗や掲載拒否が問題だというわけではありません。投稿・査読・修正という同じサイクルを度繰り返すうちに、自分の論文を出版することに意味があるのかどうか疑問に思うようになりました。研究成果が出版されないので、研究の方もあまり進みませんでした。また、自分の他にも同じプロセスや不安を経験している研究者が多くいることも知っていました。この経験から、研究者の原稿投稿環境を改善し、研究者の生活をもっと単純にしたいと思うようになったのです。

なぜアジアに重点を置いたのですか?

グローバルな科学コミュニティはこれまで、主として欧米が牽引する科学・医学の発展や革新に重点を置いてきました。しかし、アジアの研究者も成長し、様々な研究の発展にグローバルレベルで関わっていくべきです。何といっても、科学研究は全人類に恩恵をもたらすものなのですから。研究者がどこに拠点を置くにしても、研究には多大な努力が必要とされます。自分が行なったことにはそれ相応の見返りがあってしかるべきですし、研究成果を広く知らせるための機会も必要です。私はこれまでずっと、研究者、医者、医療関係者などの専門家のための情報の流れを改善することに力を注いできました。それが常に主要目標であり、SPPは、その目標を実現する助けとなっています。

なぜSPPにOAモデルを選んだのですか?

時代の変化に対応するために他なりません。学術論文の出版を通して科学コミュニケーションの起源をみてみると、英国の産業革命によってもたらされた技術の発展は科学の発展と連動しており、これらの発展によって科学論文という出版物が普及しました。そして1860~1880年にかけてのNatureやScienceといったジャーナルの創刊につながったのです。それから150年以上たっている現在、当時と同じ技術や、科学的発見の共有方法を使うことはできません。このデジタル化の時代には、時代遅れなのです。このような考え方を突き詰める中で、SPPにOAを選ぶことになりました。

私は、本誌がアジア地域における科学的発展の促進剤となると楽観的に考えています。今後数十年に渡り、アジアが科学技術分野で急成長を遂げることは間違いありません。中国やインドなど人口の多い国の経済は、将来的に改善されていくはずです。どの国でも、科学の発展は研究資金に比例していますが、アジアではそれが上向いています。このことから、SPPのような媒体はアジアの科学情報を広める手段となると考えています。また、出版された研究に無制限にアクセスできるようにすれば、誰でも情報の入手が可能となり、変化を促すことができるようになるでしょう。

SPPは日本でどのように受け止められると思いますか?

全ての日本人研究者がすぐにSPPに原稿を投稿してくれるとは思っていません。我々はアジアでこのジャーナルを創刊したのであって、日本で創刊したわけではありません。もちろん、日本の研究者や学者に支えられていくことになるだろうとは思っていますが、大きな目標は、より広範囲にわたる研究基盤として拡大し、最終的にはグローバルなものにすることです。日本での始動は緩やかなものだと思いますが、日本の医学や生命科学の研究者が、SPPを科学コミュニケーションの革新的リーダー、そしてグローバルな科学の窓口とみなすようになるという自信を持っています。

SPPは他のOAジャーナルとどこが違うのでしょう?

SPPには、他誌と大きく異なる特徴がたくさんあります。

  • SPPには、様々な国から投稿が寄せられています。日本では、国内の学術団体がジャーナルを運営している場合、海外からの投稿に門戸を開放していても、投稿の90%は国内研究者からのもので、海外からの著者は10%程度というのが普通です。SPPは既にこの壁を克服しました。国内からの投稿は10%程度で、90%は世界中の研究者からの投稿です。このことからSPPは、日本の学術団体が運営する従来のジャーナルとは違うということが分かります。
  • SPPは民間団体の発行するOAジャーナルなので、国費の負担が軽減されています。これを裏付ける事実をいくつかご紹介しましょう。現在、日本の図書館費用の国家予算は約1200億円です。約1000億円は、日本の学術団体や企業による海外の学術出版社への支払いや、海外で出版された本を調達するために日本の図書館が支払う費用として使われているという試算もあります。次に、日本の科研費はたったの1500億円程です。更に、文科省の予算は800億円です。それと同額が学術出版費用になっていると思われます。つまり、非政府系の財政基盤を確保することで、国の財政負担を軽減することにつながるのです。
  • SPPは、日本がグローバルな学術コミュニティと交流する機会を増やします。現在、日本が開催する国際学会はたったの1%です。Science Postprint賞の取り組みなどを通して国際的な才能を惹きつけ、賞に関連するシンポジウムを開催したり、国際学会を日本で開催するよう促すフォーラムを作ったりすることを考えています。
  • 最後に、SPPでは、非科学コミュニティと科学コミュニティの間の距離を縮めることが大事だと考えています。クラウドファンディングシステムを立ち上げたのはそのためです。受理された論文の著者を、読者が支援できる仕組みにしています。読者が、資金援助をしたい研究を自分で選べるのです。これは科学の普及の一助となるだけでなく、非科学コミュニティが特定の目的のための資金援助を行いやすくする方策ともなります。

OAジャーナルは質の管理(とくに査読プロセス)がうまく機能しにくい仕組みであるため、効果的でないという声がよく聞かれます。SPPでの査読システムについて教えてください。

それは迷信で、そろそろ世界中のOAジャーナルがもっと重視されてもいい頃だと思っています。SPPは現在、国内の査読者200名、海外の査読者300名を抱えています。SPPの査読者の約50%は上級研究者、教授、准教授で、残りの半分は若手研究者、講師、助教となっています。査読をボランティアで引き受けようという専門家たちの主な動機は、健全な科学の出版に手を貸すことによって社会に貢献しようというものです。SPPにおける査読評価システムは、今後着実に進化していくでしょう。将来的には出版後査読も取り入れていきたいと考えています。

論文を投稿するジャーナルを選ぶ際、インパクトファクターを重視する研究者が大勢います。新たに創刊されたジャーナルとして、SPPはインパクトファクターについてどう考えていますか?

ジャーナルとして、まずはWeb of Scienceに採録され、インパクトファクターの計算対象となる必要があります。ただ、インパクトファクターは、その時採録されているサイテーションインデックス(引用索引)に基づいて、2、3年後に計算されるものです。つまり、SPPがインパクトファクターのランキングに入るまでには2、3年かかるけれども、それに先立ってWeb of Scienceが設定する審査プロセスを通過しなければならないということです。これは、どのジャーナルも最初に通る道です。論文の出版は順調に行われているので、データベースには間もなく採録されるでしょう。

SPPでは、インパクトファクターが全てとは考えていません。論文著者がこの考えに共感してくれるようにすることもまた、難題です。インパクトファクターへの過剰依存と戦う取り組みとして、新しい方法を構築しています。ジャーナルの中で影響度の高いもの、中程度のもの、そしてあまり知られていないもの、それぞれにおける偽造論文の割合を計算するという方法です。インパクトファクターが上がるにつれて偽造率が高まるという仮説に基づいて、データ分析を試みています。我々の研究成果によって、インパクトファクターの高いジャーナルだけを目指さなくてもよいと研究者が思えるようになるとよいのですが。

SPPが現在重視している取り組みは何ですか?

まず、研究者をSPPに惹きつけなければなりません。そのためには、OA出版に研究者の注意を向ける必要があります。「出版しなければ消えさるのみ」、つまり将来の見通しや資金獲得の機会は出版によって決まってくるという研究文化の中で、研究者が従来の出版の道から逸れることは困難です。OAがもっと手軽な形で、大規模に導入されるのは時間の問題でしょう。

研究不正もまた、我々が重視している点です。SPPでは、不正研究を見つけるシステムを開発中です。「巨人の肩の上に立っている」と言われるように、科学発展は過去の発見の上に成り立っています。しかし、得られた結果が、疑問が持たれるような方法、あるいは非倫理的なやり方で得られたものだとしたら、知識体系全体に疑問が投げかけられてしまいます。SPPは疑似科学を奨励しないとはっきり申し上げます。倫理的に健全な論文だけを募ります。査読や調査を独自に行い、研究や出版に関するいかなる不正も許さないジャーナルであるという評判を確立したいと思います。このような立場を明確にしておけば、健全な原稿のみを集めることができるでしょう。新しいOAジャーナルなので、SPPは質の管理が甘いと思われているかもしれません。しっかりとした基盤を確立するためには厳重な質の管理が大切であるということを、肝に銘じています。

結局のところ、研究者にとって科学政策などの大きな問題は二の次で、最大の関心事は自分の論文が出版されるかどうかです。SPPは、出版と研究を広く普及させるための質重視の環境を提供することで、研究者の実際的なニーズに対応しているのです。


竹澤博士、ありがとうございました。

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