「微生物を利用した環境に優しいものづくり」川崎寿先生(東京電気大学)

「微生物を利用した環境に優しいものづくり」川崎寿先生(東京電気大学)

微生物の研究を始めたきっかけを教えてください。

私は実は年でして(笑)、もう、40代後半です。私が学生の頃は、遺伝子の研究や分子レベルの研究は植物や動物ではほとんどまだできない時代だったので微生物で研究をしていました。大学院を出た後、企業の研究室に入りまして、「味の素」に入社しました。

 

グルタミン酸の味の素ですね!

そうですね、それが主力商品の一つですね。そういったアミノ酸を微生物で作る技術の研究で、アミノ酸以外にも類縁化合物を微生物で作るという研究を企業でやっていました。比較的最近になってからは、環境問題や、化石資源の枯渇の問題等があり、微生物の機能を使って有用な化合物を作るという研究が全世界的にもかなり取り組まれていますよね。そして現在、東京電機大学の環境化学科でポストを頂き、今までやってきたことを生かして、微生物を使ったものづくりの研究をしています。工学部ということなので、ちょうどいいですね。

 

昆布だしの味ということで、「味の素」が販売し始めた、というイメージがあるのですが、そのグルタミン酸が微生物から作られているというのは、驚きです。

そうですね。明治時代、昆布だしのうまみ成分を、東京大学にいる化学科の先生が科学的に分析していて、見つけたのがグルタミン酸です。アミノ酸はすべての生物に必要な成分です。タンパク質を私たちが食べるのは、タンパク質を作るためです。タンパク質を食べ、アミノ酸に分解して吸収し、各細胞でそのアミノ酸をつなげて必要なたんぱく質を、体内で作っています。

 

生物学の時間に私も勉強した記憶があります。必須アミノ酸とか。

生物の体を作っているタンパク質を構成しているアミノ酸は20種類あります。アミノ酸の中には体内で作ることができず、栄養素として摂取しなければならないものもあり、そうしたアミノ酸は必須アミノ酸と呼ばれています。人間のおなかの中に住んでいる菌のように腸内細菌などは、人間が食事をすれば栄養がどんどん入ってきますが、微生物は基本的には自然界で生きています。自然界に住む土壌細菌などは、外からアミノ酸を取れないので、自分で他の材料からアミノ酸を作る能力を持っています。

 

自分で生み出すことができるのですね!

そうですね。糖とか、窒素があれば作れるのです。そのため、グルタミン酸を作る能力も持っているのです。でも、普通の生き物は、生きていくために、必要な量だけ作っています。グルタミン酸は自然界で一番多いアミノ酸で、逆に言えば、簡単に作れる物質です。そのため、微生物も作る能力を持っています。通常であれば必要以上に作らないのですが、グルタミン酸をどんどん作ってしまう、少しかわった微生物も中にはいるのです。

 

どの様な微生物がグルタミン酸をどんどん作ってしまうのですか?

グルタミン酸をたくさん作ってしまうタイプの細菌は脂肪酸を合成するためのビタミンを作ることができません。このビタミンが欠乏した状態で生育すると、脂肪酸が作れなくて、細胞膜が少し弱くなり、穴が開いたようなに状態になってしまいます。我々の研究室ではこの穴の構造と仕組みについて研究をしてきました。細胞は細胞膜で覆われており、十分にビタミンがないために強い細胞膜が作れなくなると穴があいてします。その空いた穴から細胞の中で作ったグルタミン酸が湧き出てくる。そのような仕組みです。人間でもいろいろ体質があるのと同じで、ビタミンを作れないタイプの微生物を探してきました。というよりは、グルタミン酸を作る微生物として自然界で探してきました。後付けですが、その理由を調べていたら、ビタミンが作れない微生物であったことが分かりました。つまり、遺伝子組み換えではないのです。今では遺伝子組み換えをする技術も存在しますが、自然界にそのような微生物がいるのですね。

 

そうすると先生はラボの中にいるよりは、外で微生物を探している時間の方が多いのですか?

今は全然、外には行かないですね。このグルタミン酸を作る微生物を見つけてきたのは僕ではなくて、1960年代の日本人が見つけたのです。アミノ酸のような、生物が生きていくうえで必要な物質を工業生産するほど作るような生物はいないだろうと、みんな先入観を持っていました。タンパク質は三大栄養素の一つで、その構成成分であるアミノ酸を工業生産するほど作る生物はいないと思われていた。しかし、ある日本人の先生が世界の常識を覆しました。鵜高重三さんと木下祝朗さんです。この先生は海外のバイオテクノロジーの学会等でもよく招待講演をされておられました。もともと昆布のだしのうまみの成分、グルタミン酸を発見したのは池田菊苗先生です。それが発端になって、現在では「うまみ」は学術用語でも“UMAMI”です。5つの基本味の中に日本人が見つけた「うまみ」が入っています。分子生物学的にも舌に「うまみ」の受容体があることが証明されています。これは体が、「うまみ」=タンパク質、「タンパク質の原料があるので食べなさい」というシグナルになっています。甘いという事もそうですね。「ここにエネルギーがあるから食べなさい」というシグナルですね。しかし、今の日本では取りすぎの人もいますけどね(笑)。野生生物にとってはそのような本能があるということです。

 

「うま味=umami」日本語が世界の学術用語になっているという事は、日本がそれだけ世界に影響を及ぼしているということで嬉しいですね!

研究者たちは、大量のグルタミン酸を作る研究をし、そこで、グルタミン酸を作る微生物を発見したのです。しかし、微生物がグルタミン酸をたくさん作る仕組みはわかっていませんでした。これが、私の一つの研究テーマとなりました。グルタミン酸はグルコースを代謝するクエン酸回路で作られます。クエン酸回路を構成している有機酸にアミノ基が付きます。生物がエネルギーを獲得する経路に比較的近いです。そのため、細胞の中で合成する事が可能です。そして、細胞内で合成されたグルタミン酸がどうやって外に出てくるのかを調べると、タンパク質で作られた穴を通って湧き出てくることを明らかにしました。この穴はグルタミン酸だけではなくて、いろいろなものを通すのではないかと考えました。

低カロリー甘味料であるフェニルアラニンもアミノ酸が2つつながったものです。これも同様な仕組みであり、細菌によって工業的に生産することができます。今、再生可能な資源から、「植物を原料として、自動車の燃料を作ろう」とか、「石油を原料としているプラスチック、薬の原料を微生物から作れないか?」という研究が世界中で行われています。モノによっては、生物が作っている物をたくさん作らせるような仕組みを作ればいいのです。本来、作らない量を作らせる事は遺伝子工学の技術で遺伝子組換をラボレベルで作ることはできます。遺伝子組み換えに関しては、いろいろ議論されますが、技術としては確立しています。もともと生物がつくるものであれば、細胞の中で化学反応を起こして生成します。それを細胞の外にだしてあげれば工業的に生産することができる。その時に、人工的に組み替えた遺伝子を持っている細胞が生成した物質を外に出す仕組みは細胞が持っていない可能性もあるので、今回解明した細胞の外に出す仕組みを多くの事に応用できるのではないかということで、今研究を行っています。

 

この様な研究結果を発表する時、国際誌への論文投稿や国際会議での英語の壁はどのようにして越えられてきたのでしょうか?

まだ、越えてないんですよ。読み書きは大学受験レベルの英語力があれば何とかできますが、研究者としての一つ目の壁は学術用語でした。研究を始めた当初は、日本語の意味が分からないという状況でした。英語だけではなく、日本語もわからないし、実験方法を文章にしていくことが難しい。名詞も動詞も日本語でも英語でも両方わからないので難しかったです。学会の口頭発表に関しては、英語でのディスカッションの練習を全くしてこなかったので、難しいと感じます。日本人の先生から日本語のアクセントで英語を学んできたので、聞くことと話すことが本当に難しいです。

特に聞く話すことに関しては、インターネットやCDで聞くなどして慣れています。『実験医学』等を参考に練習しています。国際学会ではできるだけ、ポスターに書いてあることを説明したり、聞いたりするようにしています。

 

日本人研究者の英語によるコミュニケーションはどのように変わっていくと思いますか?

僕らの分野だともともとサイエンスは日本国内のものではないですし、世界中の情報を収集し、自分の研究を発信していくのにも英語が必要になります。英語で論文を書いて、校正者に直してもらえば、それほど苦労ではないと感じています。日本語で書くより手間はかかりますが、英語で頑張って書いた方が、世界中からレスポンスがあり、嬉しいです。いつか近い将来、話したことがその場で英語に変換されるようなテクノロジーが当たり前のように使われる時代が来るような気がします。

 

エディテージについてのご感想をください。

他の会社を最近使っていないので比較が全然できませんが、私が使い始めた時はネットでやり取りをしている会社はほとんどありませんでした。レスポンスが早く、納品も早めなので、非常に助かっています。

 

1年間のうち論文を書く時期や頻度はどのくらいですか?

夏休み等は書きやすい時期ですが、データが集まらないと論文はかけないので、一年に一本くらいです。最近の大学教員は生徒の指導に時間をかなり費やしています。工学系の分野では、まだ英語で論文を発表することは生物・化学分野に比べるとまだ少なく、国内での活動が中心になっている人も多いと聞きます。

 

学生と若手研究者に向けてメッセージをお願いします。

歴史に残る実験を目指してほしいです。大きな目標を持って世界に向けて研究をして発信していってほしいと思っています。

 

川崎寿先生のプロフィール:現在、東京電機大学工学部環境化学科 応用生命工学研究室 教授。主な研究テーマ:微生物機能を活用した環境調和型バイオ技術の開発。趣味:毎日「日本経済新聞」に目を通すこと、毎週「Nature」の日本語要旨に目を通すこと

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