出版至上主義の犠牲にならないで

出版至上主義の犠牲にならないで

仁荷(イナ)大学校材料工学部(韓国)のヒョンソン・キム(Hyungsun Kim)教授は、アジアの研究者やジャーナル編集者に向けた学術ライティングや優良出版慣行の指導に20年以上携わっています。インペリアル・カレッジ・ロンドンでPhDを取得(1989年)後、オックスフォード大学の主任研究員、順天(スンチョン)大学校材料科学・金属工学部(韓国)の教授職を歴任し、学術出版の専門家として精力的に活動するほか、複数の学術誌の編集委員や、韓国でSCOPUSのコンテンツ選定委員会のアドバイザーを務めています。また、Korean Council of Science Editors (韓国科学編集者協会、KSCE)の現会長でもあり、Council of Asian Science Editors (アジア科学編集者協会、CASE)の事務局長、National Academy of Engineering of Korea(韓国国立工学会)などの複数の学会のメンバーでもあります。これまでに4冊の著書(Special Topics for Scientific Ethics [2011]、How to Write Correctly Scientific Papers [2010]、Engineering Communications [2009、韓国語]、Make Only 10% Change to Your Papers [2003、韓国語])を出版しています。研究者と編集者双方の優良な出版慣行の促進に力を入れており、韓国、日本、中国、ロシアで、大学院生や研究者、編集者向けのセミナーやワークショップを開催しています。これらのイベントでは、学術論文の執筆、出版戦略の組み立て方、ジャーナルの国際的な索引データベースへの登録方法など、幅広いテーマを扱っています。


世界の科学研究の中で韓国の影響力が高まりつつある今、キム教授から見た同国の学術出版や研究についてのお話はとても有益なものでした。KCSEの会長として、同委員会の目的や活動、韓国の研究の発展を阻害しているもの、研究者に必要な訓練・支援についても伺いました。また、自身の経験を基に、論文の出版本数やインパクトファクターにとらわれているアジアの研究者に向けたアドバイスを頂きました。

Korean Council of Science Editors (KCSE)の概要を教えて頂けますか?どのような使命や目的があるのでしょうか。

2011年に設立された Korean Council of Science Editors (KCSE)は、(261の学術組織・機関を含む)学術ジャーナル323誌、会員54名、特別協力会員20名で構成されています。KCSEは、科学出版に関する情報交換を行い、学術論文の編集に関連する会議などを設けることで、韓国科学誌の質の向上と、科学の発展に貢献したいと考えています。


主に以下のようなテーマに力を入れて活動しています:

  • 教育および育成(論文執筆、査読、編集などの専門家育成プログラム)
  • 出版倫理(立案・履行)
  • 外部との交流(国内外の編集者・団体とのネットワーク構築)
  • 情報の共有および出版(会員向けニュースレターや科学編集サービスを通した科学出版に関する重要情報の提供)


今のところ一定の成果が得られていると思いますし、国内の編集者で構成される編集者協会を持っているのは世界でも2ヶ国しかなく、そのうちの1つであることを誇りに思っています(もう1つは米国)。

KCSE会長としてどのような責務を負っていますか?

KCSEの会長としての責務は、学術誌や出版に関する最新のニュースや情報を紹介すること、7つの委員会(企画・運営、教育・育成、出版倫理、情報・出版、論文編集、外交、助成)を運営・管理することなどです。KCSEの目的は、韓国科学誌の質を向上させることです。会長として、公式開催のイベントなどに、は内外問わずKCSEの代表として参加しています。

KCSEは、韓国の編集者、政府、その他の機関からどのようなサポートを期待していますか?

現在KCSEは、以下のことを促進するためのプロジェクトを精力的に進めています:

  1. 国内科学誌の編集者間の情報・リソース交換や協力体制の構築
  2. 国内科学誌の品質向上のための、共通の包括的ガイドラインの構築
  3. 国内研究者に向けた論文執筆、査読、編集に関する教育
  4. 国内外の学術・科学誌データベースや索引サービスの普及
  5. 国内の研究者・編集者に向けた関連リソースの紹介や教育の提供による出版倫理の啓蒙


以上のプロジェクトを効果的に実行するためには、私たちと同様の活動を行なっている国際グループ(国際科学編集者会議/CSE, Council of Science Editors欧州科学編集者協会/European Association of Science EditorsCrossRef出版倫理委員会/COPE, Committee on Publication Ethicsなど)から情報を絶えず吸収することが重要です。ほかにも、KCSEの役員には、さまざまな国際学会や教育プログラムへの参加や、主要国際機関から講師を招いて公認教育プログラムを実施することなどが求められます。


これらを遂行するためには、多くの労力とリソースが必要です。KCSEのプロジェクトは、年会費とワークショップやセミナーなどへの参加費で賄われています。しかし、すべての目標を達成する上で、韓国政府からの助成は不可欠です。国内のジャーナル編集者には、我々のプログラムに定期的に出席してもらうよう要請して、出版に関する経験を共有するようにしています。彼らが持つ情報は、国際誌の索引データベースの構築に役立っており、KCSEの活動の意義を高めています。

韓国は、科学研究やそのアウトプットにおいて日本や中国との競争があると思います。グローバルな科学研究での競争をリードするために韓国が克服すべき障壁はありますか?

グローバルな科学研究競争で優位に立つために韓国が越えなければならない壁は、いくつかあります。まずは、国内の研究者が母国語に加えて英語を習得する必要があります。クリエイティブな研究を長期的に支援できる経済的サポートや経済状況の改善も必要です。現在は、金銭的支援や良質な研究環境の不足が障壁の1つになっています。韓国は、短期的な研究成果を設定するなどして、クリエイティブな研究や基礎研究にもっと投資をする必要があると思います。このような取り組みで、国内の科学研究の質は著しく向上するでしょう。


もう1つの障壁は、研究者の論文出版行為に関する知識不足です。韓国の研究者は、ライティングや出版についてさらに訓練を積む必要があると思います。同時に、オリジナリティのある研究を遂行し、論文としてアウトプットする訓練も必要です。学術論文の執筆は、得られた事実を論理的に組み立てる作業ですが、多くの研究者が「事実」と「意見」の違いを区別できずにいます。以上のようなことが、韓国の研究コミュニティが国際レベルで活躍するために乗り越えるべき障壁と言えるでしょう。

長年に渡り、著書と編集者という2つの側面からジャーナル出版に関わってこられました。ご経験の中で、韓国の研究者がジャーナル出版に関してもっとも苦労することは何だと感じましたか?何かアドバイスを頂けますか?

「出版するか消え去るか(Publish or perish)」、これが韓国の研究者のモチベーションであり、同時に弱みでもあります。多くの研究者が、この競争的な出版システムの犠牲になっていると言えます。韓国の研究界では、短期間にどれほど多くの論文をインパクトファクター(IF)が高いジャーナルに発表できるか、という1点に焦点が当てられがちです。これは、学術的な評価システムが、出版によるアウトプットと強く結び付いているためです。さらに、SCIに索引登録されたジャーナルを目指す研究者が多く、基礎/応用科学の分野に関わらず、NatureやScienceのような一流ジャーナルに自身の論文を掲載しようと躍起になっています。一方で、最近の研究報告(Nature 535、210–211、2016)によると、Nature誌の74.8%の論文の被引用数はIF(38.1)よりも低いというデータがあります。同様に、Science誌(IF=34.7)の75.5%の論文は、2年連続で引用数が35以下だということです。イギリスのある研究(International Comparative Performance of the UK Research Base、2013)によると、出版論文全体の32%はまったく引用されていません。


韓国の研究者は、IFが高いジャーナルや、論文の本数ばかりを盲目的に追いかけるのではなく、論文の質にもっと目を向けるべきですし、論文は自身の研究を幅広く伝えるためにあることを忘れてはなりません。私から韓国の研究者へ向けたアドバイスは、「出版至上主義の犠牲者にならないで」ということです。

近年、世界的に非倫理的な出版行為が頻発しています。韓国の学術界は、このような不正行為についてどの程度の認識がありますか?また、この認識にずれがあるとしたら、どのような改善策がありますか?

研究は熾烈な競争の世界ですが、研究と出版に携わるすべての人が、非倫理的な出版行為とそれを行なった場合の結果を十分に認識していると思います。ただし、研究者は、とくにプレッシャーが掛かっている中では、無意識的に倫理指針を軽視しがちです。そのため、多くの研究機関やジャーナルが、著者に対する倫理的出版慣行の教育に力を入れ始めています。このような動きは韓国でも同様に起こっており、国内の各大学が「研究倫理指針」を設けていますし、ジャーナルも「出版倫理指針」を著者に公開しています。韓国政府は2014年に「研究における最善の倫理的行為のためのガイドライン」を作成し、倫理的研究の基本原理を共有し、倫理的研究・出版のための研究者と大学の役割および責任について認識させることで、研究不正を防ぐ取り組みをしています。KCSEも、2015年に「科学研究および出版倫理マニュアル」を作成・配布しました。本文書では、科学・工学の分野で考慮すべき研究・出版倫理について幅広く扱っています。


現在は、ほとんどの大学や研究機関に、研究・出版行為を倫理的に遂行するための研究公正委員会や研究倫理調査委員会が設置されています。しかしながら、一部で盗用(自己盗用やオーサーシップ関連の不正など)はいまだに行われています。これは、研究者への出版倫理関連の教育や訓練を引き続き行なっていく必要があるということです。最近では、データの複製も深刻な問題として浮上してきています。盗用を防ぐ最善の策は、盗用検出ソフトウェアを使うことでしょう。盗用をチェックできるソフトであるCopyKillerを導入している研究機関は多く、Turnitinも世界中で使用されています。韓国では、多くの機関・出版社がそれぞれのシステムに統合可能なソフトウェアしか使用できないという問題を抱えていますが、国内外のソフトウェアを利用し、論文投稿の時点で盗用チェックが働くようなシステムの構築が不可欠だと考えています。

KCSEの今年の主な目標を教えてください。また、数年後のKCSEはどのような形になっていることが理想ですか?

KCSEにとって、2017年は激動の年になるでしょう。本年の計画の1つとして、ジャーナルや編集者向けのワークショップやフォーラムを10回開催したいと考えています。ジャーナルのデジタル化が著しく進んでいますし、編集者はジャーナルの国際化に熱心です。ジャーナルやその編集者は、投稿、査読、編集、出版システムの進化やオープンアクセス化の傾向とその方針に敏感になる必要があります。韓国の研究者も出版関係者も、オーサーシップへの理解を深める努力が必要でしょう。KCSEによるワークショップやフォーラムでは、これらのテーマに関する必須の情報や知識、トレーニングを提供していきたいと思っています。 



キム教授、貴重なお時間を割いて素晴らしい視点を共有して頂き、ありがとうございました!KCSEにとって実りのある1年になることを願っています!

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