オンライン出版の民主化が「雑誌の危機」を救う

オンライン出版の民主化が「雑誌の危機」を救う

「雑誌の危機(serials crisis)」とは、高騰を続ける学術誌のコストのことを指します。購読料の高騰により、世界中の研究者たちが有料ジャーナルへのアクセスの獲得と維持に苦労しています。この危機から脱する方法はあるのでしょうか?学術誌向けの査読およびオープンアクセス出版プラットフォームであるScholasticaは、「Democratizing Academic Journals: Technology, Services, and Open Access(テクノロジー、サービス、オープンアクセスによる学術誌の民主化)」と題した白書を発表しました。本インタビューでは、Scholasticaでコミュニティ開発コーディネーターを務めるダニエラ・パドゥーラ(Danielle Padula)氏にお話を伺います。パドゥーラ氏は、Scholasticaのブログ運営とソーシャルメディア活動の責任者であり、ジャーナル関係者への正しい出版慣行の啓蒙や、研究者への論文出版支援も行なっています。インタビューでは、学術出版の現状を踏まえながら、白書の内容についてお聞きしました。また、雑誌の危機につながった原因に関するお話の中では、科学に関わる人々がこの問題にどう取り組むべきと考えるかについて伺いました。

 

「雑誌の危機」に馴染みがない人々に向けて、この言葉の意味を説明して頂けますか?どのような危機なのでしょうか。

雑誌の危機とは、ジャーナル(雑誌)の購読料が高騰を続けることによって、学術機関などで研究論文の入手が難しくなっている問題を指しています。この危機は、主に出版社が購読料を引き上げた結果として起きているものです。


これは、危機的状況です。なぜなら、学術研究の行く末は、研究者が最新の研究情報にアクセスし、それを再検討して再構築するというプロセスにかかっているからです。現在、多くの大学図書館がジャーナル購読の継続に苦心していますが、一部では購読の打ち切りも余儀なくされています。論文やジャーナルの購読料は高額なので、一般の人々にとっても研究情報へのアクセスは敷居が高くなっていますが、これは皮肉な状況と言えるでしょう。多くの研究は税金によって賄われているのですから、本来なら納税者がアクセスできるものでなければならないはずです。

Scholasticaが白書をまとめた理由は何でしょうか?

雑誌の危機を引き起こしている根本原因をより詳しく調べるとともに、学術コミュニティがオープンアクセス(OA)出版に移行しつつある中で、現在の立ち位置を見極めたいと考えたからです。論文掲載料(APC)が急激に高騰を始め、現在の状況が持続できなくなりつつあることに、多くの人々が驚いていると思います。APCは年6%上昇しており、5000ドルを越えるジャーナルもあります。著者は、論文を出版するために5000ドルを工面しなければならないのです。商業出版社と、極めて高額なジャーナル(購読型もOA型も)の間には、明らかな関係性が存在しています。私たちは、出版社が価格を引き上げ続けられる要因と、学術コミュニティがコストを押し下げるための手段について考えたかったのです。


出版社が価格の引き上げを強行できる状況には、3つの要因があることが分かりました:


(1) ジャーナルを中央集権化して管理している(出版社5社が市場の50%を握っている)。

(2) ジャーナルインパクトファクター(JIF)の高いジャーナルを多数所有している。

(3) 特異な出版モデルによる印刷物と初期のデジタル出版物で利益を得ている。


長年、非営利組織による自力でのジャーナル出版は、大変な労力とコストを要するものだったこともあり、1960年代頃から多くの組織が出版社への委託を始めました。学術コミュニティにとってこのサービスは必要不可欠なので、出版社は、価格を引き上げやすい立場にあるのです。一方、今日では技術の進歩が目覚ましく、出版プロセスのさまざまな面で変化が見られ、非営利組織が低コストでジャーナルを自力運営できるようになってきました。Scholasticaは、研究へのアクセスの敷居を低くするために、査読や出版に必要なツールをジャーナルに提供しています。私たちは、論文のOA出版に必要なコストの核心部分を見定め、テクノロジーがどのように影響を及ぼせるかを明らかにする必要があると考えました。白書は、このような考えをもとに作られました。

学術界の文化について、「出版するか消え去るか(Publish or perish)」という表現が用いられることがよくあります。このような環境が、雑誌の危機につながったと考えることはできますか?

「出版するか消え去るか」という文化は、雑誌の危機に関係していると思います。とくに、研究者たちが、高インパクトファクターのジャーナルで論文を出版すべきというプレッシャーを感じていることに関係しています。先述したように、インパクトファクターの高いジャーナルの多くを、商業出版社が所有しています。研究者はそれらのジャーナルで論文を発表して評価を得ようと努めるので、結果として、被引用回数の多い論文も、それらのジャーナルに偏ってしまいます。このような流れがあるので、出版社は図書館に対して高額な購読料を要求し続けられる立場にいるのです。雑誌の危機から脱するためには、JIFへの依存から脱却することが重要です。研究者がJIFの高いジャーナルからの引用や出版にこだわり続ける限り、出版社は価格を引き上げる力を持ち続けます。現在、JIFを疑問視する動きは多く見られます。たとえば、研究の評価方法の改善を目指す研究評価に関するサンフランシスコ宣言(DORA)では、JIFだけに囚われないよう学術機関や助成団体に呼びかけ、嘆願書には12000人の署名が集まりました。このように、変化は確実に起きています。JIFに代わる指標は、この先、存在感を高めていくでしょう。

白書では、「学術誌産業を企業がコントロールしている」問題についても取り上げています。この問題について詳しく教えて頂けますか? 

企業がジャーナルを所有しているということは、間違いなく大きな問題です。先述したように、現在、5社の出版社が学術誌市場の過半数を握っています。ジャーナルの中央集権化と高インパクトファクタージャーナルの所有という組み合わせ、さらに出版モデルの特異性が、出版社を強い立場に押し上げてきました。学術コミュニティが自分たちのサービスに頼らざるを得ないことを知っているので、価格交渉の面で優位に立ってきたのです。しかし、オンライン出版やテクノロジーの進化によって、状況は覆りつつあります。出版社が高額な価格に見合ったサービスを提供しているのかどうかについて、多くの人々が疑問を持ち始めました。PLoSの共同創設者マイケル・アイゼン(Michael Eisen)氏を含む多くの人が、商業モデルの大きな問題は、印刷ベースの出版が中心となっていることにあるという懸念を表明しています。国際STM出版社協会による報告書(2015年)では、印刷媒体の衰退と、オンラインのみの論文発表への移行という、学術界の実際の変化が報告されています。それでも多くの出版社が印刷媒体での出版を求め続けており、印刷ベースの出版モデルに従っているオンラインサービスも多く残っているのが現状です。一方、非営利組織がオンライン専門ジャーナルをはるかに安価に出版している例もあります。たとえば、Ubiquity PressPeerJが設定しているAPCは、200~300ドル程度です。これらのジャーナルの存在によって、出版社の効率性や必要性に疑問の目が向けられるようになりました。現在出版社が行なっている業務の多くは自動化が可能であり、そうすることで、より安価で汎用的な出版が可能になるはずです。

とても興味深い考え方ですね。白書では、「学術誌の民主化」が雑誌の危機を救うための解決策として挙げられています。これは、どのようなことなのでしょうか?

ここで言う民主化とは、学術誌の出版に必要なツールや知識に、あらゆる人がアクセスできるようにするという意味です。つまり、特異な出版モデルを廃止し、第三者である出版社に頼らなくてもいい状況を作るということです。出版社がジャーナルを所有していると、価格の引き上げは永久に止まらない可能性がありますし、真のコストが浮き彫りになることもないでしょう。民主的な環境があれば、自力での出版運営が可能なオンラインサービスを選べるようになり、ジャーナルのコスト面に関する透明性は格段に高まります。金融工学などの産業界では、実際にこのような動きが起きています。長い間、個人のファイナンシャル・プランニングのために顧問を雇えたのは限られた人だけでしたが、今日では、ロボット・アドバイザーの登場によってこのようなサービスが大衆化され、コストが下がっています。似たような状況が出版界にも訪れれば、出版社によるジャーナルの中央集権化もたちまち緩和されて透明性が高まり、出版コストの低下を実現できるでしょう。

高騰する出版コストのもう1つの潜在的解決策として、OA出版が挙げられています。コストの面で、この代替出版モデルはどれほど効果的だとお考えですか?

ここではっきりさせておきたいのは、OAは、これまで読者を高額な論文から隔てていた「有料の壁」を壊すことはできても、主な資金提供者である学術機関や非営利組織による自力でのジャーナル出版を保証するものではないということです。OA論文は無料で読めますが、簡易的なオンライン専門誌であっても、ウェブサイトの運営費などが発生するため、一定の財源は必要です。以上のことを考慮すると、手頃なOAであれば、それが適切に運営されている限り、より低コストでオンライン上での論文発表が可能になるということです。ただし、出版社がジャーナルの中央集権化と利益のために価格を引き上げ続ける限り、「雑誌の危機」は「APCの危機」に変化するだけでしょう。ビョルン・ブレンブス(Björn Brembs)氏は、企業が主導権を握っている現在の市場の中では、 (とくにインパクトファクターの高いジャーナルの) 出版社がAPCを引き上げ続けるだけなので、APCに基づいたOAは事態を悪化させるだけになる可能性について警告しています。これが現実になれば、ゴールドOAの価格は最終的に、雑誌の危機と同等かそれ以上に問題化するでしょう。

雑誌の危機や、学術機関の付属図書館が論文へのアクセスを失い始めている問題について、研究者はどの程度認識しているのでしょうか。

研究者はこれらの問題への認識を高めつつあると思いますが、若手研究者を中心として、まだまだ認識が足りない人も多いでしょう。また、OA自体がこの危機への完全な解決策ではないことも、伝えていく必要があります。学術コミュニティが賄っている高額なAPCは、ジャーナルの購読料と同じ財源から出ていることを、研究者たちは理解するべきです。白書の中で、ロクサーヌ・ミッシンガム(Roxanne Missingham)氏がまさに的を射た言及をしていました。彼女が指摘したOAの未来に関する最大の不安は、購読誌を廃止し、OAに移行するためにかかる費用は無尽蔵だと研究者たちが考えているということでした。現実には、無制限の予算など存在しません。学術コミュニティの中で研究へのアクセスを失っている人々や、論文を出版するために四苦八苦している人々のためにも、高額な購読システムを早急に廃止し、高額なAPCは早いうちに摘み取ってしまう必要があります。このことを真剣に考えなければなりません。

それでは、雑誌の危機と向き合うという意味で、研究者たちがこの状況を改善するには何をすればいいでしょうか?

状況の改善と雑誌の危機を食い止めるという意味で、研究者が果たすべき役割は、自分の論文に責任を持って出版するということです。持続可能なモデルとしてのOAジャーナルで出版することを検討してもいいでしょう。白書でも指摘しているように、規模を問わず多くの非営利組織が、持続可能なジャーナル(Open Library of the HumanitiesDiscrete Analysisなど)の出版を始めています。もう1つの役割は、従来のJIFに代わる指標を受け入れ、後押しすることです。たとえば、DORAに参加する、代替となるインパクト指標を周りの人に教える、JIFに依存している機関に異を唱えるなど、こうした行動のすべてが状況改善のための鍵となります。最後に、グリーンOAの権威であるステヴァン・ハーナッド(Stevan Harnad)氏が強調していたことを紹介します。研究者は、論文出版の前か後のどちらかのバージョンを、アーカイブまたは機関リポジトリに公開するのです。これは、高名なジャーナルに投稿することに不安がある若手研究者にとってはとくに重要です。論文へのアクセスを有料にさせないためには、論文をグリーンOAにすることが必須事項です。ジャーナルの支配権を学術コミュニティの手に取り戻すには、戻研究者たちが協力し合い、持続可能なOAに向けた取り組みを進めることが必要でしょう。

従来の出版モデルに大幅な変化を加えることについては激しい論争があります。学術出版の未来をどのように思い描いていますか?

学術誌が1つの出版モデルに支配されることなく、民主的な出版プロセスが可能になり、分野ごとのニーズを満たすような複数のモデルが共存する形になると予測しています。白書でも指摘していますが、人文科学などの領域では、APCに関する資金提供を制限しています。将来的には、APCや補助金、助成金、グリーンOAが合わさった財源モデルが必要になるでしょう。同時に、学術機関と非営利組織がジャーナル出版の全プロセス(査読から出版、流通まで)を、オンラインサービスを利用して自力で運営できるようになると予測しています。このシステムなら出版社に委託する必要がなく、非営利組織自らがもっとも手頃なサービスを選び、自前で出版できるようになります。


学術誌の出版でサービスベースのモデルが普及すれば、研究の著作権を学術コミュニティで保持することができます。また、より手頃なジャーナルの立ち上げや、コストのかかる企業の基準に対抗する新たな出版モデルの誕生にもつながり、最終的に、研究者も学術機関もJIFに囚われなくなるでしょう。非営利部門の人々に自力出版の術を与え、ジャーナルの民主化を実現することが、OAを長期的に持続可能なものにする唯一の方法だと思います。



パドゥーラさん、とても興味深いお話をありがとうございました!

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