「学問の自由」についての手引き

「学問の自由」についての手引き

学術界をけん引するのは、論理的探究、確かな知の創造、そして知的好奇心です。これらはいずれも社会と共有されなければなりません。学術的表現の自由は、学問を追求する上での公正性を維持し、多様な意見や疑問を投げかける自由を守るために重要なものです。自由は、合理的・進歩的・包摂的な学術コミュニティを支える屋台骨なのです。

 

この記事では、学問の自由とは何か、そしてこの概念に不可欠な要素は何なのかを考えます。

 


学問の自由は普遍的権利

 

学問の自由は複雑で多面的な概念ですが、学術関係者の権利と義務という文脈で捉えることができます。

 

1997年のユネスコ勧告1は、高等教育教員の学問の自由について次のように述べています。「高等教育教員は、学問の自由の維持、すなわち、押し付けられた学説によって束縛されることなく、教授し及び討論する自由、研究し並びにその成果を普及させ及び公表する自由、自己の勤務する機関又はその制度について自己の意見を自由に表明する自由、機関による検閲からの自由並びに専門的又は代表的な学術団体に参加する自由に対する権利を有する」。

 


学問の自由は、社会政治的および宗教的な制裁を免れる

 

学問の自由は、歴史上の数々の過激な事件を経て発展してきました。中でも有名なのは、17世紀に行われた、ガリレオ・ガリレイに対する悪名高い裁判です。これは、科学的真実を否定し無効化するために宗教家が行なった懲罰的措置の一例です2 。ガリレオは太陽系の地動説を拒否するように強要されたあげく自宅軟禁され、その著書は発禁となりました。ガリレオの信念が宗教的教義と矛盾していたため、学問の自由が多方面から制限されたのです。

 

学問の自由には、政治的に承認または優先された研究(とくに、研究プロポーザルの科学的妥当性が精査されていない研究)の方向性に疑問を投げかけ、批判し、拒否する自由も含まれます。インドでは2020年、ある科学者グループが、先住民族の牛の研究に資金を提供するという政府案に猛反対しました3。これについては多くの人が、科学的根拠に裏打ちされた研究プロポーザルに基づくものではなく、「インドの牛はヒンドゥー教の経典に記載されているような特異的性質を持つ」という仮定から生まれた、親ヒンドゥー政府肝いりの計画だと考えていました4

 

反対した科学者のほとんどは政府機関で働く人たちでしたが、躊躇せずに科学的懸念を提起する権利を行使しました。学問の自由は、失職や懲戒処分などの懲罰的措置から研究者を守る盾となるのです。

 


学問の自由には、教員の権利と義務が含まれる

 

学問の自由には、権利だけでなく義務もあります。教員の学問の自由の指針の例として、米国大学教授協会(AAUP)の信条があります。その内容は、1915年の「原則宣言」5と、1940年の「学問の自由とテニュアに関する原則声明」6に次のように定められています。

 

  • 教室で自分の研究テーマについて教えたり議論したりする自由
  • 興味に基づいて研究を進め、得られた結果を発表する自由
  • 市民として発言または執筆する表現の自由および、制度的制裁または懲戒手続きからの保護

 

教員は、特定の義務を負うことも求められます。例えば、学生への不当な扱いに対する盾として学問の自由を利用すると、差別や嫌がらせに対する懲戒処分を受けることもあります。

 

カナダでは最近、オタワ大学の教員が教室で人種差別的な発言を行なったことで職務を停止されるという出来事がありました7。事態を複雑にしたのは、教員たちが大学の運営側に異議を唱え、学問の自由を守るという大義名分の下で職務停止の取り消しを要求したことです。これは、教員が学問の自由を履き違えて、学生に対する違法行為を正当化する可能性があることを示す例です。

 


学問の自由には、学生の権利と義務も含まれる

 

1960年代の社会運動と学生の蜂起は、学生にとっての学問の自由を定義することにつながりました。特筆すべきは、教育における人種的不平等を浮き彫りにした公民権運動8と、カリフォルニア大学バークレー校におけるフリースピーチ運動9です。AAUPは1967年、次のような「学生の権利と自由に関する共同声明」10を起草しました。

 

  • 学生は、教育機関の教室、キャンパス、および広範な学術コミュニティでの学習を促す好ましい環境を与えられる
  • 学生団体は、教育機関や大学の管理者に対し、安全なスペースと教室での寛容さを求めることができる
  • 教育機関は、学生の学問的な思考またはアプローチが教員と一致しないために低評価を与えられることへの恐怖感が利用されないようにすることで、学生の学問の自由を保護する
  • 学生は、教員から教わった知的および哲学的アイデアに自由に異議を述べることができる

 


教育機関/大学は学問の自由を享受し、促進する

 

組織のガバナンスも、学問の自由の対象です。教育/研究機関には、学生と教員の利益と学問の自由を保護するためのベストプラクティスを編み出す自由と責任があります。カリキュラムや統治に関する自由な議論に対する行政や政治当局による直接的・間接的な統制は、学問の自由の否定と見なされます。

 

ヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW)の報告書は、民主主義的傾向を公言する在オーストラリアの中国人学生らに対して言論の自由を抑制して自己検閲を課す、中国政府の間接的な強制措置について論じています11。同様にアフガニスタンでは、タリバン政権が国中の学生や大学の学問の自由に影響を及ぼす介入を始めたと報告されています12

 

2021年3月、Scholars at Risk(SAR)とGlobal Public Policy Institute(GPPi)は、Academic Freedom Index(AFI)を自由な大学作りに活かすための政策提言を発表しました13。その中では、学問の自由という基本原則、パンデミックがもたらした脅威、そして知識構築システムの知的公平性を維持しながら関係者の福祉を確保するためのAFIの使用について述べられています。

 


学問の自由の対象範囲は、正当な事由によって制限されることがある

 

学問の自由の範囲は複雑で、議論の余地があります。また、社会的、倫理的、法的な事項と矛盾するように見える場合もあります。

 

一例として、米国の国立衛生研究所(NIH)が2014年に病原体ウイルスの研究を禁じた件を紹介しましょう14。NIHはこの禁止について、病原体の危険度が増すリスクが極めて大きく、公衆衛生上の悪影響につながる可能性があるためと説明しました。研究は将来のパンデミックへの備えになると主張した科学者もいましたが、大半は懐疑的だったためにこの禁止令は支持されました。科学的な見解が分かれていると、選んだ研究を進めるという学問の自由の限界が曖昧になる可能性があります。禁止令は、厳格な倫理ガイドラインと安全ガイドラインを導入するとの約束で、2017年に解除されました。

 

また、カリキュラム(シラバス)の作成も議論のテーマです。学問の自由は、カリキュラムのトピックを決定する権利を大学に与えています。インドの教育シンクタンクは、教科書でムガール帝国の栄光を強調することに異議を唱え、社会政治改革者への言及がおざなりになっていることに憤慨を表明しています15。ここで、「学問の自由は、教材作成に影響を与えるバイアスを認めるのか」という疑問が生じます。「事実の信憑性が保たれていれば、自由に教材を作ることができる」というのがその答えです。ただし、個人または団体は、内容が偏っていると感じた場合は躊躇なく指摘し、問題を是正するための措置を講じる必要があるでしょう。

 

学問の自由は、多くの国の憲章において独立した権利として認められています。国によっては、言論の自由や、職業を実践する権利に該当します。時には、ある人の学問の自由を保護することが、他の人の憲法上の権利を侵害する場合があります。権利が対立するこのような紛争は、「比例の原則」によって解決されます。これは、公正さを確保するために、互いに相容れない利益のバランスを取るための法的原則です16

 

学問の自由という概念は、教育、研究、制度的慣行の進歩と並行して変わり続けるでしょう。この変化を推進するためには、その取り組みの努力自体が、制約を受けない自由で活発な議論にさらされなければなりません。

 

参考文献

1.    Savage, D. C. & Finn, P. A. The road to the 1997 UNESCO Statement on Academic Freedom. https://www.caut.ca/sites/default/files/unesco_en_insidepages_final2017-09-11.pdf (2017).

2.    Hellman, H. Two Views of the Universe: Galileo vs. the Pope. Washington Post: Horizon Section https://www.washingtonpost.com/wp-srv/national/horizon/sept98/galileo.htm (1998).

3.    Koshy, J. Scientists oppose government research into ‘indigenous cows’. The Hindu https://www.thehindu.com/news/national/scientists-oppose-government-research-into-indigenous-cows/article30882525.ece (2020).

4.    Chandrashekhar, V. Indian scientists decry ‘infuriating’ scheme to study benefits of cow dung, urine, and milk. Science https://www.science.org/content/article/indian-scientists-decry-infuriating-scheme-study-benefits-cow-dung-urine-and-milk (2020).

5.    Seligman E.R. et al. AAUP’s 1915 Declaration of Principles https://www.aaup-ui.org/Documents/Principles/Gen_Dec_Princ.pdf5.

6.    Metzger, W. The 1940 Statement of Principles of Academic Freedom and Academic Tenure. in Freedom and Tenure in the Academy (Duke University Press, 1993).
https://www.aaup.org/report/1940-statement-principles-academic-freedom-and-tenure

7.    Editorial board. Academic freedom is no excuse for racism in the classroom. The Queen’s Journal https://www.queensjournal.ca/story/2021-11-19/editorials/academic-freedom-is-no-excuse-for-racism-in-the-classroom/ (2021).

8.    Vigdor J.L. The Civil Rights Movement and Educational Inequality. Duke  University and NBER https://www.law.nyu.edu/sites/default/files/upload_documents/2014-04-23%20Vigdor.pdf (2014).

9.    The Free Speech Movement: Reflections on Berkeley in the 1960s. (University of California Press, 2002).

10.    Joint Statement on Rights and Freedoms of Students. AAUP Bulletin 54, 258–261 http://www.jstor.org/stable/40223664 (1968).

11.    Kenji Kawase. China’s long arm squeezes Australia academic freedom: rights group. Nikkei Asia https://asia.nikkei.com/Politics/International-relations/China-s-long-arm-squeezes-Australia-academic-freedom-rights-group (2021).

12.    Katawazai, R. Afghanistan’s academics are starting to lose hope. Times Higher Education (THE) https://www.timeshighereducation.com/blog/afghanistans-academics-are-starting-lose-hope (2021).

13.    Kinzelbach, K., Saliba, I., Spannagel, J. & Quinn, R. Free Universities: Putting the Academic Freedom Index into Action. Report, March 2021. Global Public Policy Institute (GPPi) https://www.gppi.net/media/KinzelbachEtAl_2021_Free_Universities_AFi-2020.pdf (2021).

14.    Reardon, S. US suspends risky disease research. Nature 514, 411–412 https://doi.org/10.1038/514411a (2014).

15.    Venugopal, V. Disproportionate attention to caste, Muslim chroniclers in NCERT, Kerala textbooks: Thinktank tells Parl Panel. The Economic Times https://economictimes.indiatimes.com/industry/services/education/disproportionate-attention-to-caste-muslim-chroniclers-and-sufi-poets-in-ncert-kerala-textbooks-thinktank-tells-parl-panel/articleshow/84246743.cms (2021).

16.    Stachowiak-Kudła, M. Academic freedom as a source of rights’ violations: a European perspective. High Educ 82, 1031–1048 https://doi.org/10.1007/s10734-021-00718-3 (2021).

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