研究者になりたいあなたへ

研究者になりたいあなたへ

研究者としてのキャリアを歩むことは、人生でもっとも充実した経験となるかもしれません。それにも関わらず、多くの学生が比較的快適なエンジニアリングの道に惹かれ、研究の道をあっさりと諦めていく姿を見てきました。その多くは、研究者を諦めたことを個人的失敗と見なしており、失敗したのは自分に実力がなかったからだと考えています。しかし、これは個人的な価値や才能の問題ではありません。研究の世界で成功するには、一種異なった気質が必要になります。多くの場合、それはエンジニアとして成功するための気質とは異なっているのです。


この記事では、研究者がキャリアのさまざまな段階で直面する困難を紹介します。


1. 研究とは、答えが複数ある(もしくは答えのない)、不良設定問題である


皆さんは大学で、決まった答えのある問題を解決する訓練を受けてきたはずです。しかし、試験問題と同じアプローチで研究に臨むことは、失敗を意味します。研究で行うことのほとんどは、答えに近付くためのものではなく、問いをより深く理解するためのものだからです。


前進しているかどうかを、「解決できたか」ではなく、「学習できたか」という観点で測ることは、効果的に研究を進める上で受け入れなければならない、重要なパラダイムシフトの1つです。


2. キャリア全体を通して、うまくいかないことに取り組むことになる


何かがうまくいったとしたら、それはもはや研究ではありません。研究者は、「すべてが理想通りに進んだとしても、自分のキャリアの大部分は、実際には何も解決するに至らなかった事実によって形作られている」という認識から来る、根深い不安を持っています。しかし、この認識は、技術を構想レベルから実用化レベルに進めるための、より大きな旅路のプロセスなのです。


私は、この単純な現実を理解して受け入れることができなかったために、研究者としてのキャリアを諦めそうになりました。2004年当時、私の専門である音声認識の分野は、異常な状況にありました。研究は間違いなくうまくいっていなかったにも関わらず、コスト削減のために、ユーザーにそれを強引に押し付けていたのです。私は、自動化されたフリーダイヤルを利用した人々の、激しい怒りの眼差しを感じていました。また、学会が不穏な方向に進んでいることにも気づきました。感情認識に関する論文が増え続けていたのです。これは、顧客が苛立った結果としてオペレーターに連絡を取るタイミングを正確に把握するための課題設定としては、良い方法でした。私は数年間この分野を離れましたが、その時間は、研究者として立ち直るためのさまざまな視点を得るのに大きく役立ちました。


3. 研究は、発表した瞬間から時代遅れになっていく可能性がある


物事は絶えず進歩しています。私がこれまでのキャリアで出してきた成果の中で、現在も最先端であり続けているものは皆無です。長い出版プロセスを経た後に最先端を維持できたものも、わずかでした。私たちは被引用数から研究のインパクトを評価しますが、その場合、引用した論文にはもはや優位性がないことを示すために引用されているという事実は、無視されがちです。


FOMOFear of Missing Out、取り残される不安・恐怖を意味する頭字語)という言葉があります。研究者は、誰かに研究を先取られるのではないかという恐怖を抱いており、私の同僚の多くも、この恐怖を大きなストレスに感じています。そのような苦しみを抱えている人たちにアドバイスを送りたいと思います。もし、誰かに先を越されるという不安を抱えているなら、取り組んでいる課題がそもそも間違っているという可能性はありませんか?


誰かがすぐに解決できそうだと思えるような課題であるなら、あなたがその課題に時間を費やす価値は、そもそもないのかもしれません。


4. 無限の自由には無限の責任が伴う


研究者には自分の裁量で動けるメリットがあるのと同時に、自分の責任で動かなければならないというデメリットがあります。そこには説明書も設計図も存在しません。完全に誤った道に進んでしまったとしても、それを受け入れなければなりません。それが研究者だからです。


研究部門の管理者としての私の役割の多くは、底の見えない可能性に頭を悩ませている研究者たちのセラピストとして行動することです。私はしばしば、研究課題に境界線を引きます。この場合に重要なのは、境界線をどこに引くかではありません。境界線の存在自体が、未知のストレスを緩和するのに役立つのです。


たいていは、これまで歩んできた道を補強して、「ノー」と言う権利を与えるだけで十分です。決断疲れは深刻な問題です。チャールズ・サットン(Charles Sutton)氏は、研究者としてのストレスと、自由に「ノー」と言えることの必要性について、素晴らしい記事を書いています(記事の全シリーズはこちらからご覧頂けます)。


5. 逆説的に、研究とはリスク管理である


研究は本質的にリスキーなものですが、リスクにリスクを重ねると、大惨事に発展します。だからこそ、不要なリスクは断固として排除しなければなりません。共同研究に参加する場合は、何よりもまず、自分が共同研究者を信頼しているかどうか、共同研究者が自分を信頼しているかどうかを確認してください。ほとんどの失敗の原因は、技術的なものではなく、人間的なものです。政治的・組織的なリスクを持ち込まないようにしましょう。そして、研究予算をしっかり確保しましょう。ただし、研究そのもののリスクについて妥協することは絶対に避けてください(たとえば、プロジェクトを所属先の意向に沿わせるために、自分の野心レベルを下げること)。愚かな研究は、そのようにして生まれるものだからです。


リスクの高い研究に取り組みたいという意思は、研究者が自分につく最大の嘘です。私たちは皆、自分が考えているよりもはるかにリスク回避的ですが、プロジェクトに付与される安全策はすべて、研究リスクの信用枠に直結しているのです。


6. 頻繁な「ツールの一新」が必要


研究者としてのキャリアを歩んでいる間には、パラダイムシフトが定期的に発生します。あなたが10年以上かけて苦労して得た専門知識も、より優れた道具を持った人に一掃されてしまうかもしれません。向かう場所がどこであれ、課題を追求する能力(もしくはより重要な、意欲)は、現在はたまたま課題解決に役立っているとしても、あなたのキャリアを成功にも失敗にも導き得るものです。私自身の博士論文も、今日ではおそらく誰からも顧みられないようなツールを使っています。お役御免ということですね。


また、大きなブレイクスルーは、本質的に異なっていると思われた個別の研究を組み合わせることでもたらされることがよくあります。これは、可能性のある組み合わせを検討し始める前に、まったく新しい分野の視点とツールを積極的に学んで吸収することが重要であるということを意味しています。


7. 自分で自分を厳しく精査する必要がある


単著論文ほど疑わしいものはありません。私なら、自分が出した結果であっても、同僚の精査を通過していないものは信用しないでしょう。共同研究によるソーシャルな動態は、科学的成果を価値あるものにしている要因の1つです。なぜなら、研究という行為そのものが、視野狭窄や自己強化型のフィードバックを招きやすいからです。(別の記事で、自分のキャリアの中で、同僚による健全な懐疑の目によって、そのような状態になることを回避した瞬間について述べています。)


自分が弱い存在であることを認められる能力は、優秀な研究者の特徴です。


8. キャリア全体が、1つの数値で評価される


それは、h指数と呼ばれる公の数値です。h指数は大きな影響力を持っており、簡単に逃げられるものではありません。なぜなら、それを公開しないと何らかの疑いを持たれるからです。しかし、私たちが忘れがちなのは、この指標が2005年に考案された、比較的新しいものであるということです。


とは言え、あらゆる欠点を考慮しても、私はh指数を、きわめて安定性の高い指標だと考えています(操作しづらいという意味で)。私がよく知る研究者に対するh指数の評価は、私自身による評価と一致しています。また、ウェブ上の研究者プロフィールの中には宣伝色の強いものもありますが、それらの情報と比べると、実像との相違がはるかに少なくなっています。いつか、誰もがエルデシュ・ベーコン数によって評価される時代が来るかもしれませんが、その時まではh指数が影響力を持ち続けることでしょう…。


9. それが好きなことであれば、一生「仕事」をすることはない


いわゆる「天才」と一緒に仕事をするのはどのようなものか?と尋ねられることがあります。人々は、天才の何が人と異なるのか、その成功の本質はどこにあるのかに興味を持っています。天才たちに唯一共通しているのは、必死で努力しているということです。それは真実です。ただ、それだけではありません。天才たちが、あなたや私よりもハードワークをしていることは間違いありませんが、鋭い視点やひたむきさという特徴も持ち合わせているのです。天才たちの中に、自分の仕事を「仕事」と呼んでいる人はほとんどいません。天才と呼ばれる人々は、自分のしていることに心の底から愛着を持っており、それに喜んで全身全霊を捧げています。他のことはすべて、そこからの派生物なのです。研究者とエンジニアの管理者としての経験から私が言えることは、研究者としての成功は、生まれ持った能力や努力よりも、研究を行うことのプレッシャーをどのように管理するかにかかっているということです。


羅針盤もなく、絶えず変化する環境で、同僚からの監視がある中、うまくいかないことに取り組み続けるには、いくらかの勇気あるいは鈍感さが必要です。


一方、すぐ隣に座っているエンジニアは、実用に耐えられるものを構築し続けています。エンジニアたちは、明確に定義された問題を解決し、研究者と同レベルの創造性と習熟度をもって課題に取り組んでいます。機能しなければならないもの、機能することが期待されるものを構築してゴールに到達するには、異なる種類の勇気とひたむきさが必要です。また、健全な自己批判精神も必要です。自分と向き合うことは、「気にすることはない、たかが研究だから…」という考えを振り払うことができない場合と同様に、困難なことなのです。


研究であれエンジニアリングであれ、自分の性格に最適なチャレンジが何なのかを判断するには、長い時間を要するでしょう(私は数年を要しました)。それは、キャリアの段階や私生活の状況によっても変化します。産業研究に携わる私たちにとっての朗報は、この判断が必ずしも一生のキャリアを決定するものではないということでしょう。


ヴィンセント・ヴァンフック(Vincent Vanhoucke)氏は、Googleの主任サイエンティストです。この記事は、20181129日にヴァンフック氏の「Medium blog」で公開されたものを、許可を得てここに再掲載したものです。

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