「博士号取得後のキャリアパスは、学術界だけではありません」

「博士号取得後のキャリアパスは、学術界だけではありません」

スミタ・ジェイン(Dr. Smita Jain)博士は、IndiaBioscienceIBS)のエグゼクティブ・ディレクターを務めています。IBSは、研究者、教育者、科学コミュニケーター、政策立案者たちの橋渡し役として、インドの生命科学分野の構造にポジティブな変化を促す組織です。インドの科学界とインド政府から支援を受けているIBSは、より広範な科学コミュニケーションの必要性に対する意識の啓発や、若手研究者へのキャリアガイダンスの提供といったさまざまな活動やプロジェクトを通して、科学コミュニティと関わっています。このインタビューでは、インド人研究者への支援活動などの面から、IBSについて詳しくお聞きしました。現在のインドで研究者がたどる道や、インド人研究者が直面している困難に関する考えも伺いました。また、自身が研究者以外のキャリアを選んだ理由とともに、キャリアの選択に関する博士ならではのアドバイスも頂きました。


ジェイン博士は、名門のインド理科大学院でがん生物学の博士号を取得しました。博士課程を経て、関心のある分野の知識は得られたものの、自分が進むべき道は研究ではないと悟り、産業界でキャリアをスタートさせました。その中で、科学マネジメントという分野に出会って天職を見つけ、Centre for Cellular and Molecular Platformsのビジネスおよびプロセスの構築に、ビジネス開発マネージャーとして重要な役割を果たしました。現在はIBSのエグゼクティブ・ディレクターとして、組織が掲げる目的の実現に向けて尽力し、IBSの活動のインド全土への普及や、国内の熱心な研究者・コミュニケーター・教育者・政策立案者同士の信頼できるネットワーク作りを中心に活動しています。


IndiaBioscienceについて詳しくお話し頂けますか?

IndiaBioscienceIBS)は、インドの科学コミュニティが起ち上げたプログラムです。2つの目的を掲げており、1つは、インドの生命科学分野の構造に見られる隙間を埋めること。もう1つは、さまざまな階層における産・官・学の交流を通して、この分野の文化や慣行の変化を促す触媒となることです。IBSは、政策関連の議論や科学コミュニケーションのハブとして、また生物科学コミュニティに関する情報の収集者として、社会における科学の認知度を高めることを目指しています。IBSは、国立生物科学センター(バンガロール)のキャンパスで設立され、当初からコミュニティの支援によって存続してきました。この5年間は、主にインド政府のバイオテクノロジー省から資金提供を受けています。また、人材開発省からの助成金も受け取っています。


科学者・管理者・政策立案者コミュニティの発展のために、IBSではどのような活動をしていますか?

IBSの広い意味での任務は、生命科学コミュニティに貢献することです。この数年間に行なったのは、Young Investigators’ MeetingsYIMsを通した優秀な教員向けのメンターシップおよびリクルートメントプログラムの開催、コラム・ニュース・インタビュー・オピニオン記事などの形式での有用コンテンツの配信、科学界での就職やキャリア一般についてのアドバイスを載せた小冊子によるキャリア情報の提供、ポッドキャスト「IndiaBiospeaks」の配信、学生や若手研究者向けのウェビナーの企画(IndiaBiostreams)、特定のプログラムを通した共同研究の促進などです。最近では、構築した教育者ネットワークを意欲的な研究者とつなげるなど、インドの大学の学部の科学教育に関する取り組みも実験的に始めています。IBSのウェブサイトには、教育者向けに特化したページもあります。私たちは、積極的なネットワーキングを通して、また、IBSのウェブサイトをインド国内外の最高のコンテンツを紹介するワンストップのリソースにすることによって、インド人の科学者・教育者・政策立案者で構成される世界レベルのコミュニティを育んでいるのです。


IBSは教育者と生命科学研究者の橋渡し役になることを目指していますが、両者は互いに何を求めているのでしょうか?また、どのように橋渡しをしようとお考えですか?

研究者と教育者の間のコミュニケーションは、双方にとって必要なものです。私たちは、コミュニケーションこそが、この2つの孤立したグループの橋渡しになると考えています。教育者は教えることができ、未来の世代に影響を与える力を持っています。だからこそ、研究の世界で日々何が起きているのかを教育者が把握しておくことは、きわめて重要なのです。また、教育者が最新の研究に基づく方法論を知っていれば、それを早い段階で学生に伝えることができます。そうすれば、学生の好奇心を刺激し、受け身で学んでいる学生を、真の問題解決能力を持った学生に変貌させることができるでしょう。研究者と教育者がコミュニケーションをとることで、教育者は自らのネットワークを拡げることができますし、研究のための設備や機器を、自分たちも学生も利用しやすくなるでしょう。一方、研究者にとっては、若い世代に研究を伝えられるのみならず、好奇心旺盛な研究者の卵たちと交流することで得られるものがあるはずです。


これらの狙いを踏まえ、IBSのウェブサイトに教育者向けのディスカッションフォーラムを開設しました。このフォーラムには、研究者もアクセスできます。また、活躍中の教育者を地域のYIMsに招き、研究者と交流できる機会を提供することで、連帯感を育んでいます。さらに、YIMsに類似したものになりますが、教育者向けのメンタリングやネットワーキング・ミーティングも開催したいと考えています。


インドの研究文化はどのように進化しているとお考えですか?

インドの研究文化は着実にグローバル化しています。より協働的で学際的になり、シェアリング、ネットワーキング、コラボレーティングの価値が理解され始めています。また、インドの科学研究コミュニティでは、科学教育・コミュニケーション・研究に、より透明性の高いオープンな文化を導入する気運が高まっています。次世代の研究者たちの間には、ポジティブな空気が漂っています。若手研究者たちは、自分の研究を伝えることの重要性や、社会における自分たちの役割について高い意識を持ち始めています。


近年、インドでは多くの人材が海外に流出しています。この「頭脳流出」と呼ばれる現象についてどのようにお考えですか?

「隣の芝生は青い」という言葉があるように、私たちは、常により青い芝、つまりより良い機会を求めています。しかし同時に、この世に問題や困難のない場所などないということを忘れがちでもあります。


私は、人は自分の国で働き、自分の国が抱える問題の解決に向けて取り組むべきだと考えています。なぜなら、人は自分の国の問題についてより多くの知識を持っており、より大きな成果を上げられるからです。もちろん、国際的な労働文化に身を置くことも重要ですし、この経験が研究者の人格や能力に与える影響は無視できません。しかし、自分の国で働くということには、ほかにはない魅力や楽しさがありますし、より大きく意義なインパクトを与える機会が得られるはずです。


トップクラスの頭脳を国内に引き留めておくためには、若く有能な研究者や教育者が国内で活躍し、世界基準の独立した研究者へと成長を遂げられるような環境を、早急に構築しなければなりません。


インドはグローバル研究に重要な貢献を果たしています。世界におけるインド人科学者の認知度をさらに高めるためには、何が必要でしょうか?

世界におけるインド人科学者の認知度を高めるには、専門家だけでなく幅広い人々から評価されるような形で、質の高いインパクトのある研究を行わなければなりません。自分たちの科学研究にもっと自信を持ち、取り組んでいることを誇らなければなりません。また、インドには未開拓の研究課題が非常に多いという意味で、大きな可能性があると言えます。インド人研究者がインド固有の課題を取り上げ始めれば、これらを中心に大きな盛り上がりが生まれるでしょう。私たちに必要なのは、研究課題であれ、国内育ちの研究者であれ、国内の学術誌であれ、自分たちの持つ資源に自信と誇りを持つことです。


これまでの経験の中で、インド人研究者が直面しているインドならではの困難にはどのようなものがあるとお考えですか?また、サポートやガイダンスがとくに必要とされているのは、どの分野ですか?

多くの若手研究者と交流してきた中で、インド人研究者が直面している困難は主に3つあると感じています。1つ目は研究費に関するもの、2つ目は分野内のグループ間のコミュニケーションや情報交換の不足、3つ目は高度に管理された良質なインフラ施設へのアクセスの不足です。官僚制度も、インド人研究者が直面している困難と言えるでしょう。多くの若手研究者には、適切な指導者も、同僚からのサポートや刺激も不足しています。そのような環境で未開拓の学術領域を突き進むのは、困難です。


指導者から直接アドバイスを受けられるようなしっかりとした指導プログラムがあれば、若手研究者は、より効率良くスムーズに前進するための知識や方法を学べるはずです。たとえば、研究室を起ち上げる場合、何から着手すべきか、まずはどの問題に対処すべきか、そして優先順位の付け方、学生との向き合い方、研究予算の管理方法、さらにはどこで論文を出版すべきかなど、分からないことだらけです。良き指導者がそばにいれば、このような問いへの回答が見つかるでしょう。YIMsの主な目的の1つは、若手研究者にこのようなメンタリングを提供することです。


エディテージ・インサイトの読者の多くは、将来のキャリアに不安を持つ若手研究者です。彼らに向けたアドバイスをお願いします。

まず言いたいのは、「他人の夢や野望に影響されるのではなく、自分の心に従ってほしい」ということです。そのためには、自分の能力・価値・興味などをよく理解しておく必要があります。これを土台として、キャリアオプションを探りましょう。そこから、自分に適したキャリアオプションが見つかるはずです。また、興味のある職業についている人たちと話してみて、それぞれの職業の機微や意味合いについて理解を深めましょう。こうすることで、十分な情報を得た上でキャリアを選択できるようになり、自分の充足感や幸福感を保つのに役立つはずです。早い段階から、自分なりの専門家ネットワークを構築しておくことも大事です。ここで1つ言っておきたいのは、「博士号取得後のキャリアパスは、学術界だけではない」ということです。博士号取得者がハッピーなキャリアを歩んで活躍するための道筋は、いくつもあります。ですから、時間をかけて自分の望みをよく理解し、その心に従ってください。キャリアの選択は、じっくり考えて行うべきです。なぜなら、その選択によって自分が幸福になれるかどうかが、結局のところ何よりも大切なことだからです。


博士は、博士号取得後に産業界でキャリアをスタートさせ、科学マネジメントの道に進みました。方向を変えようと思ったきっかけは何ですか?

私は生物学に関心があったので、その分野の知識や理解を深めたいと考えて博士課程に進みました。しかし、博士課程が終わりに近づくにつれ、科学界に居続けることはできないと思うようになりました。研究は人生をかけてやりたいことではない、ということに気付いたのです。そもそも私にとって重要なのは、自分がやっていることにどれだけ満足できるか、そしてその結果、どれだけの幸福が得られるかという点でした。ですから、当時は(今もそうですが)博士課程取得後はポスドクになるのが一般的で、同期生の多くもその道を進みましたが、私は違う道を選びました。ほかにやりたいことが定まっていたわけではありませんでしたが、これ以上研究を続けたくないということだけは、はっきりしていました。だから私は、自分の本当にやりたいことを探し始めました。産業界で3年間働いて、企業文化から多くのことを学びました。しかし、ここも自分の居場所ではないと感じました。私にはクリエイティブな自由が必要でした。さらなる探求を続ける中で、Centre for Cellular and Molecular PlatformsC-CAMP)のビジネス開発マネージャーという役職を得ました。自分の真の関心や情熱は、この役割の中にあったのです。運営管理の業務、さまざまな人々と共に働くこと、毎日色々なことが起きる環境で働くことこそが、私の天職でした。C-CAMPでの時間は本当に楽しく、新鮮で充実した日々でした!そこでは、施設やプロセスのアレンジ、センターの掲げる目的のインド全土への普及など、多くの仕事に関与できました。C-CAMPでの5年間を経て、IBSの幹部職に就きました。IBSという枠組みに非常に感銘を受け、さまざまな形で生命科学コミュニティに貢献できるという確信がありました。この枠組みは、自分のスタイルで仕事をする自由だけでなく、コミュニティが必要とする新たな活動を生み出す機会を与えてくれています。


私は、情熱を持って仕事に取り組めているかどうかが、幸福感や満足感を得るための最大の要素だと信じています。自分がそのような仕事に出会えたことを、幸運に思っています。先ほども言いましたが、重要なのは、自分自身をよく知ること、自信を持つこと、自分や周りに誠実でいることです。それができていれば、いつか自分の天職に巡り合えるはずです。


ジェイン博士、素晴らしいアドバイスをありがとうございました!

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