科学出版における不正:論文を人質にとる行為

科学出版における不正:論文を人質にとる行為

「科学の道は往々にして苛烈であり、論文出版が成功を測る通貨となっている」
―「科学と出版の世界は必ずしも公正ではない

科学研究の競争の激しさは過熱の一途をたどっています。人より先んじて出版すること、出版点数を多くすること、研究費をうまく確保すること、強いコネを持つこと―これらは今日の研究者を煩わせている悩みの種であり、時には科学よりも優先されることがあります。上を目指す競争が来る日も来る日も続く中、倫理や公正といった観念が犠牲になり、不正がはびこることも珍しくありません。学術界では階層構造が基本となっていることが多く、資金を得て地位を確立した研究者は尊敬を集めますが、若手研究者はほとんど認められません。このような状況では、上級科学者が権限を利用して若手研究者を格好の標的とし、不利な状況に陥れることも容易となります。学術界に一定期間身を置いたことがある科学者なら、権力を掌握している地位ある人物が若手研究者に対して不正を行うという話を耳にしたことや、実際に自分が経験したことがあるはずです。

論文を1本1本発表することが成功の階段を1歩ずつのぼることにつながる世界では、未発表の論文を利用して個人的な恨みや仕事上のねたみを晴らそうとする人や、意地の張り合いから仕返しをしようと考える人も出てきます。道徳心のない科学者たちは、そうした方法で同僚に圧力をかけ、取引を通じて自分の望みをかなえようとします。私自身も、著者たちと交流する中で、関係者に論文を「人質」にとられたり、出版が妨げられたりしたという事例をいくつも見聞きしました。ソーシャルメディアやインターネット上の研究者フォーラム、COPEのケーススタディでも、このような事例に対する懸念が定期的に話題に上ります。典型的な例としては、研究のインパクトや重要度を下げるために出版をわざと遅らせる、著者資格を不当に要求する、指導教官としての影響力を振りかざす、意見の食い違う共著者が主張を押し通そうとする、等があります。本記事では、論文が不当にも人質にされ、科学の進歩が妨げられている状況についてお伝えします。


論文投稿を妨害する指導教官

悲しいことに、論文投稿を遅らせる事例に指導教官が関わっているケースは非常に多くなっています。研究のほとんどを学生が行なったにもかかわらず、自分を著者として含めるよう指導教官が不合理な要求をするという事例が多く見られます。時には、指導教官が自分の名前を第一著者や責任著者として含めるよう要求することもあります。ほとんどの学生は、指導教官に逆らうことができません。自分の将来は指導教官の手中にあるからです。分野によっては、著者名の順序が著者の功績を表すこともありますが、そのような分野では、本来は主著者であるはずの学生の名前が“et al”の中に追いやられてしまいます。また、指導教官が学生の論文を何度も修正させ、追加実験を命じ、原稿チェックに何ヶ月もかけて論文出版を遅らせている例も多くあります。ある学生は、2~3年間にわたって指導教官からそのような仕打ちを受けるという不運に見舞われました。この指導教官は、学生グループ全員に対して同じような嫌がらせを行なっていたようです。このため、学生が論文を発表する頃には(発表に漕ぎつけたとして)、研究結果は妥当性を失うか、他の誰かがすでに似たような結果を発表しているという結末になってしまいました。


共著者の反撃

学際的な論文が増えるにつれ、共同研究は現在の科学出版における常識となりました。しかし、共同研究や共著者資格(co-authorship)は、一歩間違えれば多くを失う過ちとなってしまいます。共著者は、他の共著者と意見の相違がある場合、最終合意を拒否して論文投稿を遅らせたり、阻止させたりすることができます。これは、共著者が個人的あるいは仕事上のライバルである場合に起こります。このような場合、共著者に連絡をしても返信がもらえないこともあります。自分の中の優先順位が変化して論文出版はどうでもよいと思うようになり、自分が協力しないことで他の著者にどのような影響が出るかを考えないようになってしまうようです。他の著者にとって出版の優先順位が高いままであっても、共著者の1人と連絡が取れなければ、論文を投稿することはできません


査読者が論文を人質に

査読者もまた、データや実験の追加が必要だとして、論文の修正を繰り返し要求する査読報告書を出し、出版を遅らせるだけでなく、阻止することさえできます。ほとんどの投稿論文では2、3回の修正が必要になりますが、1本の論文に対して6、7回も修正が求められることも珍しくありません。デレック・シアーズ(Derek Sears)氏が論説「編集者は必要か?(“Do we need editors?”)」で指摘しているように、このような行為は出版を遅らせるだけでなく、論文の質にも影響を及ぼします。「たった1本の論文に6、7回もの査読を行い、査読者が検閲官のようになって、単なる気まぐれのような修正を要求しているという例を聞いた。これでは論文がくたびれてきて、新発見の輝きが失われてしまう。貴重な時間とエネルギーの大いなる無駄であろう」。ほとんどの場合、何度も要求される修正は、最終的な論文の質を改良するためです。しかし、査読者も著者と同じ分野の人間であるため、ライバル意識や嫉妬心から、査読を故意に遅延してしまうことがあるのです。このような問題の統計を取るのは困難ですが、学術界に一定期間とどまったことのある人なら、偏見のある査読者による悪質な査読報告書や、報告書の遅れ、あるいは(悪意ある)リジェクトについて耳にしたことがあるはずです。

他の分野と同様、学術出版界にも堕落した人は一定数存在するものです。この問題を取り上げることによって、論文出版の阻害という状況への注意喚起を行い、若い著者たちが可能な限りの予防手段を講じる手助けができればと思います。プロジェクト開始時点で共著者や共同研究者から合意書に署名をもらっておく、arXivに論文のプレプリントを掲載する、といった予防手段は、へそを曲げた共著者や偏見を持つ査読者に対処する上で、ある程度効果があるでしょう。しかし、日々犠牲を強いられているにもかかわらず、キャリアを危機にさらすことを恐れて事態を改善できずにいる若手研究者が公正に扱われるためには、よりしっかりとした仕組みが必要なことは間違いありません。


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