臨床試験を無意味にする「結果のすり替え」とは

臨床試験を無意味にする「結果のすり替え」とは

臨床試験(治験)は、新しい薬や治療法や機器を開発し、それらを普及させる前に安全性と効果をテストするための重要な研究手段だと考えられています。研究者には、治験登録を行い規定の期日内に結果を報告することが義務づけられています。ところが、これらの規定を遵守しながらも、「(治験)結果のすり替え」(‘outcome switching’)と表現される行為が横行しています。治験報告書に事前登録の一部の結果が記載されていなかったり、理由の説明なしに新たな結果が加えられた形で発表されたりした場合、治験の「結果のすり替え」が行われたとみなされます。結果のすり替えは、研究の透明性を損ない、治験報告の規定を逸脱し、医学研究の整合性を脅かすものです。治験の不正確な報告が医療に与える影響には計り知れないものがあるので、この現象にはおおいに注目する必要があるでしょう。


結果のすり替えのきわめて忌まわしい事例に、研究329があります。これは、北米のグラクソ・スミスクライン(GlaxoSmithKline)社が実施した、思春期の子供を対象とした抗うつ剤パロキセチン(paroxetine)の効果を確認する研究でした。治験結果はポジティブと報告され、多くの臨床医がこの薬を使用しました。米国では、2002年にパロキセチンが子供に処方された回数が200万回にのぼりました。しかし、この薬の有効性に疑念を抱いた研究者が治験データを詳しく調べたところ、結果のすり替えが行われた証拠がみつかりました。治験では事前登録で2つの主要結果と6つの副次結果が登録されていましたが、事前登録されていなかった19の結果が追加されていたのです。これらの結果のうちポジティブだったものは4件のみで、治験報告書にはそれらがあたかも主要結果であるかのように書かれており、その他のネガティブな結果は軽んじられていました。薬のうつ病治療効果はなく、実際には自殺のリスクが増加していました。これを受け、臨床医はパロキセチンの処方を禁じられました。この薬は限定された地域でのみ処方されたものでしたが、インフルエンザやエボラ出血熱などの大流行など、公衆衛生の危機に際した治験で結果のすり替えが行なわれていたら、国際的に甚大な影響がもたらされる可能性があったでしょう。


医療関係者や一般の人々は、治験結果に基づいて治療方法を決めることもあるので、すべての治験が規定に準じて行われるようにするためのガイドラインが作られました。例えば、無作為対照化比較試験(RCT)にはCONSORT、観察研究にはSTROBE、診断検査にはSTARDが定められています。通常、研究者は該当するガイドラインに従っており、ジャーナルはこのようなガイドラインに準拠している研究の論文を受理していると思われています。しかし、本当にそうなのでしょうか。2015年5月にPLOS ONEに掲載されたある論文で、主要医学ジャーナルに掲載された報告と登録された治験に、結果のすり替えや部分的な報告がどの程度含まれていたかの調査が行なわれました。それによると、6ヶ月間に出版されたRCT137本のうち、主要結果に食い違いが見られたものは18%、主要結果が変更されているものは15%、あらかじめ登録されていたものと異なる副次的結果があったり新たな副次的結果が付け加えられていたものは64%でした。インパクトファクターの高いジャーナルでもおざなりな治験報告が普通に行われている状況に、懸念が持たれます。


治験ガイドライン違反リスクがあることから、結果のすり替えを発見し、報告を修正するための努力がなされています。Centre for Evidence-Based Medicine(エビデンス医療センター)の上級臨床研究員であり、AllTrialsキャンペーンの創始者であるベン・ゴールドエーカー(Ben Goldacre)氏は、COMPare Projectという新しい取り組みを始めました。この取り組みでは、発表された治験登録と報告された結果の間に食い違いがないかを調べ、食い違いがあった場合はジャーナルにそのことを指摘します。これまでに調べられたのは、インパクトファクターの高いジャーナル(New England Journal of Medicine (NEJM)JAMA The LancetThe BMJAnnals of Internal Medicine)に掲載された67件の治験です。この67件の治験報告書では、あらかじめ特定されていた結果のうち、計301例が報告されていませんでした。また、事前に特定されていなかった357例の結果が、新たなデータによる裏づけのないまま加えられていました。ゴールドエーカー氏らがジャーナル編集者らにこれらの論文について注意を促したところ、ジャーナル側の反応は様々でした。すぐに訂正通知を出したところもあれば、面倒そうな態度を示すところもあり、なかには注意を受け入れないところもありました。ゴールドエーカー氏によれば、治験報告の基準改善に努めるジャーナルは多いものの、方針が厳密に遵守されているケースはほとんどありません。同氏は、「いささか奇妙ともいえる文化的盲点になっているようで、結果のすり替え現象を取り締まることは難しいようだ」と述べています。


結果のすり替えは憂慮すべき問題であり、早急に対処する必要があります。著者、ジャーナル編集者、治験への出資企業は、治験報告書に関する規定の遵守を肝に銘じなければなりません。著者は、発表する結果の科学的、倫理的、道徳的意義を考え、透明性を維持し、治験データ報告では正確さを期すようにしなければなりません。ジャーナルは、食い違いが見つかったら訂正や撤回の通知を出し、ガイドラインが遵守されるよう積極的に対処する必要があります。最後に、治験を実施する出資企業は、治験登録から結果の発表に至るまで、透明性と科学的正確さを監督する責任があります。正確な治験結果を報告することは、医学研究の発展のみならず、科学が直面する再現性の危機に対処するためにも重要なのです。

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