「再現不可能性」という科学の急所

「再現不可能性」という科学の急所

研究の再現性は、はかない夢なのでしょうか? 突然のひらめきの瞬間は、科学界全体にではなく、孤独な研究者たちに訪れることが多くなってきているようです。科学的発見の多くが再現不可能であるという「科学の急所」が明らかになりつつあり、この問題への優先的な取り組みが必要とされています。

最近発表された報告書によると、再現不可能な生物学研究のために、米国では年間280億ドルもの費用が無駄に費やされています。研究開発費は世界中で着実に増え続けているにもかかわらず、非再現性のために、研究開発への投資が、資金提供者・研究機関・研究者の間で争いの種となっています。ほとんどの研究分野、特に宇宙論、心理学、医学、遺伝子学では、新たな道を開拓できるような研究結果がありますが、それを他の研究チームが再現しようとするとその輝きが失われてしまうという事態に直面しています。「かつて喜びに興奮した同僚が今では落胆して首を振り、『また暗黒物質の候補が出たぞ』とジョークを飛ばしている」と語るのは、ストックホルム大学(スウェーデン)のオスカー・クライン宇宙素粒子物理学センター(Oskar Klein Center for Cosmoparticle Physics)の宇宙素粒子物理学教授、ヤン・コンラッド(Jan Conrad)氏です。

再現不可能な研究結果は、経済的な問題をもたらすだけでなく、科学の理解にも悪影響を及ぼします。STAP細胞研究のように、不正な研究結果の論文は撤回されますが、再現できない結果の誤ったデータが継続して引用されるケースも多いことが問題となっています。科学の発展は、揺るぎない研究結果と理論に基づいています。再現不可能な研究が1つあり、いくつかの仮説がそれを下地にしているとすれば、関連する事柄についての理解がドミノ倒しのように崩れていくことになります。

また、研究は医療政策の基盤となっているため、再現不可能な結果は公衆衛生や一般の人々の科学に対する信頼を危機にさらすことになります。最近の例では、90年代後半にケニアで行われて広く知られた影響力のある研究で、子どもの寄生虫を駆除したら学校の成績や健康全般が改善したというものがありました。この研究は2004年に発表され、多くの発展途上国で大規模な寄生虫駆除の取り組みが行われるきっかけとなりました。しかし、10年後に英国の疫学者グループがその結果を再現しようとすると、研究には多くの欠陥があったことが分かりました。こうして、再現性のない研究は、科学に対する世間の信頼を損なってしまうことになるのです。

再現不可能な研究が生まれる原因には、無数の要因があります。しかし、この問題の中心には、出版へのプレッシャーがあります。画期的な研究であれば、確実にインパクトファクターの高いジャーナルから出版され、研究資金を獲得するチャンスも増えます。このことは、研究者たちが自分たちの研究の正確さを確認しないまま、結果を大々的に宣伝するという事態を招きます。「なぜ発表された研究結果の多くに誤りがあるのか」(“Why Most Published Research Findings Are False”)と題した論文を執筆したスタンフォード大学医学校衛生研究・政策教授のジョン・イオアニディス(John Ioannidis)氏は、『データ浚渫(しゅんせつ)』の罠に陥る研究者がほとんどだと述べています。当初の仮説が崩れると、研究者はデータに目を通し、意義深いと思われる『意味のあるまとまり』あるいは『データの中で突出しているもの』を探し、その研究結果を統計的に不正確な事実に基づいてまとめます。統計上の誤りについて知る由もない他の研究者は、研究結果を再現することができません。

おおいに注目を集めた研究結果であっても再現ができないのは、プレスリリースや査読前のリプリントのアップロードなどを通して研究結果が公表される傾向にもその一因があると言えます。コンラッド氏は次のようにコメントしています。「arXivに掲載された不正確な論文は、無関係な結果というノイズを増やすだけだ。助成金の決定はゆがめられ、理論家たちは説明をひねり出そうとして多くの時間を無駄にし、一般の人々はニュース報道で間違いを信じさせられてしまう」。競争に勝って地位を保つために多くの研究者が自分たちの研究結果を時期尚早の段階で発表してしまい、その結果、研究の欠陥が明らかになるのです。

この問題に対処する方法はあるでしょうか? 科学研究に携わるすべての利害関係者が協力すれば、非再現性を抑制することは可能でしょう。研究者は、誤った結果を導き出す研究を行うと、例えばビッグデータの利用に関する抗議などの思いがけない落とし穴が待っているかもしれないということを認識する必要があります。1つの案として、博士課程の学生に、自分の専門分野の研究を少なくとも1つは再現することを必修科目として義務付け、研究における透明性と再現性の重要性に対する意識を高めたらどうかと考える研究者もいます。

科学の正確さを保つもう1つの方法として、研究者が参照するプロトコルやガイドラインを分野ごとに設けるというものがあります。例えばコンラッド氏は物理学者に対して、発見を再確認するために「5シグマ・ルール」のようなものを適用することを提案しています。論文をオンラインで掲載することも一般的になってきていますが、研究の質を確保するためには規制が必要です。意義深いと思われる発見には名の知られた査読者をつけるようにすれば、厳格な査読が行われ、確証のない発見の早まった宣伝を減らすことができるでしょう。

ジャーナルと出版社もまた、協力して非再現性の問題に取り組む努力を続けています。ほとんどのジャーナルでは、論文と一緒にデータを投稿することを著者に求め、再現と再分析を奨励しています。ネイチャーやサイエンスなどの超一流ジャーナルやその他の大手出版社は、共通のガイドラインに合意し、研究の透明性と再現性を奨励しています。非再現性と更に戦うため、Science ExchangeはReproducibility Initiativeを開始し、最も影響力の高いガン研究50例を再現して独自に妥当性を検証しようとしています。

科学界では、非再現性という問題に対処するための取り組みが急増しています。しかしながら、再現できる結果が必ずしも正確な科学であるとは限らないことから、注意を喚起する専門家もいます。ジョンズ・ホプキンス・ブルームバーグ公衆衛生大学院(the Johns Hopkins Bloomberg School of Public Health)の生物統計学准教授、ロジャー・ペン(Roger Peng)氏も、「研究が再現できても間違いである可能性もあることを忘れてはいけない。『間違い』とは、結論もしくは主張が間違っているということである」と述べています。彼によれば、「再現性は、研究者が研究を保証できる唯一の事柄であるという意味で重要である」とのことです。

再現性は科学の要ですが、複雑な要素であることは間違いありません。ある研究結果が再現可能であるかどうかに関わらず、その結果は、意図しない形で科学への理解を押し進めていきます。そのため科学は、研究に透明性をもたらすことを目指しつつ、再現性を追い求めなければならないのです。

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