【国際女性デー特集:金野美奈子先生インタビュー】 男女関係なく、研究という場をより良いものへ

【国際女性デー特集:金野美奈子先生インタビュー】 男女関係なく、研究という場をより良いものへ

本日3月8日は国際女性デー。この国際女性デーの企画として、今回、東京女子大学で社会学のご専門である金野先生にお話をお伺いいたしました。金野先生のご専門から、女性研究者を取り巻く環境まで、さまざまなお話をしていただきました。

 

金野先生のご研究について、またその領域の研究を始められたきっかけを教えてください。

もともと学部から社会学を勉強していました。社会学を学びたいという学生はそうだと思うのですが、色々なことができそうな学問だと思って。私自身は社交的なほうではないのですが、人が集まって色々なことが起こるというのは、なんだか面白いなと思ったのがきっかけです。社会とジェンダーという領域の研究をしていますが、それに関心を持ったのは、やはり一度社会にでたことが大きいかもしれません。短い期間だったのですが、政府系の金融で働いていました。



金野先生が社会でお勤めになった時期は、総合職につく女性が少なかったと思うのですが、そういったご経験を通じて、社会学によりご興味をもたれたのかなという印象があります。

そうですね、性別というのは社会のなかで本当にいろんな意味を持っているんだなと感じましたよね。それは必ずしも差別があるというのとは違うのですが。差別というよりは、違いがあるということが面白いと思いました。


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1996年に先生がお書きになった論文の中で、一般的に日本の大手企業などでは女性は管理的な、総合職についている人が少ないということについて論じられておられたかと思います。それから約20年近くたっておりますが、現在、日本の企業における女性のポジションは変化したと思いますか?

それは大きく変わったと思いますよ。何をもって女性のポジションが変わったと考えるかには難しい問題もありますが、少なくとも色々な期待ですとか、職場での位置づけというのはかなり変わってきたのではないでしょうか。女性といってもいろんな人がいて、ひとくくりにできないので難しい問いですが。統計でみると女性の管理職はまだまだ少ないですが、なぜ少ないかというのも色々な背景があり、必ずしも女性差別ということだけではないと思っています。

 

日本の学術業界の中ではどうでしょうか?

これは研究の分野によっても大きく違うのではないかと思います。理系か文系か、どの分野かでも違いますし、学術業界といっても一概に言えませんが、やはり変わってきているのではないでしょうか。私自身の経験で言えば、学部生時代の専攻には、専任の女性の先生は1人もいませんでしたが、今は違います。現在、勤務している東京女子大学では社会学の教員の半分は女性です。


日本では必ずしも大学院卒の学歴が社会的に評価されていません。とくに文系は。博士の学位を持っていたからといって、だからなんなんだという。ある意味、世を捨てる覚悟がないと、博士課程までいくというのはなかなか大変です。そういった点でいうと、現状では女性のほうにアドバンテージがあると言える面もあると思います。女性は男性ほど稼ぎを求められていない分、自分の人生いろいろチャレンジしてみようとか、不確実な未来でもやってみようと思いやすいところはあるかもしれません。もちろん、こういった社会的前提が妥当かは別問題ですが。

 

金野先生はアメリカで留学されていた経験がございますが、アメリカと日本の女性研究者を取り巻く環境に違いはありましたか?

まずは女性の先生が多かったですね。ただ、やはりテニュア、終身雇用資格をとるという意味では、女性はなかなか不利だという話を耳にすることは度々ありました。

 

研究の世界では、男性の研究者と比べて、女性の研究者が教授などの上のポジションに昇進するという点で難しい面というのはあるのでしょうか? もしくは、本人の能力や実力がしっかりと評価されるのでしょうか?

私の限られた経験では、採用される側のときも採用する側のときも、女性だから不利だと感じたことは一切ありません。ただ、これも分野や組織によって事情はいろいろだと思いますし、人によっても感じ方が違うと思います。

日本の組織は、今でもどちらかと言えば、個人の能力や業績をぎっちり評価するというよりも、ある程度、大過なくやっていけば昇進するという部分もなくなっていないのではないかと思います。分野にもよりますが、論文数やグラントの額とか、目に見える結果を短期間で求められるというところは、たとえばアメリカの大学などと比べて、日本はやはりまだ弱い。もし男性よりも女性研究者のほうが、様々な要因から平均的にみれば業績を出しにくい状況だとしても、そのことの意味は、日本の組織のほうがアメリカよりも小さいのではないかという気がしています。同じ組織で同じ身分で働いている以上、そんなに露骨な差別はそもそもしにくいという文化や、業績による明らかな線引きみたいなものもしにくいという文化は、日本の学術機関にも多かれ少なかれあるのではないでしょうか。

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アメリカだとものすごく実力主義なので、逆にある程度女性が働く時間を制限されることによって業績が出しにくいという面があると思うのですが、その反面、日本はそのあたりはまだ厳しくないので、もしかしたら女性にとっては生きやすい可能性があるということでしょうか?

はい。繰り返しですが、もちろん分野によっても違うので、一概には言えないですが。業績主義にも良さはありますが、それはまた別の議論ですね。

 

今日、日本の学術業界において、女性研究者が直面している大きな問題をあげるとした場合に、どのような問題をあげられますか?  

まず、もし学術業界に女性にとっての「問題」があるとしても、一般社会に比べれば少ないのではないかと思っています。その上で、一般社会と共通の「問題」を挙げるとすれば、私がとくに興味深いと思っているのは、1つはやはりライフスタイルとの関係でしょうか。私自身は、夫とお互いの勤務先が離れているので、普段は一人暮らしです。家族のことをいろいろしないといけないわけではないので、ある程度、自分の時間を自由に仕事に使えます。こういうライフスタイルの人間にとっては問題は少ないと思うのですが、人生をより幅広く生きたいと思っている人にとっては、様々な事柄が「問題」になりうるのは、学術の世界も一般社会も変わらないと思います。

また、私の専門ではありませんが、コミュニケーションの様式、パターンという点で、平均すれば男性と女性に違いがあることを示す研究はたくさんあります。女性の中には、男性社会の中でやっていくのであれば、本来の自分を捨てて、そこに無理に合わせていかないといけないと感じる人もいるかもしれませんね。男性の多い職場で微妙な男性カルチャーが生まれてしまうと、そこになかなか入りにくいとか、発言しにくいと感じる女性も出てくると思います。それは一つの「問題」かもしれません。男性的なカルチャーや考え方がその職場にとってつねにベストなのかと言われれば、必ずしもそうではないかもしれませんし。



社会のしくみがもっとこういうふうに変わったらいいのにといった点などはございますか?

女性に対する支援というのは難しいコンセプトですね。なぜ女性だから特に支援されなければいけないのかって考えると、それをバックアップするロジックを見つけるのはなかなか難しいと思います。女性の研究者が少ないこと、イコール、女性が不利益をこうむっているということ、ではありません。

ただし、女性の研究者が少ないということが、その職場が何か別の問題を抱えていることを示すサインだという可能性はあります。研究という場自体が、現在の変化の中で様々な問題を抱えています。多くの人が納得できるような研究サポートの仕方や、教育方針や理念など、みんなで何をどう共有していくかということにエネルギーを使うことによって、男女関係なく研究の場で力を発揮することにつながるんじゃないかなと思います。
 


近年、日本の女性の研究者の数は増加しつつありますが、他国の女性研究者数と比べると、低いというデータがでております。これについてはどう見られていますか?

色々な要因があるとは思いますが、1つは研究者に限らず、管理職でも女性は少ないですよね。日本社会として、共通の要因があると考えることも意味があると思います。

私が重要かなと思っていることの1つは、やはり日本人がどんな仕事でも一生懸命働いていることです。仕事のスタンダードが非常に高く、まじめに仕事を追求するというカルチャーがあると思います。何かするとなったら一生懸命やる傾向にあるので、例えば子育てにしても、そこだけに力を傾けて、専念しようとするといった面がありますよね。そういった専念する文化の中で、専念しづらかったり、専念したくなかったり、専念なんてつまらない!と思っている人たちは、能力や関心はあったとしても、そこまではできない、したくないと思うことも多いのではないでしょうか。私たち研究者ももちろん、自分の限られた能力で少しでもいいものを生みたいという気持ちを持っていますから、自分の時間とエネルギーをできるだけ使って研究を進めたいと、多くの人が考えていると思います。だとすれば、そんな生き方はどうなの?って思う人たちはやはり敬遠しますよね。

もう1つ、仕事における男女の割合は、その仕事が社会の中で得ているステイタスに関係しているといっている研究者がいます。その社会で、研究という仕事がとてもステイタスが高いと思われていると、ステイタスを求める人が集まる。逆に、研究という仕事のステイタスが低いと思われている社会では、反対のことが起きます。一般に男性のほうがステイタスを求め、女性はステイタスよりも、自分がどれくらいハッピーであるかということや、周りの人と自分の生活がどれくらい調和するかということを重視すると言われています。

だとすれば、研究職という仕事が高い社会的ステイタスと結びついている社会では、女性研究者の割合が低くなると予測できます。実際、統計を見ると、これはある程度当てはまっているようにも見えます。例えば、東欧やロシアなどを見ると、非常に女性の研究者が多いです。これらの国々では、研究者のステイタスが必ずしも高くないと言われています。

 

近年では社会や国が、女性をサポートしようという動きが見られます。ヨーロッパなどでは女性と男性の研究者の割合が半分ほどの国もあると思いますが、男女比が半々になるのがゴールになるのでしょうか?

私はそうではないと考えています。女性の研究者を増やすとか、割合をフィフティーフィフティーに増やすとか、そこをゴールにすることに、私たちが納得できる理由はなかなか見つけにくいのではないでしょうか。ただ、先ほども言いましたが、女性の割合が少ないのはその職場のなんらかの別の問題を指し示している可能性はあります。問題の可能性というか、多くの人にとって職場がもっと良いものになれるかもしれないという態度で、職場のあり方を見直すきっかけになりうるという意味では、ジェンダーバランスという観点にも意味があると思っています。


金野先生は現在女子大にお勤めになられていますが、共学との違いなどはありますか?

5年前に共学の大学から転任したのですが、いい環境だなと思いました。学生はみんな、人目を気にせず、わが道をいくという感じで。赴任したとき、とてもイキイキした感じが印象に残りました。色々な個性のある人が、それを隠さずにいられるというか。共学で教えていたときは、みんな優秀なのですが、女の子の遠慮のようなものが意識されるときがあって、男女間の微妙なパワーバランスを感じるときがありました。この大学に来て、女子大教育でメリットを受ける女性はたくさんいるのだとわかりました。

最後に、あまり自分を枠にはめすぎず、苦しめないで、仕事であれ、子育てであれ、自分の力が1番発揮できる生き方をしたらいいんじゃないかなと、そういうふうに思っています。女性も男性も。


 

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金野美奈子先生のプロフィール:
現在、東京女子大学国際社会学科の教授。研究領域は社会学で、主に仕事とジェンダーの社会学が専門。1990年 東京大学卒業。1995年 米国ペンジルバニア大学に留学、1998年東京大学で社会学の修士号を取得。2003年には東京大学にて社会学の博士号を取得。

 

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