学術の会議の飲み物は何があればいいのか? 〜研究者の思考さくご (7)

学術の会議の飲み物は何があればいいのか? 〜研究者の思考さくご (7)

情報学、アルゴリズム理論やデータマイニングの研究をしている国立情報学研究所の宇野毅明(うの・たけあき)先生による連載「研究者の思考さくご」も今回で7回目。これまで6回にわたり、今まではなかった視点からいろいろな物事を考察していただきましたが、今回はちょっと軽めに「会議の飲み物」について。皆さんは学会や研究会で用意されている飲み物は、何を飲みますか? 参加者の選ぶ飲み物の傾向から、会議の飲み物問題についてちょっと面白い観察をご紹介いたします。

宇野 毅明
国立情報学研究所(NII) 情報学プリンシプル研究系 教授

アルゴリズム理論、特に列挙・データマイニング・最適化の研究が専門。コンピュータ科学の実社会における最適化に関心を持ち、自治体、企業、多分野の研究者との様々なコラボレーションを行っている。東京・神田にあるサテライト研究ラボ、「神田ラボ」を主催。情報学だけでなく文学、哲学、歴史学など人文社会学系を含めた国内外の研究者が集まり、日々、技術と社会の狭間で起きる現象について議論を重ねている。議論における俯瞰力と問題設定力を鍛える道場、「未来研究トーク」共同主催者。

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筆者は昔から学会や研究会などに参加していますが、コーヒーまたはお茶と簡単なお菓子が少しだけ用意されていることがちょくちょくありました。その多くは参加費がかかるタイプの学会、研究会です。自分が学生の頃からですから、かれこれ20年以上前からあった文化かと思います。もっとも、筆者の出てきたのは情報系、特に理論系のほうですので、他の研究会の文化は違うかもしれません。

会議室の後や、休憩室の機能を持つ部屋に、インスタントコーヒーと、砂糖と粉クリーム、それにお茶のティーバッグと紙コップとポットがある、というのが典型的な形です。マドラーはないことが多く、お湯を注ぐ勢いで混ぜるのが主流でした。それが平成後期に入ると、ポットではなく、缶コーヒーやペットボトルのお茶に変わってきたように思います。いずれにせよ、いつでも人気はコーヒーで、お茶など他の飲料は人気がなく、もともと少ししか用意されていないのに余ってしまい、一方でコーヒーはなくなってしまった、なんてこともたびたびありました。「研究者はコーヒーを燃料にして論文を書く」というフレーズもあったくらいです(これはコーヒーでなく、チョコレートやワイン、アルコールだったりもしますね)。

学術の会議の飲み物は何があればいいのか? 〜研究者の思考さくご (7)

ところが、5~10年くらい前から、この状況が変わってきているように思います。コーヒーの人気が落ちているのです。いや、飲料全般かもしれません。参加者の皆さんが、飲み物を自分で買って持ってくるようになってきました。これはテイクアウトが普通にできるコーヒーショップや、コンビニなどのテイクアウトのコーヒーの人気が高まってきたのと時を同じくしているように思います。お茶を飲む人も自分で買ってくるようになってきました。

それをふまえて自分が研究集会を運営する側に回ると、この“会議の飲み物問題”は、けっこう頭を悩ませるところです。参加者がどれくらい会場の飲み物を飲むか、算定しにくいのです。缶コーヒーを人数分買うとたくさん余りそうですし、コーヒーが好きではない人のために他の飲料も、となると、何をどれくらい用意すればいいのかさっぱりわからないのです。少し多めにいろいろ買っておいて、余りが少なければよし、という感じで考えればいいでしょうか。

学術の会議の飲み物は何があればいいのか? 〜研究者の思考さくご (7)

そんなふうに頭を悩ませる日々が続いていたのですが、最近、素晴らしい解決方法が発見されました。ある研究集会で「内臓脂肪が減る」とか「脂肪の燃焼を助ける」のような文句がうたわれているお茶類を用意したところ、これが爆発的な人気だったのです。この類いのお茶を、仮に「脂肪燃焼系」と呼びましょう。「これはいい」と次の会では数を3倍くらいにしたところ、コーヒーは余っているのに脂肪燃焼系はなくなってしまいました。私たちのコミュニティでの話ではありますが、コーヒーの5倍くらいは飲まれているように思います。しかも、一人2本以上飲んでいて、一人あたりの消費量も増えているように思います。大変印象深い事例なので、研究会の幹事さんのご参考になれば幸いです。

さて。この現象に名前を付けるとしたら、「会議飲料における嗜好から機能への変化」でしょうか。会議中の飲み物に対して、「飲み物はコーヒーがいい」といった単一の嗜好から、「よりおいしいコーヒーが飲みたい」、「飲まなくてもいい」、「他の飲み物が飲みたい」と嗜好の多様化が進み、ある種決まったパターンの飲み物の提供に対する価値が低くなったところに、「飲み物の機能」という新しい価値観が生まれ、それが大きく受入れられたというところでしょうか。

興味深いのは、このような健康志向のブームが「表面上確認できない」というところです。普段、みなさん、こういうお茶を飲んでいるわけでもなく、会話で取り上げられているわけでもありません。こういう状況であれば「今回の飲み物は面白いね」というコメントが来るくらいが自然だと思われます。ところが、なんのプロモーションもないのに、多くの人が同時に健康志向の飲み物に興味を持ったというところが驚きで、大変興味深いのです。多くの人が「コーヒー好き」から「他のものが好き」、「他の飲み方が好き」になるのは、趣味の多様化で説明できます。しかし、特に普段から興味を持たれていないものをいきなりみんなが好きになるのは、ものすごく珍しいことでしょう。きっと何か裏にあるのではないかと思いたくなります。たとえば、実はすでに、なにか言語化されていない、あまり認知されていないブーム、ムーブメントがすでに起こっていて、研究会の参加者の多くがそのブームにすでに乗っているとか。たまたま、健康志向のお茶がそのブームにぴったり乗っていたとか。そんなことを考えたくなってしまいます。とはいえ、まだその仮説を深めていくには、他の類似した事例の観察が必要かと思っています。

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この記事を書いた人

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