イケてるコワーキングスペースに入りづらいワケ 〜研究者の思考さくご (5)

イケてるコワーキングスペースに入りづらいワケ 〜研究者の思考さくご (5)

情報学、アルゴリズム理論やデータマイニングの研究をしている国立情報学研究所の宇野毅明(うの・たけあき)先生による連載「研究者の思考さくご」。第5回は、最近街中に増えているコワーキングスペースについてです。皆さんはコワーキングスペースについて、なんとなく「入りにくい」と感じたことはありませんか? なぜそのように感じがちなのか、その理由と解決策について、宇野先生に詳しく分析していただきます。

宇野 毅明
国立情報学研究所(NII) 情報学プリンシプル研究系 教授

アルゴリズム理論、特に列挙・データマイニング・最適化の研究が専門。コンピュータ科学の実社会における最適化に関心を持ち、自治体、企業、多分野の研究者との様々なコラボレーションを行っている。東京・神田にあるサテライト研究ラボ、「神田ラボ」を主催。情報学だけでなく文学、哲学、歴史学など人文社会学系を含めた国内外の研究者が集まり、日々、技術と社会の狭間で起きる現象について議論を重ねている。議論における俯瞰力と問題設定力を鍛える道場、「未来研究トーク」共同主催者。

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最近、大都市を中心にですが、「コワーキングスペース」というものが増えているように思います。基本的に仕事をする場所で、ノートPCを持ち込んで自分の仕事をするのですが、ホワイトボードや会議用の机などもあり、打ち合わせなどもできるようになっています。おしゃれなデザインになっているものも多く、繊細あるいは大胆なデザインの家具や、不思議な形をした机、畳とコタツのスペースなどがあるものも。企業で組織内での偶発的なコミュニケーションが増えることを期待して作られることも多いようで、IT企業がカラフルなスペースを紹介しているのを見ることもあります。

このようなスペースを設ける狙いは、おそらくクリエイティビティや生産性、作業効率を上げることなのだと思います。ある程度偶発的に出会った人の間で、情報交換が行われ、議論が行われることで、そこにいる人たちの視野が広がり、人の仕事の質が向上する、そんな狙いなのではないでしょうか。そのために、魅力的な家具をそろえたり、多様なテーブル、デスクを用意して、いろいろな人が各自の好みを見つけられるようにし、人の動きの導線、息抜きのスペースやホワイトボードの配置を工夫して、人々がすれ違い、コンタクトを取ることが多くなるようにしているのだろうなと思います。

イケてるコワーキングスペースに入りづらいワケ 〜研究者の思考さくご (5)

そのおしゃれなコワーキングスペース、筆者も何回か使って仕事をしたこと、あるいは滞在したことがあるのですが、なんとなく居心地が悪いというか、圧を感じるというか、「端っこのほうでじっと自分の仕事をしていたい」という気持ちにさせられます。これは自分だけかと思って周りにも聞いてみたのですが、けっこう同意見の人がいたので、その中のある方と一緒に原因を考察してみました。

まず、「たくさんの人が自分のことをしている場所」を考えると、図書館や食堂、ノマドの人がいる喫茶店、まんが喫茶などが挙げられます。これらはそれほど居心地の悪さ、圧のようなものは感じないように思います。コワーキングスペースとの違いは、「話している人がいるかいないか」、それと「慣れないスタイルの場所であるか」くらいでしょうか。まんが喫茶ができはじめた頃、そのような圧を感じた覚えはないので、慣れないスタイルだからという理由はなさそうです。また、食堂などではたくさんの人が話をしているので、「話している人がいるかいないか」も理由ではなさそうです。あとは、「話しかけられそう」というところでしょうか。確かに食堂でご飯を食べているときに、いきなり誰かが話しかけてくる可能性があるなら、緊張しそうです。ですが、よく考えてみると「そもそもそういう偶発的な出会いと会話が必要だから」という理由でコワーキングスペースに来ている面もあると思うので、これも違いそうです。逆に図書館や喫茶店のほうが、(うるさく)しゃべったり、席を立ってうろうろしてはいけなかったりと制約があるので、圧がある面はあるかと思います。

どうもピンと来ないので、もう少し、自分がおしゃれなコワーキングスペースにいたときの気持ちを思い出してみることにします。うーんと考えてみると、自分が「何かあることをしなければいけない」というような圧のようなものがあったなあ、と思い当たります。他の人に聞いてみても、賛同する人がけっこういるので、ある程度本質をついているかと思います。この気持ち、感覚をもう少し詳しく言うと、そこには何か、自分は知らない決まりやルール、標準的な振る舞いがあって、本当はそういう振る舞いをしなければいけないのに、自分はそれを知らない、できてないかもしれないという感じでしょうか。言い換えると、自分の場所、自分のコミュニティではないので、自分がそこにいることが許されていないような感じだったり、おしゃれなスペースに合うような、意識が高くて活発で、何事にも前向きで、初めての人とでも上手にしゃべれる社交性を持っている人になっていないといけないような感じともいえます。

たぶん筆者にはですが、おしゃれなコワーキングスペースの設計・雰囲気が醸し出す、「こういうスペースにいそうな人」というキャラ付けが、ある種濃すぎる、際立ちすぎているのかもしれません。すごく明確に「こういうタイプの人が集まるところ」という感じがして、かつ「そういう人でなければ許されない」ように感じるんですね。これに関しては、筆者が、おしゃれな西海岸的な喫茶店よりも、昭和の純喫茶のほうが心が落ち着く人だからなのかもしれません。

と、具体的な話はここまでにして、少し考える時間に入りたいと思います。上記の考察をふまえると、「コワーキングスペースとして機能する場所を作ろう」と思ったら、大事なことは「話しかけたくなる」ではなく、「話しかけることが許されている」「話しかけられることが許されている」「話しかけられてたじたじしてしまっても、話しかけ方を失敗してなんか変な雰囲気になっても許される」、そういうことではないかと思います。「こうあるべき」というスタイルが決められているのではなく、「こうだといいよね、でも、こうならなくてもいいし、こうなろうとして失敗しちゃってもいいですよ」というほうが、実は人は「こうなってみようかな」と思えるのではないかと思うのです。

大学で言えば、そういうスペースは、ちょっとおんぼろな家具ときれいな家具がまざって入っている学生室とか、壁は古いけれど机だけやたら新しい談話スペースとか、ちょっと脇に学生の私物やおもちゃがおいてあるとか、そういうところかなと思います。きれいで心地いいのだけど、ちょっと乱れているのがいい。はじっこでだれかが疲れて一服、寝ていたりすると、そういう雰囲気が加速するかもしれません。そのままの自分でいい、人との交わりがあってもなくてもいい、そんな開放感によって自分が肯定される感じがするのではないでしょうか。

ただし、そういう場所を作れば必ずうまくいくというわけでもないと思います。人によって、その場所の雰囲気や、自分に合うかどうかは違いますので。とはいえ、コワーキングスペースのようなものを作るとき、おしゃれさを追求するのではなく、みんなが「自分が素のままでいいんだ」と感じられるようなものを目指すのは、大事なのではないでしょうか。もちろん、みんながみんな、同じようにそう感じる場所を作るのは難しいかもしれません。みんな違う人ですから。

そうなると、違う方向から解決案を考えるのはどうかなと思います。例えば、その場所のホストがとても気さくでいい人で、あなたに「ここでリラックスしていい気持ちで仕事してくださいね、よかったら周りの人とも話してみてくださいね」と言ってくれるような場所。筆者はときどき、知り合いの研究者や企業のオフィスでのびのび仕事をさせてもらっており、その感覚がとてもあります。だれのものでもない机には座りにくいですが、誰かのもので、その人と気心がしれていて、「自由にしていいよ」と言われたら、リラックスして過ごせます。「落ち着いた雰囲気のマスターがいる喫茶店」が近いのかなあと思います。

それを作るなら、わざと「やさしいホストがいる感」を出す仕掛けが必要になってきます。例えば、仮想的な「ホストの場所」というスペースがあって、そこは誰も使えないけれど、個性とか存在感のあるものが多少置いてあったり、あるいは売っている飲み物にこだわりがあったり。その場所から全体が見える、どこからでもその場所が見えれば、なんとなく、このスペースはこの「仮想的な人物」のものなのだろうなと思えそうです。この特別な場所が、「こういう雰囲気の場所にしたいな」、「話し合ったり、楽に仕事をしたりしてほしいな」、「初めての人も知り合いになって欲しいな」というメッセージを出していたら、なんとなくそれがみんなに共有され、場所の雰囲気はそっちに向かいそうに思います。

このようなアイディアは、まだまだ素人の思いつき程度のものかとは思いますが、こういう方向性自体は、ある程度の方々から共感を得られ、かつ世の中で聞いたこともないことから、ある程度新しいもの、そこそこ筋の通ったものなのではないでしょうか。ここにいろんなアイディアや仕掛けをどなたかが付け加えて、いい場所、楽しい場所を作っていただけたらうれしいと思います。

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この記事を書いた人

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