研究者の皆さんは「論文を読む」ことが多いと思いますが、どのように読んでいますか? ひと口に「論文を読む」といっても、その読み方は分野によって違いがあるようです。なぜそのような違いが出るのか、連載・研究者の思考さくご第23回では「分野によって論文の読み方が異なる理由」というテーマで、国立情報学研究所の宇野毅明(うの・たけあき)先生に情報学研究者ならでの視点で考察していただきました。
最近、AI分野では年に何万本と論文が出てきます。著名な国際会議では数千本の論文が採択され発表されますし、査読されていない論文を自由に投稿するサイトもあります。最新の結果はまずこのような場所に投稿されることが多く、研究の最前線をキャッチアップするにはむしろこういったサイトをチェックしておく必要があります。そうなると、日々十本以上の論文に目を通す研究者も多く、大変な作業です。
一方、人文社会系の人に聞くと、このように大量の論文を読むのは「ありえない」話です。AIなど技術系、自然科学系ではアブストラクトをチェックして「気になるところだけを読む」という読み方をしますが、人文社会系では論文をだいたい全部読み、ときには参考論文まで読んで、それで読んだ、あるいは目を通したとなります。一本一本の論文が必ずしも長いわけではなく、論文の内容を理解する、あるいは必要な情報を得るのに時間がかかるのです。アブストラクトや目次を読むのは、その論文を読むかどうかを決めるための材料であって、それで内容を理解したことには決してならないそうです。なぜこんなにも分野によって違いが出てしまうのか、今回は著者の周辺の研究者への聞き取りから考察したことをご紹介します。

技術系自然科学系の研究者が論文を読むときには、その論文の主張や実験の結果、アイディアなどを知ろうとすることが多いようです。それらはだいたいアブストラクトに書いてあるので、それで足りないこと、もう少しおさえておきたいと思う部分だけを読んで補強します。これができるのは、論文の主張や実験結果が明確であり、あまり複雑な構造をしておらず、端的な理解が可能だからです。その端的な理解だけでは物足りない、となったら全部読めばよいわけです。
対して人文社会学の論文では、主張や考察、論拠などが端的に理解できるものではなく、その妥当性や意味をしっかり把握するためには説明をしっかりと読むことが必要になります。また、その主張や理論を他の場面で参照したり適用したりする場合には、その主張や理論が、その場面においてどのような意味を持つようになるかを理解しないといけません。つまりはその主張や理論がそれ自体だけではなく、それに関わる視点、着眼点、その主張や理論のもととなる考え方や、どのように導き出されたのか、どういう価値観であるのかといった、関連する概念を理解する必要があります。それらを理解して初めて、その主張や理論が、それぞれの場面でどのような意味を持つかがわかるので、主張や理論自体、「●●の社会においては●●の場合に●●のようなことがおきやすい」のような文言だけを理解したのでは役に立たないのです。ここで理解が必要とされた視点や考え方などが合わさったものを「世界観」や「歴史観」などと呼ぶこともあります。これらの「観」をつかむことが、人文社会学系での「文献を読む」ことなのであろうと思います。
これに関連して、原著を読む文化についても紹介したいと思います。人文社会学系では、大事な文献に関してはなるべく原著で読みたい、読んだほうがいいという、欲求というか必要性というか価値観というか、そういうものがあります。文学では文献は研究対象でもあるので、もちろん原著であることが大事ですが、そういう研究対象ではなく知識を得るための文献でもそういうことがあります。
一方で理系分野ではそういうものはあまりありません。「物理学の基礎をニュートンの論文で学んだ」という人は現代ではまずいないでしょう。多くの理系分野では、過去の研究や基礎的な知識に関しては、よりわかりやすい説明が日々考えられており、現在の分野の状況にあった説明を読んで学んだほうが理解が早いのです。原著や古い文献を読むときは、当時の状況がどうであったか、当時はどのような記述方法を用いていたかなど、歴史的な側面を知りたいときが多いです。

人文社会学系でもわかりやすくするような新しい説明の開発はもちろん行われるのですが、それでも原著の論文を読む価値は失われません。人文社会学系の文献では、著者がどのようなことを考えてこれを書いたのか、上記の世界観が重要となります。著者はすでに亡くなってしまっていることも多いため、そういう考えは文献から読み解くしかありません。書きものから著者の考えを読み解くのであれば、新しく作られた説明では意味がないですし、翻訳もできれば避けたいでしょう。
このように分野によって文献の読み方が大きく変わり、文献から得たいものが大きく変わるというのは、分野ごとで研究に必要な知識や考え方がどのようなものであるのか、その形が大きく違うからだろうと思います。他の分野の人となかなかうまく話せないのはこういうところにも原因があるのかもしれませんし、こういうことを意識するとうまくいくのかなと思うのですが、それはそれとして、自分の知っている方法が全てではなく、他にも興味深い方法がたくさんあるのだと知ることは、純粋に世界と可能性が広がるような気持ちがして心地がよいものだと思います。





