婚活に導入したAIシステムの意外な効果 〜研究者の思考さくご (4)

婚活に導入したAIシステムの意外な効果について

専門とするアルゴリズム理論に関連して、自治体や企業と共同で「婚活サイトの推薦アルゴリズム」研究、簡単に言えば、ユーザーのデータから良さそうなお相手を見つけ出すアルゴリズムを開発する研究を行なっている、国立情報学研究所の宇野毅明(うの・たけあき)先生。連載「研究者の思考さくご」第4回は、婚活に導入したAIシステムの意外な効果についてお話しいただきます。

宇野 毅明
国立情報学研究所(NII) 情報学プリンシプル研究系 教授

アルゴリズム理論、特に列挙・データマイニング・最適化の研究が専門。コンピュータ科学の実社会における最適化に関心を持ち、自治体、企業、多分野の研究者との様々なコラボレーションを行っている。東京・神田にあるサテライト研究ラボ、「神田ラボ」を主催。情報学だけでなく文学、哲学、歴史学など人文社会学系を含めた国内外の研究者が集まり、日々、技術と社会の狭間で起きる現象について議論を重ねている。議論における俯瞰力と問題設定力を鍛える道場、「未来研究トーク」共同主催者。

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前回の連載で、「婚活サイトの推薦アルゴリズム」研究について少し触れたのですが、筆者はかれこれ数年前から、愛媛県の法人会が運営する結婚支援センターの仕事をしています。発端は、結婚支援センターが収集している婚活のデータ解析、システム解析に関して専門的な観点から意見が欲しいというご相談からでした。私は婚活の研究はまったくしたことがなかったのですが、「データと計算に関することなら」ということでお付き合いをさせていただくことになりました。

当時はビッグデータ真っ盛りで、まだAIは出始めという感じの時代。この仕事も、最初はこの時代によくある「AIとビッグデータがあればすごいことができるのではないか」というフワッとした感じの相談からでした。いろいろと試す中で最終的にできたのが「婚活のお相手の推薦システム」です。幸運だったのは、法人会さんが柔軟で、「これはできないけれどこれはできそう」、「こういうことを調べたら何かわかるかもしれない」という提案にかなりお付き合いいただけたことです。おかげさまで、技術と現場のすりあわせができて、今の時点で作ることができる、まあまあ良いものになったと思います。

この「婚活のお相手の推薦システム」ですが、単に協調フィルタリングなどのITサービスを導入すると、人気の人を全員に紹介したり、目線を広げずに同じタイプの人だけをひたすら勧めたりと芳しくなさそうでした。そこで、ユーザーと類似の好みを持っていそうな人を参考に、ユーザーが好みそうな人、ユーザーのことを好みそうな人を紹介する推薦モデルを作り、アルゴリズム構築して実装しました。

元々、現場の方々からは「なかなかお相手が見つからない人は、検索機能で条件付けを厳しく設定しすぎで、目線が狭くなっているので、なにか目線を広げてあげるようなものはできないか」という要望がありました。ですから、「ユーザーの条件付けを使わないでお相手を推薦できる」という点が重要でその点で最低限の要件はクリアしたと思っています。

・・・と説明するとなんだかすごそうに聞こえるかもしれませんが、正直に言うとこのアルゴリズムは「サイコロを振って決めるより少し良いかも」くらいのものです。それくらい、人間の深い考えや深い好みは、データからは読み取りにくいのです。ですから、ものすごい期待があったわけではないのですが、いざサービスをスタートしてみると意外にいい感じで、推薦機能で出てきた人に申し込んだ場合、お見合いの受諾率が2.5~3倍くらいに上がるという、推薦アルゴリズムとしてはとんでもないくらいの上昇率となりました。これはびっくりです。考えてみれば、よく使われる推薦アルゴリズムは「商品」という、同じ商品がいくつでもあって、一番売れてる商品をたくさん売れば売れ残りが発生してもかまわない、というスタンスでを設計されているのですが、「人」を推薦するとなると全然話が違います。そのあたりをうまくモデル化できたのではないか、などと仲間内で話し合っていました。

このシステムは後日、自治体の婚活支援事業のモデルケースとしてそこそこ有名になりました。というのも、民間でITをがんばっているところはけっこうあるのですが、行政でここまでやるところは少なかったのです。筆者や法人会さんにも取材が来るようになり、インタビューの依頼が多くあり、記事になりました。その中で、ある記者さんが書いた記事に興味を惹かれました。その記事は、成婚に至ったユーザー(女性)にインタビューしたもので、こんなことが書いてありました。

「自分が選んだ人にお見合いを申し込むのは、断られたらショックで立ち直れないから、それを考えるとできない。でも、AIが勧めた人だったら、自分が選んだわけではないので、断られたときのことを気にすることなく申し込みができた」。

そこで改めてよくデータを見てみると、推薦機能を使う人の中には女性がたくさんいたのです。一般的にもそうですが、特に今回の事例である愛媛県では、女性から男性にお見合いを申し込むパターンは極端に少ないです。ところが、推薦機能を使った人だけに絞ると、女性から申し込むパターンもそこそこの率であるのです。婚活業界のノウハウに「女性から申し込むと、男性はあまり断らない」というものが知られています。つまり、「女性からの申し込みが増えたからお見合いの受諾率が上昇した」という筋が本質に思えます。

「AIが機械的に選んだ」ことで、女性の心理的なハードルが下がったことが、愛媛県のシステムがうまくいっている一因なのかもしれません(もちろん一番大きな要因は、たぶん愛媛県のボランティアさん達が丁寧に婚活している方々をサポートしている所だと思います)。

ただ、そうであればアルゴリズムの設計が良かったわけじゃなくて、「AIであればなんでもよかったのか?」とも思えてしまい、推薦アルゴリズムを一所懸命考えた筆者としては少しモヤモヤが・・・(笑)。まあ、アルゴリズムの良さもあってお勧めをクリックしてくれたのだと思うことにします。

それはともかく合理的に考えれば、自分の好みの人がお見合いを申し込んでくれるとは限らないので、自分から申し込んだ方が好みの人と結ばれる可能性は高くなりそうに思えますよね。そうしないのは、自信がないのか、断られるのが怖いのか、それとも申し込んでもらえる方がうれしいからなのか・・・、などといろいろ考え、それをアルゴリズムになんとか取り込もうと思うのですが、これがなかなか難しいのです。

ここで話を展開していく前に、日本の婚活市場の状況を少し述べたいと思います。
まず、全国統計があるわけではないのですが、私が聞いた範囲ではどこでも、申し込みはほとんど男性から女性のようで、中には女性からの申し込みが多い地域もあるようですが、それでも30%程度のようです。そして、女性は多くの申し込みを受けるのですが、特に新規入会時に申し込みが集中するようです。男性はとても多くの女性に申し込んで断られるので、新しい可能性を求めて女性の新規会員に申し込むのでしょうね。そうなると、運営側としては、申込数を増やして活性化させるには「女性の新規会員を増やすこと」、成婚数を上げるには「女性にOKを出してもらうこと」に注意が向きます。そのためか婚活の広告は女性向けのものが目立ちます。女性がウェディングドレスを着ていたり、女性目線での家庭や家族の姿が描かれていたり、と。一方で公共サービスとして行っている行政の婚活は、こういう色が全然ないのは対照的でおもしろいですね。

また、カウンセリングがつく仲人のようなサービスでは、男性に「女性の要求に応えられる男性」になるように強く求める傾向があるようです。以前に仲人さんが集まって婚活の課題を議論する会に出たことがあるのですが、仲人さん達は「これでもか」というくらい、男性への要求を並べていました。気遣い、リーダーシップ、包容力、年収などなど、「男性がこういうことをしっかりしないから成婚数が上がらないのだ」といった感じです。一方で女性に対しての要求は少ないのですが、「女性がえり好みするのは良くない」というものもありました。これらは現場からの意見として大変多く聞く、いわゆる婚活している人に対する一般的なアドバイスだと思います。

ただ、よくよく考えればですが。どちらかが一方的に相手の要求を受けるような関係を、安定して長く続けるのは難しいでしょう。結婚したら、だんだん要求を聞いてくれなくなったり、逆に要求を突きつけられることが多くなりそうです。「思ってたんと違う」となりそうですよね。そもそも、どちらかの性別が性格的に優れていたり、関係性において大きな義務を負っていることはないと思います。「えり好み」についても、自分だったらですが、どこの誰かもわからないランダムに選ばれた10人のうちの誰かと結婚を前提としたお付き合いしてくださいと言われても、そんな簡単に選べません。少子化、独居世帯の増加を社会問題と捉えるうえで、即効性に目が向いて短絡的な解決策を考えてしまうと、「男性がしっかりすれば」、「女性がえり好みしなければ」となってしまうように思います。私としては「経験的には男性はあまり断らないとわかっているのに、女性から申し込むのにものすごく抵抗がある」というところに着目すれば、もっと違うアプローチや啓蒙手段があるかと思うんです。

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この記事を書いた人

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