理系文系の論の読み解き方の違い〜研究者の思考さくご (25)

ひと口に「論文」といっても理系と文系では論の立て方が異なり、理系の人にとって人文社会系の論文は読み解きにくい、逆に人文社会系の人にとっては理系の論文が読み解きにくいと感じることがままあるようです。なぜこのようなことが起こるのか。連載・研究者の思考さくご第25回では「理系文系の論の読み解き方の違い」ということについて、国立情報学研究所の宇野毅明(うの・たけあき)先生に情報学研究者ならでの視点で考察していただきました。

宇野 毅明
国立情報学研究所(NII) 情報学プリンシプル研究系 教授

アルゴリズム理論、特に列挙・データマイニング・最適化の研究が専門。コンピュータ科学の実社会における最適化に関心を持ち、自治体、企業、多分野の研究者との様々なコラボレーションを行っている。東京・神田にあるサテライト研究ラボ、「神田ラボ」を主催。情報学だけでなく文学、哲学、歴史学など人文社会学系を含めた国内外の研究者が集まり、日々、技術と社会の狭間で起きる現象について議論を重ねている。議論における俯瞰力と問題設定力を鍛える道場、「未来研究トーク」共同主催者。

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私は理系と文系、両方とも論文をたくさん読みます。多くの場合、論文にはなにやら難しいことが書いてあって、けっこう複雑な論が展開されており、研究者はそれを読み解いて複雑な事柄を理解していきます。この「読み解いていく技術」は、ある程度学問に共通のものなので、わからない知識を補うことができれば、ほかの分野の難しい論文も読み解くこともできます。たとえば数学の研究者が物理や化学の論文を読めば、わからない部分を聞きさえすれば、大まかな道筋や論の立ち方は理解できます。ですが妙なことに、理系の人にとって「人文社会系の論文は読み解きにくい」ということがけっこうあります。逆に人文社会系の人にとっても、他の人文社会系の論文は知識さえ補えばだいたいわかるものの、理系の論文が読みにくいということがままあります。世間ではときどき「文系の論文は論理的でない」というようなことを言う人がいますが、そんなことは決してなく、逆にものすごく緻密に論を積んでいる場合が多いです。一方で、人文社会学の人から見ると、逆に理系の論の立て方がものすごく粗っぽく見えたりもします。これは大変不思議なのですが、よくよく話を聞いてよくよく考えてみると、けっこうすっきりわかるものなので、今回はその紹介をしたいと思います。

理系の例として、数学で論を立てるときは、大体定理の証明をします。「これこれこういう条件のときには、こういう事が成り立つ」のような形をした主張をして、それが正しいことを証明します。実は哲学でも同じような主張と証明をするのですが、お互いに相手の論がわかりにくいことがあります。同じように見える主張ですが、ここには大きな違いがあるのです。

数学をはじめ、多くの理系分野での論の主張は明確です。意味に揺らぎがなく、一意的です。ですが、人文社会系での論の主張は一意的でなく、多義性があります。たとえば「人は悲しいストーリーの映画を鑑賞すると悲しい気持ちになる」のような主張があったとして、悲しいとはどのようなことか、悲しいストーリーとはどういうものか、悲しい気持ちになるとはどういうことか、映画のストーリーとは何か、などあいまいな部分が多くあります。また悲しくなる人もいれば悲しくならない人もいるし、悲しくなる場合もならない場合もあります。哲学ではこういった曖昧性をなるべく減らすよう、さまざまな概念に対して定式化を行っているのですが、それでも曖昧さは残ります。とはいえ、一般的にこの主張は正しいと言っていいでしょう。

理系の主張でも曖昧性はありますが、たとえば「紙に火をつけると燃える」の場合に曖昧なのは、温度が何度になると燃えるのか、紙の材料は何か、といった詳細部分や条件、状況であり、それらはまた明確に説明できますので、説明されても曖昧さが残るのとはちょっと異なります。このように、理系と人文社会系で「正しい」や「妥当」の意味合いが大きく違うのです。

哲学では上記の曖昧性をできる限り排除するようにしますが、それでも完全に取り除くことはできません。どうしても「この論文の文脈においてはこう解釈される」ということを、読者が行わなければなりません。そのため、「Aの条件のもとではBが成り立つ」という主張の証明や説明を読んだ後、その説明を頭に残しておく必要があるのです。哲学は比較的一つ一つの概念を明確にしていますが、文学、歴史学、社会学などでは、一つ一つの概念がもっと曖昧になります。そういった概念の曖昧さは、その文章でそこまでに語られ説明されたことの文脈から一意的になっていくものなのです。ですので、論文を読むときには、前に説明されたことをある程度詳細に覚えていないと今説明されていることがどういうものなのか理解することが難しくなります。

理系の論文、例えば数学の場合は、今読んでいる部分の前に説明された事柄の「証明や説明」を詳細に覚えておく必要は基本的にありません。「Aの場合にBが成り立つ」という証明を読んだら、その証明はすっかり忘れて次に進んで大丈夫です。次に「Bが成り立つならCが成り立つ」という証明を読むときに、「Aの場合にBが成り立つ」の証明を覚えておく必要はないのです。特に数学などでは、記号的に表現された主張をいくつも重ねていくことになるので、人文社会系の読み方をすると「こんなに直感的にわからない記号的なものを、こんなにたくさん頭に入れられるわけがない」となって読み解けなくなります。理系的な読み方だと、論文の最初の部分、定理や結果だけを覚えて残りは全部忘れ、今読んでいる直前の部分だけを頭に入れればいいので「たいしたことはない」となるのですが、人文社会系の論文をこの読み方で読み解こうとすると、曖昧性が高くて正しさがよくわからなくなっていまい、そのロジックも理解や検証ができなくなってしまうのです。そのため、理系的、あるいは数学的な読み方に慣れている人には「正しいか正しくないかわからない」「論理的でない」のように感じられてしまうのだと思います。

さて、この曖昧性と正しさの違いの他にも、人文社会学系と理系の論、ロジックの特徴に大きな違いがあるように思います。

理系のロジックでは、比較的、論を積んで構造化していく場合が多いです。「AならばBである」「BならばCが成り立つ」「それはそれとしてDならばEが成り立つ」「CとEが成り立つならFが成り立つ」「Fが成り立つとき、Gが成り立つ場合とHが成り立つ場合がある」「前者はIを導き」「後者はJを導く」と言った形です。一つ一つの主張は、構造化され、関係づけられ、階層の多い複雑性を持っています。

逆に、社会学や文学、人類学では、簡単に言い表しにくい概念的抽象的なものを主張することが多いものです。また、作家やコミュニティや地域社会など固有性の高いものの特徴を記述することも多々あります。そのため、自身の主張したいものやことの部分部分を一つずつ説明、証明していき、全体として大きな説明や理論を作る、ということが多くなります。ここでの「理論」は数学や物理で言う「特定の条件のもとで必ず成り立つ性質」の意味の理論ではなく、「人や社会における法則や基本原理」の意味合いになります。自分の主張したい、抽象的で言語化しにくいぼやっとしたものの部分部分に、ある程度明確な説明をぺたぺたと貼っていって、全体像がつかめるように論を構築していきます。その意味で、全ての説明は全体を構成するためにあり、個別の説明同士にはあまりロジックとしての複雑な階層構造はなく、すべての論が並列に独立しているような関係性になります。そして、個別の説明の全体を論文の文脈が覆い、つなげている感じになります。理系の文章でも、たとえば実験の説明をするときにはこれと似た論が並列に並べられる構造の説明が現れますが、その場合は実験の状況を説明しているだけで、実験自体は明確であることが多いので、人の読み解き方は大きく異なるのです。

この人文社会系で行う、個別の説明と文脈から全体像を読み取る作業、あるいは全体像を作り上げる作業を「総合」と言います。理系のロジックには「総合」という作業がないので、理系の研究者には人文系の論文の主張が読み解きにくいことがままあるのです。部分部分をじっくり見ても、それが全体としてどういう形になるか想像できなければ、全体像を理解することはできません。たとえるならば、ジグゾーパズルをバラバラと与えられ、「このピース達からわかるとおり、完成するとこうなります」と完成した絵を見せられたようなもので、「なんでそうなるの、そういうことが言えるの?」となってしまいます。この、総合の作業に慣れていないことが、理系の人間が人文社会系の文章を理解しにくいことにつながっていると思います。逆に、人文社会系の人間は、階層が多いロジックの操作に慣れていないため、理系、特に数理的な文章の理解のしにくさにつながっているのかと思います。

理系と人文系、同じ「論を読み解く」という作業でも、これほどに大きな違いがあるということを見出したときには新鮮な驚きがありました。研究分野は得てして研究内容でその違いが説明されるものですが、こういった学問の基本的なところにも大きな違いがあるようで、そういうところから違いを見るのは大変興味深いです。


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この記事を書いた人

2002年に設立された、カクタス・コミュニケーションズの主力ブランドであるエディテージの目指すところは、世界中の研究者が言語的・地理的な障壁を乗り越え、国際的な学術雑誌から研究成果を発信し、研究者としての目標を達成するための支援です。20年以上にわたり、190か国以上の国から寄せられる研究者の変わり続けるニーズに対応し、研究成果を最大限広く伝えられるよう、あらゆるサポートを提供してきました。
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