世界的な研究公正への取り組み

Global research integrity initiatives

近年、懸念の高まりにより、研究者が守るべき研究公正を強化する取り組みが世界的に急増しており、政府機関、学術機関、出版社は、研究公正対策の開始、強化、更新に取り組んでいます。この記事では、研究公正への最近の取り組みについて解説します。

1. 国・地域の政策と取り組み

研究公正の確保は国の重要課題であり、多くの国が関連政策の策定や更新に積極的に取り組んでいます。

1.1 EU
欧州委員会のHorizon 2020は、欧州内外の研究利用者向けに、研究公正に関連する教材やリソースを開発するプログラムや取り組み(Path2Integrity、INTEGRITY、VIRT2UEなど)に投資しました。また、Horizon 2020は、資金提供者や研究機関が独自の研究公正推進計画を策定する際に利用できるガイドラインをまとめた「SOPs4RI Toolbox」プロジェクトも立ち上げています。

1.2 アメリカ
アメリカでは、Office for Research Integrity(ORI)が倫理的研究に関連する政策や規制を策定しています。National Science and Technology Council(国家科学及技術委員会)のScientific Integrity Fast-Track Action Committeeは、Scientific Integrity Task Forceによる報告書を発表し、政策立案者に研究公正方針の策定、実施、更新を呼びかけています。

1.3 日本
文部科学省の研究校正推進室は、2006 年以降、日本における研究不正防止のための取り組みを更新し続けています。文部科学省の研究公正推進プログラムの一環として、日本の研究助成機関が連携し、研究公正教育教材の開発と普及、研究公正担当者のネットワークの維持を行っています。

1.4 アフリカ
アフリカ連合は、2024年の戦略計画「Science, Technology, and Innovation Strategy for Africa 2024」において、倫理と研究の公正性の推進を優先事項としています。

2. 研究機関レベルの取り組み

American Society of Clinical Oncologyの出版部門バイスプレジデントであるAngela Cochranは、Scholarly Kitchenへの最近の投稿の中で、(研究者が雇用されている)研究機関が責任を持って研究公正のチェックを実施することを強く主張しています。

多くの研究機関や大学はまだ道半ばではありますが(多くの大学には研究公正を管理する立場であるインテグリティ・オフィサーに相当する人がいません)、以下に挙げるように、正しい方向への一歩を踏み出しているところもあります。

2.1 大学の研究公正リソース 
コロンビア大学のResearch and Data Integrity(ReaDI)プログラムでは、デジタル科学画像の取り扱いに関するオンライントレーニングなど、研究公正に関するリソースへのアクセスを提供しています。コロンビア大学の研究不正に関する組織方針(Institutional Policy on Research Misconduct)は、不正行為の申し立てが資金提供者の要件に沿って適切に処理されることを保証しています。

インディアナ大学では、研究公正・オフィスのスタッフと教員が研究不正行為の実例について話し合う、研究公正に関するウェビナー・シリーズを開催しています。

2.2 研究公正に関する大学の声明
倫理的研究の大義への取り組みを示すために、現在ブリストル大学やオックスフォード大学など多くの大学が研究公正に関する声明を発表しています。

3. 学会

学会は責任ある研究報告やデータ共有のための指針を提供することができますし、提供すべきです。例えば、American Geophysical Union (AGU)は、データの共有と参照に関するベストプラクティスを細心の注意を払って収集および編集し、会員に指針と支援を提供しています。同様に、American Historical Associationは最近、職業上の行動基準に関する声明を更新し、剽窃などの側面について、かなり詳細に取り上げています。

4. ジャーナルの取り組み 

学術ジャーナルは、研究公正文化の重要性を認識するようになってきており、研究公正推進のためのイニシアチブを率先して行っています。

4.1 オープンな実践の奨励
出版社やジャーナルは、生データ、データ生成に使用される手順や機器の詳細、適用したデータ収集や統計手法のオープンな共有を奨励しており、これにより透明性と再現性が向上します。PLOSによるOpen Methodsは、このような実践の例です。

4.2 研究公正・チームの設置
多くの出版社は、編集者、査読者、著者に、研究や出版における倫理的行動や、研究公正の問題解決について助言するチームを設けています。必要に応じて、複雑な事例を解決するための調査も行います。例えば、Springer Natureには研究公正・グループがあり、BMJ には研究公正・チームと出版倫理チームがあります。

4.3 出版前の不正行為チェックツール
出版社や編集者の編集上の意思決定に役立つツールが話題を呼んでいます。STM Solutionsは、出版社や編集者がジャーナルや投稿システム間の重複投稿を検出できる「Duplicate Submission Checker」を開発しました。

5. 研究公正・スルースへの推進力:研究公正・ファンド

多くの人々が、研究公正界のエルキュール・ポワロやミス・マープルを賞賛する一方で、これらの内部告発を行うインテグリティ・スルースは、しばしばオンラインでの虐待や個人攻撃、さらに悪いことに訴訟にさらされることもあります。献身的な科学者は、訴訟の脅威を恐れることなく、遠慮なく懸念を表明すべきです。これまでのところ、このような善意の研究者たちは、クラウドファンディングなどの手段で資金を調達しています。現在、データサイエンティストから投資家に転身したYun-Fang Juanは、100万ドルの研究公正・ファンドを立ち上げ、内部告発者が不正行為を指摘したことで訴えられた場合の訴訟費用を支援しています。

6. 主なコラボレーション

6.1 撤回の公開データ:Cross X Retraction Watch
Crossrefは非営利のオープンデジタルインフラストラクチャ組織であり、学術研究コミュニティのためのデジタルオブジェクト識別子(DOI)とメタデータの世界最大のレジストリです。一方、Retraction Watchは撤回についてレポートするブログです。昨年末、CrossrefはRetraction Watchのデータを取得しました。このコラボレーションにより、Crossrefの撤回データが強化され、Crossrefの技術的専門知識の恩恵を受けて、コミュニティへのデータベースのアクセシビリティが強化されます。ユーザーはオープンデータセットをダウンロードし、様々なシステムに組み込むことで、撤回された論文に簡単にアクセスすることができます(試用可能)。

6.2 問題のある論文のスクリーニング:STM Solutions X PubPeer 
STM SolutionsとPubPeerのコラボレーションは、学術コミュニティにおける研究公正を保護する上で、重要な進歩を示しています。PubPeerのデータベースとSTM Integrityのハブの統合により、研究者や出版社は、豊富な専門家のコメントや出版後のレビュー、ペーパーミルチェッカーなどの貴重なツールにアクセスできるようになり、出版プロセスの早い段階で問題のある論文を特定するハブの機能が強化されます。

7. 研究公正に関する研究への支援の強化 

7.1 研究公正の関する研究に対する助成金
アメリカのORI は、研究公正に影響を与える要因に関する実証研究を奨励する研究助成金と会議助成金を授与しています。大学もまた、研究公正の様々な側面に関する研究に資金を提供しています。例えば、シドニー大学は、インパクト・ファクターの高い分子がんジャーナルに掲載された原著論文の問題点を研究するための奨学金を発表しました。

7.2 新しい学問分野の必要性:FoSci
AIツールの台頭により、不正行為の種類と規模は進化しており、問題のある論文を検出し対処するための新たなアプローチが必要となっています。これらの課題に対処するために「Forensic Scientometrics(FoSci)」という新しい研究分野を採用する提案がなされています。個々の研究者、出版社、大学による研究公正を維持するための取り組みは目新しいものではありませんが、このような名称の専門分野を設けるというのは斬新なアイデアです。

8. まとめ

8.1 顕在化している問題
科学界における再現性、透明性、倫理的行為に対する懸念は高まり続けています。ある試算によれば、アメリカでは再現性のない前臨床研究に年間280億ドルが費やされているといわれています。また別の調査では、調査対象の研究者の70%が他の科学者の実験を再現しようとして失敗しています。研究、論文執筆、出版における非倫理的行為の継続的な傾向を考慮すれば、こうした再現性の低さの傾向は、それほど驚くべきことではありません。ここ数カ月だけでも、著名な研究者やその所属機関がデータ操作の疑いをかけられ、ペーパーミルによって作成された何千もの論文が撤回され、AIが作成した不合理な画像を使った論文が出版されています(そして後に撤回されています)。さらに最近では、発表された多くの論文の中にAIチャットボットによって生成されたテキストが含まれていることが判明しました。

8.2 今後の方向性
こうした懸念の高まりから、研究公正を強化する取り組みが急増しています。政府機関、学術機関、出版社を含む様々なステークホルダーが、厳格なデータ管理プロトコルから倫理トレーニングの義務化まで、しっかりとした対策を開始しています。

学術界における非倫理的で不正な行為の規模を考慮すると、この混乱を一掃するための個々の取り組みだけでは十分ではありません。研究公正を守り維持する責任は、科学情報の生産と消費に関わるすべての人々にあることは、今や明らかです。幸いなことに、これらの関係者は、研究公正と再現性の危機に対処するために、新たな多様な方法を生み出し、強化しています。このような取り組みが、科学的探求の状況をどのように変え、研究者に厳格で倫理的な基準を遵守させ、科学に対する社会的信頼を維持するのか、とても興味深いところです。


この記事はEditage Insights 英語版に掲載されていた記事の翻訳です。Editage Insights ではこの他にも学術研究と学術出版に関する膨大な無料リソースを提供していますのでこちらもぜひご覧ください。

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この記事を書いた人

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