「論文を出したあと、その成果がどれだけの人に届いているのだろうか?」
そんな問いを抱いたことのある研究者は少なくないでしょう。研究成果を誰もが自由に閲覧できるようにする「オープンアクセス(OA)」は、まさにその問いに応える仕組みとして広がってきました。特に近年は、AIやビッグデータを活用した再解析の重要性が高まり、論文やデータを即時に公開する動きが世界的に加速しています。日本でも、科学技術振興機構(JST)をはじめとする主要機関が、研究データや論文のオープン化を推進しており、2025年度以降の新規公募分では即時OA義務化がすでに適用されています。
しかし、理想の姿が見え始める一方で、現場の研究者のあいだには戸惑いや不安も広がっています。この記事では、カクタス・コミュニケーションズ(以下カクタス)が全国の研究者を対象に実施した「即時OA義務化に関する意識調査」と、筑波大学附属図書館が学内外データを活用して行った「OA推進に関する実証分析」をもとに、制度と現場のあいだにある“見えないギャップ”を考えます。
| 筑波大学におけるオープンアクセスに対する研究者意識調査分析報告書 筑波大学附属図書館 (DOI https://tsukuba.repo.nii.ac.jp/records/2015310) https://tsukuba.repo.nii.ac.jp/records/2015310 |
研究者がOAを支持できないワケ
では実際のところ、研究現場ではこの“即時OA義務化”をどう受け止めているのでしょうか。「研究の透明化」や「知の共有」という理念には、多くの研究者が共感しています。しかし、OA化に伴う手続きや費用、時間の負担が重くのしかかる現実もあります。制度が「正しい」とわかっていても、それを支える環境がなければ前向きに動くのは難しい。いま問われているのは、まさにその“理想と現場のズレ”です。
その実態を明らかにするために、エディテージを運営するカクタスは2024年、全国の研究者を対象に「即時OA義務化に関する意識調査」を実施しました。
調査の結果、「即時OA義務化の方針を知らなかった」と回答した研究者は71%にのぼり、義務化を「支持する」と答えた研究者は35%にとどまりました。さらに、所属機関にリポジトリが「ない」「わからない」と答えた人は58%に達しています。
この結果は、研究者が制度に反対しているというよりも、情報や支援が十分に行き届いていない現状を示しています。研究費の制約、支援体制の不均衡、OA誌の信頼性への懸念など、研究者が即時OA化を前向きに受け止めにくい状況があることがうかがえます。制度を推進する大学や行政にとっても、「どうすれば現場の不安を支える仕組みを作れるか」が次の課題となっています。
筑波大が検証:OA推進の現場課題をデータで明らかに
こうした中で、現場の実態をデータで可視化するための筑波大学附属図書館が2025年に実施した調査は、現場課題の可視化に大きく貢献しています 。
カクタスで行われたアンケートの設問をベースにした筑波大学内の研究者アンケート(約1,079名回答)に加え、カクタスによるアンケート結果と比較できるようにすることで、大学特有の傾向をより具体的に分析しています。
その結果、全国的に指摘されていた「理解不足」や「費用面の不安」が、筑波大学でも同様に見られ、特に若手層と理系分野に集中していることが明らかになりました。
「即時OA義務化の方針を知っている」と答えた研究者は全体の39.7%にとどまり、学内OAシステムつくばリポジトリに「論文を登録したことがある」と回答した割合は55.1%。一方で、「今後積極的に自身の論文のOA誌への掲載を進めたい」と答えた研究者は6割を超えており、“制度の浸透は発展途上ではあるが、理念への共感は高い”という構図が浮かび上がりました。
さらに、論文内の「リポジトリへの登録経験・動機」の図によると、リポジトリへの登録経験がある研究者は全体の半数を上回りました。一方、その登録動機の約半数が「リポジトリ担当者からの依頼」であり、自主的に登録を行った研究者は2割程度にとどまっています。
また、「自動的に登録される仕組み」や「評価制度との連動」を求める声も多く、登録行動の多くが制度的対応に留まっていることが明らかになりました。
また、OA化に伴う費用負担にも課題が見られました。OA誌に論文を投稿しない理由として、「投稿したい学術誌がOA誌ではないから」という回答をはるかに上回って「投稿費用が高すぎるから」という回答が上位となりました。
このことから、研究費配分や助成の仕組みがOA推進に直接影響していることが示唆されています。
こうしたデータは、大学が「どの層に、どんな支援をどう届けるか」を考えるうえで、重要な手がかりになります。
筑波大学附属図書館の分析からは、OA化の推進を阻む要因が、制度そのものよりも、情報が届きにくい構造や意識の差にあることが見えてきました。だからこそ、義務化を“上からの決まりごと”としてではなく、研究者が自ら価値を感じ、行動につなげられる仕組みづくりが求められています。
まとめ
筑波大学の取り組みは、全国的な調査を行ったカクタスの試みを踏まえ、大学という単位で現場課題をデータから検証した貴重な例といえます。
全国調査で示された「理解不足」や「支援格差」といった傾向が、実際に学内でもどの層に表れているかを可視化した点に意義があります。
今後は、こうした分析をもとに、研究者が自ら価値を感じて行動できる“支援設計”を各大学がどう整えていくかが問われるでしょう。
OAを“義務”ではなく“研究文化の基盤整備”として捉える視点こそが、制度と現場をつなぐ鍵となります。
出典
• カクタス・コミュニケーションズ(エディテージ)「支持する研究者は現状35%。即時OA義務化の現状と今後に向け大学に求められる施策とは。」(2024年)
• 筑波大学附属図書館「筑波大学におけるオープンアクセスに対する研究者意識調査分析報告書」(2025年)
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