学会発表を終えた後、「説明はしたはずなのに要点が十分に伝わっていなかった」と感じた経験は、多くの研究者にあるのではないでしょうか。質疑応答で、発表の意図とはずれた質問を受けたり、指導教員から「伝わりにくい」と指摘されたりする場面は珍しくありません。
私自身も大学院生時代、初めての学会発表で同じ経験をしました。数か月準備したにもかかわらず、研究の価値を十分に届けられなかったことで、「良い研究でも、伝え方次第で評価は変わる」という事実を痛感しました。
発表が伝わらない原因は、研究内容そのものではなく、情報の整理やスライド構成にあることがほとんどです。
本記事では、学会発表が伝わらない原因を整理し、そのうえで、スライドを改善するための基本的なテクニックを紹介します。
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●筆者紹介
相澤有美
東京農業大学大学院博士課程修了(農芸化学専攻)。
専門分野は代謝学およびメタボロミクス。代謝経路解析や制御機構に関する研究、栄養学や分子生物学的研究に従事。
日本分子生物学会などに所属。

学会発表が伝わらない3つの根本原因
原因1:ワンスライド・ワンメッセージができていない
1枚のスライドに複数の主張や図表が並んでいる場合、聞き手はどこに注目すべきか判断しづらくなります。限られた時間で理解してもらうためには、スライドごとに伝える内容を1つに絞ることが前提となります。焦点が絞られていない場合、スライド全体の論理構造も把握しにくくなります。
原因2:背景・目的・結果がストーリーとしてつながっていない
研究の背景がどのように目的につながり、得られた結果がどのように結論を支えているのかという“流れ”が見えないと、内容は断片的に理解されてしまいます。研究の時系列に沿ってスライドを並べるだけでは、必ずしも聞き手にとって明快なストーリーになりません。聞き手が論理的に追いやすい構造へと再編成する必要があります。
原因3:So What?(だから何?)に答えられていない
結果そのものが示されていても、その結果が研究領域において何を意味するのかが説明されていない場合、研究の価値を適切に理解してもらえません。「有意差が生じた」「数値が変化した」といった事実だけでは不十分で、その結果がどのような示唆を持つのかを明確に示す必要があります。例えば、「A条件ではB遺伝子の発現が有意に上昇した。これは、A条件が◯◯経路を活性化している可能性を示唆している。」のように意味づけを加えることで、聞き手は結果の位置づけを理解しやすくなります。逆に意味づけが不足すると、聞き手は結果をどう解釈すべきか分からないまま、発表が終わってしまいます。
これらの問題は、スライドの構造化によって大きく改善できます。
伝わるスライドをつくる3つの実践テクニック
上記の課題を改善するためには、デザインよりもまず 情報の構造化 に取り組む必要があります。以下に基本的な3つの方法をご紹介します。
テクニック1:タイトルは“結論を書く”
スライドタイトルが項目名のみの場合、スライドの主張が明確になりません。タイトルには、そのスライドで伝えるべき結論に相当する内容を記載します。
不適切な例:
「X遺伝子の発現量の測定結果」
適切な例:
「X遺伝子の発現量は処理後に3倍増加」
タイトルから主要なメッセージが把握できることで、聞き手はスライドの意図を速やかに理解できます。また、発表後にスライドを振り返る際にも、タイトルが内容理解の手がかりとなります。
テクニック2:視覚的階層をつくる
スライドは“見るもの”であり、文章のようにじっくり読まれる前提ではありません。重要なのは、視線が迷わない構造をつくることです。例えば、次のような階層を意識します。
- 最初に目に入る:タイトル(主張)
- 次に読む:図表(根拠)
- 補足として読む:注釈や説明文
フォントサイズ、太字、余白、配置によって視線の流れを設計し、重要な情報と補足情報を明確に分離することで、理解のスピードが格段に上がります。
テクニック3:図とグラフは“引き算”でつくる
図表は情報を詰め込むほど理解が難しくなります。研究室で使用する詳細図をそのまま発表に使うのではなく、学会用に“引き算”した図を作る必要があります。引き算のポイントは次のとおりです。
- 色数を最小限にする(強調色は1つでよい)
- 不要な凡例・枠線・背景を削る
- 数字や注釈は必要最小限にする
- 比較したいポイントだけを視覚的に強調する
図表の役割は「一瞬で何が起きているかを伝えること」です。その役割に沿って図を“再編集”するだけで、情報は驚くほど伝わりやすくなります。
まとめ
スライドにおける情報の構造が整うと、主張の明確化、情報量の適切な調整、研究の意義の理解しやすさ、そして発表全体の流れの把握といった点が大きく改善されます。これらの変化は、視覚的な装飾ではなく、内容の整理と構造化によって生まれる効果です。
学会発表が伝わらない主な要因は、話し方やデザインではなく、情報がどのように整理され、どの順序で提示されているかにあります。タイトルでメッセージを示し、視覚的階層を意識し、図表を再編集することで、発表の理解しやすさは着実に向上します。
スライド制作は「どれだけ情報を載せるか」ではなく、伝えるべき内容を選び取る作業です。何を残し、何を削るのかという判断が、発表全体の質を左右します。次回の記事では、今回整理した構造化の考え方を踏まえ、発表原稿の組み立て方や話し方、練習の進め方について解説します。


