前章では、PowerPoint 上でポスターを設計し、A4サイズで構成を固め、A0に拡大してPDFとして完成させるまでの工程を扱いました。この段階まで進めば、デジタルデータとしてのポスターは「完成」と言える状態です。
しかし、学会ポスター発表においては、ここからがもう一つの重要なフェーズ。それが、完成したデータを、実際の学会会場で掲示・運用できる「物理的な掲示物」に変換する工程です。多くの研究者が、この段階で初めて現実的な問題に直面します。
・A0サイズで一枚印刷すべきか、それとも分割印刷にするべきか
・紙が良いのか、布ポスターを選ぶべきか
・電車移動で問題なく運べるのか
・事前に宅配便で送る必要があるのか
これらは、ポスターの内容や完成度とは直接関係がないように見えます。しかし実際には、印刷・運搬・掲示の選択が、当日の発表体験やポスターの見え方に大きく影響します。この章では、完成したポスターを「デジタル完成品」から「会場で実際に使える掲示物」へと変換するために必要な、印刷・運搬・掲示に関する実務的な判断ポイントを整理していきます。単なる作業手順ではなく、「なぜその選択が必要なのか」「どんな点で差が出るのか」を意識しながら進めていきます。
▶学会ポスター発表完全ガイド1:ポスター発表は研究者にとってなぜ必要?
▶学会ポスター発表完全ガイド4:データ準備で使う「起承(転)結」
▶学会ポスター発表完全ガイド5:ワークシートを埋めて構成を具体化
●筆者紹介
相澤有美
東京農業大学大学院博士課程修了(農芸化学専攻)。
専門分野は代謝学およびメタボロミクス。代謝経路解析や制御機構に関する研究、栄養学や分子生物学的研究に従事。
日本分子生物学会などに所属。

印刷業者の選び方
ポスターを印刷する段階で、まず考えるべきなのは「どこに依頼するか」です。印刷品質や価格だけでなく、納期、相談のしやすさ、トラブル時の対応も含めて判断する必要があります。選択肢は大きく分けて、次の3つに整理できます。
① 大学内の印刷サービスを確認する
最初に確認したいのが、大学内でポスター印刷が可能かどうかです。研究室、学部、図書館、生協などが窓口になっていることが多く、意外と身近なところで対応してもらえる場合があります。
コスト:2,000〜4,000円程度(A0サイズ)
納期:1〜3日と比較的早い
メリット:
・研究費で支払える場合が多い
・納期が早く、締切直前でも対応できることがある
・直接相談できるため、初めてでも安心
デメリット:
・学会シーズン(特に10〜11月)は混雑しやすい
・事前予約が必要な場合がある
・「とにかく早く印刷したい」「初めてで不安がある」という場合は、大学内サービスが最も堅実な選択肢です。
② オンライン印刷通販を利用する
次に多く利用されているのが、オンライン印刷通販です。代表的なサービスとして、ラクスル、プリントパック、グラフィックなどがあります。
コスト:2,500〜4,500円程度(A0サイズ・マット紙)
納期:3〜7日程度
メリット:
・価格が比較的安い
・24時間いつでも注文可能
・早割やキャンペーンを利用できる
デメリット:
・納期に余裕が必要
・送料が別途かかる場合がある
・データ不備があると再入稿になる
オンライン印刷は、価格と利便性のバランスが良い選択肢です。ただし、締切直前の利用には向かないため、学会の1〜2週間前には入稿できるスケジュールを組んでおく必要があります。
③ 専門ポスター印刷業者を利用する
三つ目の選択肢が、学会ポスター専門の印刷業者です。
コスト:4,000〜6,000円程度
メリット:
・学会用途に特化した安定した品質
・仕様や納期について相談しやすい
・短納期対応が可能な場合がある
デメリット:
・他の選択肢に比べてコストがやや高い
・「初めての国際学会」「絶対に失敗できない発表」「短納期で確実に仕上げたい」といった場合には、価格よりも安心感を優先する判断が合理的です。
【入稿時の基本チェック】
印刷トラブルを防ぐため、入稿時には以下の点を必ず確認します。
入稿形式:PDF形式
(PowerPointファイル(.pptx)のままの入稿は避ける)
サイズ指定:84.1cm × 118.9cm(A0サイズ)
用紙の種類:マット紙、光沢紙などを明記
納期:学会の1週間前までに手元に届くか
これらを事前に確認しておくだけで、印刷トラブルの多くは防げます。
【早割を活用しよう!】
多くのオンライン印刷業者では、「1週間前納品」「2週間前納品」といった条件で価格が下がる早割が用意されています。
・納期に余裕をもって発注する
・印刷コストを数百〜1,000円以上抑えられる場合もある
スケジュールに余裕がある場合は、早割を前提に発注計画を立てると、コスト面でも精神的にも余裕が生まれます。
よくあるトラブルと対処法
ポスター制作では、データ上では問題なく見えていても、印刷した段階で初めて発覚するトラブルが少なくありません。ここでは、特に頻出する4つのトラブルと、その原因・対処法を整理します。
トラブル1:図や写真がぼやけて見える
印刷後によく起こるのが、「画面ではきれいに見えていた図が、ポスターではぼやけている」という問題です。
【原因】
多くの場合、使用している画像の解像度が不足しています。PowerPoint上では自動的に画像が縮小・圧縮されるため、A4表示では問題なく見えても、A0サイズに拡大した際に粗さが目立ちます。
【対処法】
・顕微鏡画像や写真は300dpi以上の解像度で用意する
・PowerPointの設定で「ファイル → オプション → 詳細設定 → イメージのサイズと画質」から「ファイル内のイメージを圧縮しない」にチェックを入れる
この設定を行うだけで、印刷品質のトラブルは大きく減らせます。
トラブル2:文字が化けている・フォントが変わっている
印刷されたポスターを見て、文字の形が変わっていたり、一部が文字化けしていたりするケースもよくあります。
【原因】
使用しているフォントが、PDFや印刷データに正しく埋め込まれていないことが原因です。特に、特殊なフォントやPC固有のフォントを使っている場合に起こりやすくなります。
【対処法】
・PDF化する際に、フォントが埋め込まれているかを必ず確認する
・PowerPointからPDFを作成する場合は、「エクスポート → PDF/XPSの作成」を使用する印刷業者に渡す前に、別のPCでPDFを開いて表示を確認する
「自分のPCでは問題ない」は、印刷トラブルの典型的な落とし穴です。
トラブル3:色が想定と違う
印刷されたポスターの色味が、画面で見ていた印象と異なることも珍しくありません。
【原因】
画面表示はRGB、印刷はCMYKというように、色の再現方式が異なるためです。特に、鮮やかな青や赤、グラデーションは差が出やすくなります。
【対処法】
・色味の違いが致命的な場合は、印刷業者に色校正(塗りたし)を依頼する
・もしくは、「多少の色差は起こるもの」と割り切って設計する
・重要な情報は、色だけに頼らず、文字や配置でも伝える
学会ポスターでは、色の正確さよりも 可読性と情報の伝達が優先されます。
トラブル4:印刷が間に合わない
締切直前に、印刷が間に合わない事態に陥ることもあります。
【対処法】
・最終手段として、学会会場近くのコンビニで分割印刷する
・大学内のプリンターや研究室の設備で、A3分割などで緊急印刷する
ポスターは「一枚で美しく掲示すること」自体が目的ではありません。印刷や運搬の制約がある場合には、分割印刷などを選択することも重要です。
これらのトラブルは、誰にでも起こり得ます。重要なのは、トラブルを完全に避けることではなく、起きたときに対処できる選択肢を持っておくことです。
・高解像度データを用意する
・PDF化と表示確認を徹底する
・分割印刷という逃げ道を用意しておく
こうした準備が、当日の余裕と発表の質につながります。
サイズ・素材・コストを比較する
ポスター制作で最初に決めるべきは、「どのサイズで、どの素材で作るか」です。この選択は、コスト、運搬、見栄え、掲示方法のすべてに影響します。以下の表で、主な選択肢を比較してみましょう。
【主な選択肢の比較表】
| 選択肢 | コスト | 運搬 | 見栄え | 修正 | 適した人 |
| A0一枚(マット紙) | 2,500-4,000円 | △筒必要 | ◎ | ×全刷直し | 車移動 |
| A0一枚(光沢紙) | 3,000-4,500円 | △筒必要 | ◎画像鮮明 | ×全刷直し | 画像中心 |
| A0一枚(厚手紙) | 3,000-5,000円 | △筒必要・重い | ◎高級感 | ×全刷直し | |
| A0分割(A3×8枚) | 800-1,500円 | ◎A4ファイル | △つなぎ目 | ◎部分可 | 電車移動、初心者 |
| 布(非防炎) | 4,000円- | ◎折畳可 | ○やや淡色 | ×全刷直し | 海外学会 |
| 布(防炎) | 7,000円- | ◎折畳可 | ○やや淡色 | ×全刷直し | 防炎必須会場 |
【選択肢1】A0一枚仕立て(84.1cm × 118.9cm)
学会ポスターで最も一般的なのが、A0サイズを一枚で印刷する形式です。視覚的なインパクトが大きく、レイアウトの自由度も高いため、「ポスターらしさ」を最も表現しやすい選択肢と言えます。
こんな人におすすめ
A0一枚仕立ては、次のような条件に当てはまる場合に向いています。
・車で学会会場まで移動できる
・視覚的なインパクトを最優先したい
・印刷費用として 2,500〜5,000円程度 を確保できる
運搬の制約が少なく、見栄えを重視したい場合には、有力な選択肢になります。
メリット
A0一枚仕立ての最大の魅力は、一枚で完結することによる見せやすさです。
・一枚完結のため、デザインの自由度が高い
・大きな図やKey Figureを、迫力あるサイズで配置できる
・掲示作業が一度で済み、掲示時間は5分程度
・つなぎ目がなく、プロフェッショナルな印象を与えやすい
特に、図を中心に構成したポスターでは、その強みが発揮されます。
デメリット
一方で、A0一枚仕立てには明確な弱点もあります。
・運搬が大変:
-長さ約120cmのポスター筒が必要
-満員電車では邪魔になりやすい
・修正が効かない:印刷後に誤字を見つけた場合、全面刷り直しになる
・雨に弱い:防水対策をしていないと、濡れた時点で使用不能になる
「きれいに作れる」反面、トラブル耐性は低い形式だと言えます。
素材による違い
A0一枚仕立ての場合、用紙の選択によって見え方や扱いやすさが変わります。
■ マット紙(つや消しコート紙)
コスト:2,500〜4,000円
特徴:反射が少なく、どの角度からも見やすい
掲示方法:画鋲◎、マグネット○、テープ○
位置づけ:最も無難で失敗しにくい選択
照明条件を選ばず、可読性を重視したい場合に適しています。
■ 光沢紙(写真用紙)
コスト:3,000〜4,500円
特徴:色が鮮やかで、顕微鏡画像が美しく見える
注意点:反射が強く、照明の角度によっては見づらくなる
掲示方法:画鋲△(傷がつく)、マグネット○、テープ△(剥がれやすい)
顕微鏡画像や写真が中心のポスターでは効果的ですが、会場照明の影響を受けやすい点には注意が必要です。
■ 厚手ポスター用紙
コスト:3,000〜5,000円
特徴:しっかりした質感で反りにくく、高級感がある
注意点:重く、丸めにくいため持ち運びが大変
掲示方法:画鋲◎、マグネット○
ポスター賞を狙う場合や、同じポスターを複数学会で使用する予定がある場合には、検討する価値があります。
他の選択肢との位置づけ
A0一枚仕立ては、見栄えと完成度を重視する場合の王道です。
一方で、運搬や修正のリスクを受け入れる必要があるため、移動手段やスケジュールに余裕があるかを前提に選ぶことが重要です。
【選択肢2】A0分割印刷(A3×8枚、A4×16枚)
A0サイズのポスターを、A3やA4に分割して印刷する方法です。一枚仕立てに比べると見栄えでは劣るものの、実務面での柔軟性が非常に高いのが特徴です。
特に、移動や修正の制約が大きい場合には、現実的で安心感のある選択肢になります。
こんな人におすすめ
A0分割印刷は、次のような状況に当てはまる場合に向いています。
・電車やバスなど、公共交通機関で学会に参加する
・初めてポスター発表を行う
・直前まで内容を修正したい
・印刷コストをできるだけ抑えたい
「失敗したくない」「柔軟に対応したい」というニーズに応えやすい形式です。
メリット
分割印刷の最大の利点は、コストと運用のしやすさです。
・圧倒的に安い:A3×8枚で 800〜1,500円程度
・家庭用プリンターや大学のプリンターで印刷可能
・部分修正ができる:誤字や差し替えがあっても、該当部分だけ刷り直せばよい
・持ち運びが楽:A4ファイルに収まり、電車移動でも邪魔にならない
・雨に濡れても被害が一部で済む
特に「修正できる」という点は、初めての発表では大きな安心材料になります。
デメリット
一方で、分割印刷には見た目や掲示作業に関する弱点もあります。
・つなぎ目が目立ちやすく、見栄えは一枚仕立てに劣る
・貼り付けに時間がかかる:8〜16枚を正確に配置するため、15〜20分程度を見込む必要がある
・大きな図やKey Figureが分断される可能性がある
そのため、レイアウト段階から「分割されること」を前提に設計しておく必要があります。
分割印刷をうまく使うコツ
分割印刷を選ぶ場合、いくつかの工夫で完成度を大きく高めることができます。
・A3×8枚の方が、A4×16枚よりもつなぎ目が少なく、見栄えが良い
・貼り付けは、中央から外側へ順に進めると位置ずれが起きにくい
・最初にマスキングテープで仮止めし、配置を確認してから本固定すると失敗が減る
事前に配置をイメージしておくだけでも、当日の作業時間とストレスは大きく減ります。
他の選択肢との位置づけ
A0分割印刷は、「完璧な見た目」よりも、確実に発表できることを重視した選択肢です。
特に、移動・修正・コストといった制約がある場合には、非常に合理的な方法と言えます。
【選択肢3】布ポスター
近年、特に国際学会を中心に利用者が増えているのが布ポスターです。紙ポスターとは性質が大きく異なり、運搬性と耐久性を最重視した選択肢と言えます。移動距離が長い場合や、複数の学会で発表する予定がある場合には、現実的で合理的な選択になります。
こんな人におすすめ
布ポスターは、次のような条件に当てはまる場合に向いています。
・海外学会に参加する
・公共交通機関や飛行機で長距離移動する
・複数の学会で発表予定があり、内容更新を前提としている
「持ち運びのストレスを極力減らしたい」人にとって、有力な選択肢です。
メリット
布ポスター最大の強みは、圧倒的な運搬性です。
・非常に軽い:
-紙ポスターの約1/3の重量
-A0サイズでも 約200g程度
・折りたたみ可能:スーツケースやバックパックに収納できる
・シワになりにくい
・海外学会での持ち運びが非常に楽:機内持ち込みが可能
・耐久性が高い:物理的には複数回使用できる
特に、飛行機移動を伴う学会では、このメリットが大きく効いてきます。
デメリット
一方で、布ポスターには紙ポスターにはない注意点もあります。
・色の再現性が紙より劣る:全体的に やや淡い発色になりやすい
・画鋲が刺さりにくい:マグネットや洗濯バサミなどで掲示する必要がある
・初期コストが高い
そのため、色の正確さや鮮やかさを重視する場合には、設計段階で工夫が必要になります。
防炎素材と非防炎素材の違い
布ポスターを選ぶ際に、もう一つ判断が必要なのが「防炎素材かどうか」です。
■ 非防炎素材
コスト:4,000円〜
特徴:発色が良く、柔らかい質感
適用:多くの学会では問題なく使用可能
一般的な学会では、非防炎素材でも支障がない場合がほとんどです。
■ 防炎素材
コスト:7,000円〜
特徴:消防法の防炎性能基準を満たしている
防炎素材が必要になるケース
・学会要綱に「防炎素材必須」と明記されている
・高層ホテル(11階以上)で開催される学会
・複数の学会で使う予定があり、安全側に倒したい場合
確認方法
・まずは学会要綱を確認する
・不明な場合は、学会事務局に問い合わせる
迷った場合は、防炎素材を選んでおくと、悩まずに済みます。
他の選択肢との位置づけ
布ポスターは、見栄えよりも運搬性と実務的な安心感を重視する選択肢です。特に海外学会や長距離移動を伴う場合には、発表準備全体の負担を大きく軽減してくれます。
一方で、色再現や掲示方法には注意が必要なため、用途や会場条件を踏まえて選ぶことが重要です。
掲示方法との相性
学会会場の掲示方法によっては、適した素材が異なります。要綱で掲示方法を確認してから素材を選びましょう。
| マット紙 | 光沢紙 | 厚手紙 | 布 | |
| 画鋲 | ◎ | △ 傷がつきやすい | ◎ | △ 刺さりにくい |
| マグネット | ○ | ○ | ○ | ○ |
| テープ | ◎ | △ 剥がれやすい | ○ | △ 剥がれやすい |
※マグネット掲示では以下を注意してください:
・マグネットシート、または強力磁石を別途用意する必要あり
・布の場合、洗濯バサミ型のマグネットクリップが便利
・100円ショップでも入手可能
運搬方法の比較
| 電車 | 新幹線 | 飛行機(国内) | 飛行機(国際 | |
| A0一枚 | △ | △ | × 預け入れ追加料金 | × 預け入れ追加料金 |
| A0分割 | ◎ | ◎ | ◎機内持込OK | ◎機内持込OK |
| 布 | ◎ | ◎ | ◎機内持込OK | ◎機内持込OK |
ポスターの形式を選ぶ際は、運搬方法まで含めて考える必要があります。特にA0一枚仕立ての場合、運搬には一定の前提条件があります。
ポスター筒の目安
・直径:10〜15cm
・長さ:約120cm
このサイズは、公共交通機関での移動では取り回しに注意が必要です。
・満員電車では周囲の迷惑になりやすい
・改札では斜めに持つ必要がある
・雨天時は防水対策が必須
また、飛行機で移動する場合、ポスター筒は機内持ち込み不可となり、預け入れ荷物扱いになります。
・追加料金が発生する場合あり
例:ANA国内線で 約5,000円程度
これらを踏まえると、A0一枚仕立ては車移動や会場直結など、運搬条件に余裕がある場合に向いた形式だと言えます。
宅配便を活用するという選択肢
大規模会場(例:パシフィコ横浜)では、事前に宅配便でポスターを送付できる場合があります。
・学会要綱で「宅配便受付」の有無を確認
・受付期間・受取方法を事前に把握
宅配便を利用すれば、当日の移動負担を大きく減らすことができます。
内容の再利用:研究倫理上の注意
布ポスターは軽くて丈夫なため、物理的には何度も使用できます。しかし、ポスターの「内容」については、研究倫理上の注意が必要です。見た目や素材の再利用が可能であっても、発表内容の扱いには別の基準があります。
基本原則
多くの学会では、演題募集要項において「オリジナルで未発表の研究成果」であることを求めています。そのため、全く同じ内容を複数の学会で発表することは、二重投稿(duplicate publication) とみなされ、研究倫理上の問題になる可能性があります。これは論文投稿に限らず、学会発表でも注意すべき点です。
許容されるケース
一方で、次のようなケースは多くの分野で比較的許容される傾向にあります。
・国内学会 → 国際学会
内容が同一でも、発表対象や文脈が異なるため、問題にならないことが多い
・前回の発表にデータを追加・更新した場合
演題投稿時に「〇〇学会で一部発表済み」と明記すれば、受理されることが多い
・大学内発表会・研究室セミナー → 学会発表
内部発表は「未発表」と扱われるのが一般的
ただし、最終的な判断は学会ごとに異なるため、演題募集要項の確認が必須です。
避けるべきケース
次のような使い回しは、研究倫理上の問題になりやすいため注意が必要です。
・全く同じ内容を、同じ年度内に複数の国内学会で発表する
・一度発表した内容を、何も追加・更新せずに別の学会に再投稿する
「布ポスターは使い回せるから」という理由で、内容までそのまま再利用するのは避けるべきです。
布ポスターの賢い使い方
布ポスターの利点を活かしつつ、研究倫理上の問題を避けるには、再利用の仕方を工夫する必要があります。
・レイアウトや配色、研究室ロゴは共通化する
・図表やデータ部分は、学会ごとに更新する
・既発表内容がある場合は、演題投稿時に明記する
このように、テンプレートとして再利用し、内容は都度更新する運用であれば、コストを抑えつつ、倫理的にも問題のない形で活用できます。
防炎素材と非防炎素材:知らないと困るポイント
布ポスターを注文する際に、しばしば表示されるのが「防炎素材」という選択肢です。価格差は数千円程度ですが、何が違い、どちらを選ぶべきかが分からないという声は少なくありません。ここでは、防炎素材の基本的な意味と、学会会場での実際の扱いを整理します。
防炎素材とは何か
防炎素材とは、消防法で定められた「防炎性能基準」を満たした素材です。燃えにくい加工が施されており、万が一火が付いた場合でも、燃え広がりにくい性質を持っています。重要なのは、「燃えない」素材ではなく、「燃えにくく、延焼しにくい」素材であるという点です。
法的な要件
消防法では、以下のような場所で、防炎物品の使用が義務付けられています。
・高層建築物(11階以上)
・地下街
・劇場
・ホテル など
これらの施設では、掲示物や装飾物に対して、防炎性能を持つ素材の使用が求められる場合があります。
学会会場での実際の扱い
学会会場での防炎素材の扱いは、学会や会場によって異なります。
・一部の大規模学会では、要綱に「布ポスターは防炎素材を使用すること」と明記されている
・一方で、多くの学会では、実際には防炎素材かどうかが厳密にチェックされないことも多い
ただし注意すべきなのは、高層ホテルなど、会場側の規定が厳しい場合です。
・防炎物品ラベルの提示を求められる
・防炎でない場合、掲示を断られる可能性がある
といったケースも、少数ながら存在します。
どちらを選ぶべきか
最終的な判断は、次の基準で考えると整理しやすくなります。
・学会要綱に「防炎素材必須」と明記されている
→ 防炎素材を選ぶ
・特に記載がない
→ 非防炎素材でも問題ないことが多い
・複数の学会で同じ布ポスターを使う予定がある
→ 防炎素材を選び、安全側に倒す
・判断に迷う場合
→ 学会事務局に問い合わせる
数千円の差でトラブルを回避できるのであれば、防炎素材を選ぶ判断は合理的です。
まとめ
この章では、完成したポスターを「データ」から「学会会場で実際に使える掲示物」に変換するための実務について整理してきました。印刷方法の選択、用紙や素材の違い、運搬手段、防炎素材の扱い、そして内容再利用における研究倫理まで、いずれも発表当日に直結する重要な判断です。
ポスター発表では、見た目の完成度だけでなく、当日、無理なく掲示でき、安心して説明に集中できる状態を整えることが欠かせません。どの形式にも一長一短がありますが、自分の移動手段や会場条件、発表経験に合わせて選択することで、余計なトラブルを避けることができます。こうして準備を整えたポスターは、はじめて「使える発表資料」になります。次章では、いよいよ学会当日——コアタイムでの発表の進め方や、質疑応答での受け答えのコツを取り上げます。
ポスター展示ホールで、あなたのポスターが多くの参加者を引きつけ、活発な議論につながるよう、発表の場面に向けた準備を進めていきましょう。


