研究者の方で、締切り間近でとにかく形にしなければと焦り、気づけばA0サイズに文字と図表を詰め込んだ「情報の洪水」が完成してしまう、というのは研究者あるあるのひとつかもしれません。
そして研究発表ポスターを作っている方からは、よくこんな不安の声を聞きます。
・実験データを全部載せないと、手抜きと思われないだろうか
・この図を削ったら、研究の価値が伝わらないのでは
このように「もっと伝えたいのに、なぜか伝わらない」と感じる原因の一つとして、ポスターの目的を誤解しているケースがあります。本記事はこれからポスター発表に挑む方のために、ポスター発表に関するすべてをご紹介するシリーズの第2回目。今回は実際にポスターを作る際にどのような点に注意すればよいのか、そもそもなぜポスターを作る必要があるのかをご紹介していきます。
●筆者紹介
相澤有美
東京農業大学大学院博士課程修了(農芸化学専攻)。
専門分野は代謝学およびメタボロミクス。代謝経路解析や制御機構に関する研究、栄養学や分子生物学的研究に従事。
日本分子生物学会などに所属。

ポスターに対するよくある3つの誤解
ポスターを効果的に活用するためには、まず研究者がよくする誤解を正しく理解することが大切です。主だったものとして次の3つが、研究者が陥りやすい誤解です。
誤解1: 研究内容をすべて盛り込まなければならないのではないか?
研究内容を詳しく書こうと、10個の図表にフォントサイズ12ptの大量の説明文を盛り込みました。しかし、そのポスターは結果として誰にも読まれないことに。一体なぜなのでしょうか?
学会の会場を想像してみてください。時に参加者は昼食後の眠気と戦いながら、ポスター会場を歩いています。目の前には、50枚、100枚のポスターが並んでいます。そこに、文字がびっしり詰まったポスターがあったらどうでしょうか? 情報量が多いから後でゆっくり読もうとスマホで写真だけ撮って去っていくかもしれません。
しかし、実のところ学会に来た参加者が「後でゆっくり読む」ことは、ほぼありません。時には学会後の交流会に参加したり、ホテルに戻る頃には、あなたのポスターのことは忘れられたりします。つまり、内容を詰め込むほど、読むのに時間がかかると思われその場では読まれなくなる。そして結果的には読まれない、ということになります。
誤解2: ポスターは論文の縮小版である
ポスター内に論文の構成をそのまま踏襲し、Introduction、Methods、Results、Discussionと丁寧に並べる。すると論文と同じ構成なので正確かつ分かりやすいはず、と思って作ったそのポスターは、3分間眺めても何がすごいのか伝わってこない。これは一体なぜなのでしょうか?
論文はじっくり時間をかけて読むものです。読者は背景から順番に読み進め、方法を理解し、結果を確認し、考察で意義を理解します。しかしながら、ポスターは立ち止まって3秒で判断されるものです。その3秒で興味を引かなければ、どんなに正確に書いても読まれることはありません。論文は「詳細に記録する」もの。ポスターは「要点を伝える」もの。媒体によってそれぞれ目的が違うのです。
誤解3: ポスターは教授や共同研究者への報告書である
指導教員や共同研究者に見せることを意識しすぎて、ポスターに専門用語や実験条件を細かく書き込んでしまう。先生に怒られないように全部載せておこうと思って作ったポスターが、結果同じ分野の研究者にしか理解されずに終わる。これは何が良くなかったのでしょうか?
学会には、様々な分野の研究者が集まります。あなたの分野に近い人もいれば、隣接分野の人、全く異なる分野の人もいます。専門用語だらけのポスターは、隣接分野の人を遠ざけ、新しい視点や思いがけない共同研究の芽を自ら摘んでしまうのです。
では、実際のポスターの役割とは何か?
ここで、学会会場の現実をもう一度想像してみましょう。パシフィコ横浜の展示ホール。50枚、100枚のポスターが一堂に並んでいます。参加者は昼食後、興味を引くものを探して歩いています。あなたのポスターの前を通過するのは、わずか3秒。
その3秒間で、参加者の脳内ではこんな判断が行われているかもしれません:
- 「このタイトル、面白そう」→ 0.5秒
- 「中心の図は何を示しているんだろう?」→ 1.5秒
- 「自分の研究と関係あるかな?」→ 1秒
この瞬間に参加者に「立ち止まって話を聞きたい」と思わせられなければ、どんなにあなたの研究が優れていてもそのまま過ぎ去ってしまいます。つまりポスターは、研究成果を「記録」するためのものではないのです。研究の核心を一瞬で伝え、「もっと知りたい」「発表者とこの研究について話したい」という好奇心を掻き立てる——。いわば、研究の「予告編」なのです。
ポスターの魅せ方とは
映画の予告編を思い出してください。2分間の予告編は、2時間の映画のすべてを見せることはありません。ストーリーを最初から最後まで説明することもありません。予告編がやっていることは次のようなことです:
- 最も印象的なシーンを見せる
- ストーリーの核心をチラッと示唆する
- 「続きが見たい」と思わせる
こうして、観客は映画館に足を運びます。
ポスターにおいてもまったく同じです。
- 最も重要な発見(Key Figure)を大きく見せる
- 研究の核心を簡潔に示す
- 「詳しく聞きたい!」と思わせる
すると、参加者はあなたのポスターの前に立ち止まり、「これ、面白いですね。もっと詳しく教えてもらえますか?」と声をかけてくれるでしょう。詳細なデータや実験条件は、その時に直接対話しながら共有すればよいのです。
ここで、もう一つ重要なポイントとして「空白」があります。例えば、完璧に書かれたポスターを前にしたとき、多くの人は「へえ、すごいですね。ご苦労様でした」と言って別のポスターの方へと行ってしまいます。しかし、ちょっとした「空白」や「見えない部分」があるとどうでしょう?
- あれ、この図、どういう意味だろう?
- この結果、発表者はどう解釈してるんだろう?
- この実験、どうやってやったんだろう?
こうした疑問が自ずと湧いて出ます。実は、“気になる部分”というのは、戦略的に余地を残すことでうまれる「対話の入口」になるのです。余白は、決して手抜きなどではありません。「何を載せるか」と同じくらい、「何を載せないか」が参加者との対話のために重要になってきます。
あなたのポスターをチェックしてみよう
最後に、もしあなたが今、ポスターの原稿を作っている最中なら、少しだけ手を止めてこう考えてみてください。
「このポスターを見た人は、私に何を聞きたくなるだろうか?」
もしその答えがすぐに浮かばなければ、それは情報が詰まりすぎているサインかもしれません。明日、もう一度ポスターのデータを開いて、思い切って削ってみましょう。そのとき初めて、「何を伝えたいのか」や「どこに余白を残すのか」という本当の意味が見えてきます。
ポスターは、研究の最終形ではなく、新しい出会いと発見のきっかけです。いわば、あなたの研究の世界へ人々を招く、“オープンな招待状”なのです。この視点を持つことで、きっと「何を載せ、何を削るか」の判断基準が明確になり、その一枚が次の挑戦への扉を開くはずです。
次回は、実際にポスター発表に申し込む際の具体的な手順と注意点について見ていきます。パシフィコ横浜で開催されるMBSJ2025を例に、申し込みから要綱確認までの流れを詳しくご紹介します。

