「日本の財政・社会保障制度を問題点を含めて海外に伝えたい」林 正義先生(東京大学 大学院経済学研究科・経済学部 教授)

東京大学大学院経済学研究科の林正義先生にインタビューをさせていただきました。大学生時代の語学留学をきっかけに、論文を書くことの楽しさに目覚めたという林先生。日本の地方財政と税をテーマに、実証分析を用いた論文を執筆されています。林先生には研究内容から日本の生活保護の問題点、論文執筆のモチベーションなどについてお話いただきました。

※聞き手 遠藤元基、近田レイラ(カクタス・コミュニケーションズ株式会社)インタビュー実施日: 2018年9月18日
(以下、本文敬称略/肩書、ご所属等はインタビュー当時のものです)
目次

大学時代に語学留学をしたことがきっかけで、論文を書く仕事に就ければいいなと思いました。

―――まずは、先生が研究者を志したきっかけを教えていただけますか?

(林) 研究職を志した理由は、やはり自分の関心のあることについて論究して、それを文章にして他人に伝えたることで食べて行ければ良いと思ったからでしょうね。ただ私、中高生時代は作文が大の苦手で、将来、文章を書くことが必須の仕事に就くとは思ってなかったです。転機になったのは、大学を1年間休学して、米国の大学にある語学コースで学んだことです。まあ、授業料さえ払えば誰でも可能な、いわゆる「語学留学」なんですが、そこでは上級者向けにタームペーパー作成の技法を教えてくれるコースがあって、そこで学んだことが大きな契機になりました。そこで初めて、議論の作法や論文の書き方を理解できましたし、自分の関心のあるテーマについて調べて議論を展開することの面白さも実感できたと思います。それからは論文を書くのが楽しくなって、帰国して複数の懸賞論文に応募したりしていました。当時は経済学ではなく、政治学、特に国際政治学を勉強していましたが、国際問題の懸賞論文大会でも何度か賞を頂くこともあって、調子に乗って論文を書く仕事に就けるといいなとは思っていました。実際、国際政治学の研究を続けるために5年一貫の博士課程に進学したのですが、いろいろあって2年間で中退し、民間のシンクタンクに就職しました。まあ、シンクタンクといっても日本の場合は、単なる、受託調査会社ですけどね。

―――シンクタンクには何年間ほど在籍されたんですか。

(林) 8年間です。ただ、内3年間は経済学の学位をとるために休職しました。丁度29歳になる夏で、カナダの大学への留学でした。私にとって初めての経済学の学位課程ですから、休職期間の上限である3年間で博士号を取得するのは諦めて、初めの1年で修士課程修了、2年目に博士課程への編入、残る2年間で博士論文提出資格の獲得を目指しました。何とか目的は達成し、留学中に博士論文の概要も固めることができましたので、あとは帰国後、平日は働きながら、主に週末を利用して博士論文を完成させました。帰国から1年後の夏に数週間休みをもらって口述試験の為に大学に戻り、留学開始から4年かけて学位を取得しました。

―――国際政治学から、経済学の分野に転向されたきっかけは?

(林) 数量分析に惹かれたというのがあります。現在ほどではないのですが、政治学でも当時から数量的な手法や数理モデルを用いた研究がありましたし、関心をもってフォローしていました。経済学で使われているほどには洗練されてはいませんでしたが、そこで用いられているツールは、統計学やゲーム理論ですから、通じるところは多分にありました。当時は国際公共財の供給問題に興味があったので、必然的にいわゆる公共経済学と呼ばれる分野を選択したということですかね。

日本の地方財政の課題を発信するのは本当に大変ですが、1つのミッションだと思っています。

―――現在のテーマのひとつが地方財政ということですが、こちらについて詳しく教えていただけますか?

(林) 私の専門としている財政のうち、特に取り組んできた分野は、地方財政と税制の2つです。地方財政に関しては、英語でFiscal federalismと呼ばれている領域になるでしょうか。これは、政府による課税や歳出に関する財政的な意思決定が、政府間で互いに影響を与えるような相互依存関係にある状態のとき、どのような不都合が起こるか、不都合が起こるときには、どのような解決方法があるかを探る分野です。これは国際政治学や国際関係論にもつながるところがあります。要するに公権力体が複数存在して、並列して存在してる状況ですから。国際関係だとここに武力の問題も入ってしまいます。地方財政の場合は、当然武力の要因は除外されるのですが、分権が進んでしまうとやはり不都合が起こって、政策のコーディネーションが必要になるという話です。アメリカやカナダなどの連邦国家の場合は、州の権限が大きいですから、昔からそういった州間や州と連邦政府との政策調整の問題は国の制度をつくる上において重要である訳です。

また、ちょうど私が経済学に進んだ当時はEU統合も進んでおり、市場統合のなかでEU加盟国がそれぞれの財政施策をどう調整していくかという課題は学問的にも大きく注目されていていました。指導教授もその分野の権威だったこともあり、そういった流れの中で国際政治学のバックグラウンドを持っている自分が、Fiscal federalismの研究に進むのは自然な流れだったんでしょう。

なお現在では、地方財政に関する研究は主に地方財政データを用いた様々な実証分析を行っています。

―――地方財政のデータというのは、自治体レベルでしょうか?

(林) 主に市町村単位のデータです。日本の場合は総務省がちゃんとデータを集計していて、非常に利用しやすい形になっています。20年ほど前は必ずしもそうじゃなかったんですけど、今ではかなり細かいデータまでウェブサイト上からダウンロードできるようになっています。

―――自治体レベルでデータにぶれがあったりとか、そういうことはありますか?

(林) 自治体が提出したデータが集計されているので、ある程度はそうかもしれないですね。ただし、統一的な基準であれだけ細かな自治体データを提供できている国は、日本ぐらいではないかなと思っています。だから、そのような豊かなデータを用いた日本の地方財政研究を海外に発信することが研究上のミッションかなとは思ってます。それでも、ちゃんとした海外の査読誌に掲載されるためには、日本に興味が無い海外の研究者にも興味を持ってもらう必要があります。そのためには、例えば、国境を越えて広く興味を引くような一般性を持ったテーマや政策課題を分かりやすく提示して、日本の地方財政データを使うとそれらが上手く分析できますよ、と示さなければならない。アメリカの研究者だったらアメリカの国内的な課題があって、それに関して適切な分析を行っている論文を書けば、そこそこのジャーナルには採択されるでしょう。ただ、我々がそれと同じように日本の課題について英語で論文を書いたとしても、なかなか海外の査読者は興味を持ちませんよね。

だから、日本の地方財政データを使った実証分析が海外の主要な学術誌で掲載される為には、さらに一工夫が必要になります。日本でも政策課題は沢山あるので日本の地方財政に関する研究トピックを見つけること自体はそれほど難しくないのですが、その実証研究を海外の研究者が興味をもつように組み立てるのは別問題です。一部の財政研究者は頑張ってやられていますが、多くの場合、途中で心が折れるんじゃないでしょうか。日本の地方財政を扱った実証分析だと、トップジャーナルどころか中堅のそれにも簡単には採択されませんからね。実はこういっている私自体も、初期の研究では日本以外のデータを使って論文を書いていたくらいでしたから。

海外の研究者が興味を持っても、次には、関連する日本の財政制度を分かりやすくコンパクトに伝えるという作業が必要になります。日本語でさえ財政制度を理解するのって大変ですよね。日本の地方財政データを用いた実証分析の場合、制度の説明が必要になるのですが、20ページから25ページぐらいある論文の内、長くても3ページぐらいしか使えない。長すぎると査読者から短くするように注文がつく。その中で言いたいことを伝えるのは容易ではない。一般的かつ抽象的な理論研究だったらそのような必要もないとは思うのですが、日本独自の制度が関係してくると厄介ではありますね。

ベースは好奇心英文校正会社さんには単に英語の正確性だけじゃなく、プラスアルファのことを期待します。

―――先生は学生時代からずっと英語論文を書かれていらっしゃったんですね。

(林) 高校生の頃から語学には興味はあったので、英語に関しては自分でもプラスアルファの勉強はしていましたね。

―――どういったきっかけで最初に英文校正会社を使われましたか?

(林) 英語に関しては多少なりとも自信はあったんですけど、どうしてもケアレスミスをする訳です。人の名前を間違って綴っていたり。。。スペルチェックも完璧ではないですしね。そういうミスを無くしたり、英語表現を洗練したりすることで、少しでも採択確率を上げたいという期待がありました。加えて、英文校正の際には単に英語の正確性だけではなくて、議論のフローとか、この表現方法は外国人だったらどう理解されるかとか、そういったプラスアルファのことを見てもらいたいという期待があります。東大に移動する前は他社さんを使っていました。

―――2011年からはずっとエディテージのプレミアム英文校正プラスをお使いいただいておりますね。

(林) そうですね。プレミアム英文校正プラスを使っています。多くの場合、査読過程では修正要請がでますので、一番初めに投稿した論文がそのままの形で載るケースはほとんどないですからね。査読の過程での摩擦は少なくしたいですし、学術誌のエディターや査読者との受け答えの部分には万全の備えが必要だと考えています。母国語ではないコミュニケーションとなりますから、そこまでのサービスがあるのはやはり有り難いです。

―――今後、エディテージに期待するサービスはありますか?

(林) 私は、エディテージさんの英文校正を受けた論文で学術誌に採択されたものは、記録のためにもそちらのウェブサイトで報告していますが、他の研究者の方による採択論文についても、どの校正者が担当しているかを確認することができれば良いですね。例えば財政や公共経済分野の論文で採択された論文タイトルの一覧とともに、それら論文の校正者の一覧があれば、自分が現在執筆している論文をお願いする校正者を選択する際の重要な基準になります。他の研究者の皆さんも、少なくとも自分で採択を報告してるものに関しては、このようにタイトルが共有されることには抵抗ないのではないでしょうか。

―――ケースバイケースで、発注いただく際に校正者のプロフィールをいくつか用意してほしいっていうときにリクエストいただければ、お出しすることは可能ですね。

(林) 毎回メールを通じて連絡するのは面倒なので、特定の分野の校正者が担当した論文のタイトル一覧が、ウエブページをクリックすることによって自由に見ることが出来たらベストですね(笑)。

財政制度や社会保障制度がどのように個人の行動に影響を与えてるか、世帯単位のデータを使った研究も行っています。

林) 財政を研究するにあたって、特に税は避けて通れないトピックです。¬地方財政もそうですが、税の場合も制度を理解するだけでもかなりの労力を費やさなければなりません。そして税制を経済学的に研究する場合はそれだけではなく、こういった税を導入したら経済主体の反応がこう変わって、結果として資源配分や人々の厚生にどのような影響与えるかといった点まで議論する必要があります。日本では理論的な研究は行われてきたのですが、実証分析は十分ではありませんでした。ちゃんと世帯ごとの個票データを利用して、実際の税制を反映した形で計量経済学的な分析を行って、例えば税が1%変化したときに労働供給は何%減るか、といった研究ですね。そういった研究は海外では盛んに行われて来たんですが、私が研究を始めた頃の日本では十分ではありませんでしたね。本来なら30~40年前には行われているべきであった研究から手をつけていきました。

――― 今回の科研費の研究テーマは生活保護ということですが、こちらはいつから取り組んでいらっしゃるのでしょうか。

(林) 生活保護自体は2006年ぐらいから続けてるテーマです。当時は、経済学者による生活保護を対象とした研究は十分に行われていなかったのですが、科研費を利用して研究会を立ち上げ、その成果として2008年に研究者4人で、『生活保護の経済分析』という研究書を出版しました。生活保護の研究はその時から縷々と続けていますが、今までは主に地方財政の観点から続けてきました。生活保護は原則、町村部分は都道府県、市部分は市が実施していますから、地方財政も重要な要因となります。また生活保護給付額の75%は国が補助しており、国は財政再建の観点から地方財政に対していくつかの問題提起をしていました。たとえば国の補助を増やすと必要以上に生活保護費が拡大するとか、ケースワーカーを十分に配置していないと濫給につながるとかの主張ですね。しかし、このような命題は適切に検証されてはおらず、しっかり分析すべきという思いが強くありました。
これらの研究では市町村単位のデータを利用しているのですが、今回の科研費による研究では、地方単位のデータを用いた分析ではなく、税の研究で利用していたような世帯単位のデータを用いた分析となります。つまり、世帯単位の生活保護データを用いて、生活保護制度の変更が保護世帯の行動に与える影響を推定することを計画しているところです。

――― 具体的にどのような実証分析をされているか教えていただけますか?

(林) 現在はデータ申請を準備している段階で、まだ具体的な作業は行っていませんが、昨年秋の科研費申請の際に提出した計画書では次のような計画を立てています。生活保護の給付額は、受給者が自分でお金を稼げる場合は、国が決定する「健康的で、文化的な最低限度の生活」を補償する金額から自分で稼いだ金額を引いた残りが給付費になります。したがって、例えば今月頑張って1万円自分で働いて手に入れると、生活保護給付費が1万円減るわけです。働いて稼いだ分だけ給付が減ることになるのですから、そうなると誰も働きたくないですよね。実際の生活保護制度には、そういうことが起こらないように、ある一定金額までなら給付を減らさないいう控除制度があります。その制度が数年前に変更されているのですが、その効果について検証することを計画しています。

(林) いまひとつは、これは生活保護に限ることではないのですが、政府からの給付額が上昇すると、受給者は働かなくなるという議論があります。生活保護の給付水準は市町村の種類~これを「級地」というのですが~によって異なっています。2000年代の中ごろに多くの市町村合併行われ3000以上あった市町村数が1700位に減りました。異なった級地の市町村が合併する場合、合併の多くでは、生活保護の給付水準は高い方の級地に合わせることになります。となると、先の市町村合併では合併しただけで給付額が上がってしまうケースが存在しました。この合併によるその変化を通じて、給付額が上がったときの労働供給の効果を検証しようというのが2つめの計画です。合併が行われていた当時から、研究者の間ではこの合併を通じた変化を利用する点ついては議論されており、最近では市町村単位の集計データを用いた研究が発表されていますが、今回は、保護世帯データを用いて再度検証しようという試みになります。

――― いわゆるビッグデータを使うということでしょうか?

(林) 計画では生活保護を受給している全世帯データ申請して利用することを予定しています。このデータ申請が通れば、保護世帯数は現在160万世帯を超えていますから、そうなりますね。

――― 和文誌への投稿はされますか?

(林) しますよ。財政の分野でも、海外の研究者は興味をもたなくても、日本人にとっては重要で、日本人を対象として書かないと意味がない研究トピックもありますから。近年では、内容も見ることなく画一的に、海外の英文査読誌に掲載された業績だけが評価され、邦語査読誌に掲載された業績は評価されない傾向がありますが、本来はそれぞれの文脈において、内容に応じて邦語論文も評価されるようになると良いですね。海外の人は興味持たないけど日本国内ではとても意味のある重要な論文は確かに存在しますから。

書いて面白いと思うことは書きたいし、自分が面白いと思う場合は人に伝えたい。

――― 日本のデータを使って英語論文を書き続けるモチベーションはどういったところにありますか?

(林) やはり、書いて伝えたいというのがまずあります。社会的な使命とかの大げさなことではなく、単に、書いて面白いと思うことは書きたいし、自分が面白いと思う場合は人に伝えたいというだけでしょうか。

――― 本当に書くことがお好きで、ということですね。

(林) かといって、四六時中書いていたいという感じでもないんですけどね。そうすると頭がパンクしちゃいますし、間を置かないと効率的な執筆はできませんし。ただ、何か書かなければならないという脅迫観念は常にあります。

――― 論文を通じて何か達成されたいことっていうのはございますか?

(林) まじめに考えたことないですが、やはり日本の財政・社会保障制度について、その問題点を含めて、海外に発信して伝えたい、っていうのはありますね。本当はもっと多くの研究者がやるべきことなんでしょうが、海外の査読誌における採択の効率性から考えると難しいのかもしれません。特にトップジャーナルでの採択を目指している若い人はやらないでしょうね。日本のデータより、アメリカや海外のデータを使ったほうが採択されやすいでしょうから。私の論文で最も引用されてるのはカナダのデータを用いた論文ですが、例えばあれと同じものが日本のデータを用いて分析が可能で、例え論文になったとしても、主要な学術誌に採択され、あれだけ引用されるかは怪しいところです。
ただ、Research gateの私のページでは、他の論文と共に日本の社会保障制度を解説した英語論文をアップしてるんですけど、意外とアクセス数が多いのです。単に制度を解説した8年前の論文ですから、学術的な新規性はありませんし、内容もアップデートする必要があるのですが、海外の多くの方が読んでくれています。特に途上国からのアクセスが多いようです。代替になる分かりやすい資料が少ないないのかと思いますが、そういった意味では日本の財政・社会保障制度を海外に発信することで多少なりとも貢献できてるのかなとは思います。日本の制度を理解することで外国の財政・社会保障制度の運営に役立つ可能性があるのならば、日本の財政・社会保障データを利用した研究を発信し続ける意味はあるんでしょうね。

――― 貴重なお話、本当にありがとうございました。

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この記事を書いた人

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