著者資格(オーサーシップ):進化し続ける概念

著者資格(オーサーシップ):進化し続ける概念

 [本記事はウォルターズ・クルワー(Walters-Kluwer)社の著者向けニュースレター、Author Resource Reviewに掲載されたものを、許可を得て再掲載したものです。]

科学・医学出版における著者資格(オーサーシップ)の定義と役割は、近年ますます複雑になってきています。社会科学、人文科学、法律学などの分野では、研究論文1本の執筆に3、4人が協力したとみなすのが自然でしょう。しかし科学の分野では、研究や報告の仕方の性質が異なるため、「著者資格」をはっきりと区別することが難しくなってきています。より具体的に言うなら、例えば、研究の着想やデータ分析に重要な貢献をしていれば、論文の本文を実際に執筆していなくても著者とみなされることがあります。インターネットによって情報共有やプロジェクトでの協力が格段に容易になり、研究者たちは国を跨いで密接に連携しながら研究できるようになりました。一方で、学術論文の執筆における共同作業や共著者資格の増加に伴い、「著者」と「貢献者」の区別が難しくなっています。また、貢献者が共著者として功績を認めてもらうことを望む傾向がますます強まっています。この背景には、研究助成金の申請、大学や研究機関でのテニュアの取得、規定の論文数を出版することへのプレッシャーがあります。


ICMJE統一投稿規定

国際医学雑誌編集者委員会(International Committee of Medical Journal Editors、ICMJE)は、著者資格の定義に関するガイドラインを設けています。1共同研究の増加に対応するため、これらのガイドラインは長年にわたって改訂が重ねられてきました。ICMJEのメンバーであるウォルターズ・クルワー(Wolters Kluwer)社では、ICMJEのガイドラインに従った著者資格の定義を適用しています。同社では、「著者」として貢献者が記載されるためには以下の4項目を満たす必要があるとしています。

  • 研究の着想やデザインに意義深い貢献をしたか、あるいは研究データの取得、分析、解釈に意義深い貢献をした
  • 研究論文を起草した、あるいは重要な内容に関わる大幅な修正を行なった
  • 発表する論文の最終版を承認した
  • 研究の正確性と整合性に関する疑問をあらゆる側面から適切に調べて解決したことに対して責任を持つことに合意している2

上記の規定は厳しすぎると考える研究者もいますが、これは、著者資格という概念をしっかりと守ることで科学的整合性を保つことを目的として作られたものです。読者は空疎な名前の羅列を見たいわけではなく、誰が主たる責任者なのかを知りたいのです。3 ICMJEの定義に従えば、「主たる責任者」のみが認識され、責任ある立場であるとみなされます。しかし、ICMJE統一投稿規定による著者の定義に異議を唱える人もいます。なぜなら、この定義によると、著者は論文作成のすべての段階に関与しなければならないからです。また研究者には、研究仲間の重要な貢献を認めてあげたいと思う気持ちがあります。ゴーツ(Goetze)氏とラインフェルド(Reinfeld)氏は「“The Men Who Stare at Science”(科学の見張り番たち)」という論説で、書くことは「業績のためにも新たな考えを生み出すためにも必要不可欠」であるため、ベテランの科学者が「ペンを取って(キーボードで)執筆する機会をもっと増やすべきだ」と主張しています。4


歴史を概観する

著者資格の歴史をざっと振り返って古代までさかのぼってみると、著者資格の概念が所有や独自性という概念と結び付けられるようになったのはごく最近だということがわかります(下図「著者資格の現代的解釈の起源」を参照)。プラトンは著書『法律』で、知的所有権も含めて「所有という意味を持つものをすべて排除する」べきだと述べています。5プラトンは独自性の概念を否定し、新しい知識は学び直すことで得られるものだと考えました。5しかし古代の著者が皆このように考えていたわけではなく、自分の作品は自分の功績だと考える人もいました。例えばヘロドトスの有名な著作『歴史』は、「ハリカルナッソスのヘロドトスはその探求したところを、ここに記す」6という書き出しで始まります。ヘロドトスは参考文献の正確な引用について明確なルールを作りたいと思っていましたが、古代には執筆者と演説者が同じ資料を共有し、互いに借用しあっていたため、剽窃はよくあることでした。7

 

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テキストの所有者は著者であるという概念は、ルネサンス時代に生まれました。特にアン法(1710年)では、出版社ではなく著者に所有権が与えられました。このような展開が印刷機の発展と時を同じくしていたことは驚くにあたらないでしょう。この時期における著作権の初期形態では、内容そのものは著者権の対象とされていないものの、8ロマン主義時代に知的所有権という概念が発展していくための重要な布石となりました。ロマン主義運動で個人の重要性が強調されるようになると、19世紀には知的創造活動の所有権法が整備されることになりました。8個人主義的な考え方はその後、20世紀半ばの文学理論におけるポストモダン批判によって異議を唱えられることになります。特にロラン・バルト(Roland Barthes)は、ロマン主義における個人主義と所有を否定しました。今日では評判の悪い「作者の死」(“The Death of the Author”)(1967年)でバルトは、著者の意図をテキストから切り離すべきだと説いています。バルトは著者を中心から追いやり、著者の過去や経験を知ることによってその作品への理解が深まるとする伝統的理論に異議を申し立てたのです。


現代の「著者」

2015年3月、米国遺伝学会誌G3: Genes|Genomics|Genetics に1000名以上の著者によるショウジョウバエのゲノムに関する論文が掲載されたのを機に、著者資格と貢献者資格に関する議論が再燃しました。9バルトの理論でいわれるように、「著者」が所属機関などの学術的背景の代表にすぎないならば、その創造過程に直接関わった人全員を著者に含めてもよいのではないでしょうか。10 大学院生の一人一人がデータ分析を手伝っていたとすれば、ICMJEの規定する著者資格の主要項目を満たしていることになります。論文の元となる事柄に関わった人を著者と考えるなら、論理的には、共著者として掲載された一人一人が、わずかであっても論文の著者資格にふさわしい貢献をしたことになります。もう一歩踏み込んで考えると、論文を引用する際、共著者はW. Leung et alのように表記されるため、そのアイデンティティは第一著者(first author)に集約されてしまいます。論文では従来から“et al”が用いられているので、共著者の数は大きな問題ではなくなります。

歴史を振り返ってみると、文章を書くことは個人的行為とみなされるのが普通でした。人は、一つの論文もしくはアイデアを、一人の名前と関連づけたがるものです。エドワード・ジェンナーと最初のワクチン製造、アレクサンダー・フレミングとペニシリンの発見、マリー・キュリーと放射線療法の発展などがその例です。しかし最近の科学論文は、一個人の業績ではなく共同研究の結果として書かれるようになったため、第一著者というジレンマが生じることになりました。1996年には、著者の列記方式を映画のクレジットのように再構成し、著者資格・貢献者・謝辞に階層を設けることが提案されました。11この考え方は著者資格を定義し直すものではありませんが、重要な貢献を別な形で評価しようとするものです。この方法は一見良さそうに思えますが、誰を著者あるいは貢献者として掲載するのか、という問題を解決できるものではありません。

BioMed Centralは最近この問題を解決するための策として、各著者の論文への貢献度を正確に表す「著者貢献バッジ」 (Author Contributorship Badge)を導入することを提案しました。12この方法は、BioMed Centralのオープンアクセス/オープンデータジャーナルGigaScienceで試験的に導入されています。著者の列記方法は従来と同じ形式であるものの、ウェブサイトに「バッジを見る」(“Open Badges”)というリンクが貼られ、「データ収集」、「方法」、「レビューの執筆」など、論文作成時の役割が10個のバッジで示されています。各バッジにはそれぞれの役割を果たした著者がリストアップされており、複数の役割を担った人は複数のバッジのリストに含まれることもあります。BioMed Centralの共同発行者(associate publisher)であるエミ・ケノール (Amye Kenall) 氏は次のように述べています。「著者貢献バッジを用いることで、重要でありながら従来の方法では認識しにくかったスキルや知識や行為を把握しやすくなりました」。13このバッジ方式によって、ICMJEの著者資格の定義が新しい形で示されることになります。ICMJEが定義する各項目が、少なくとも1つのバッジで表されることになります。このバッジ方式がうまく行けば、著者や出版社による著者資格の定義が大きく変わることになるかもしれません。

 

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※上図は許可を得てhttps://www.mozillascience.org/contributorship-badges-for-science-view-them-nowから再掲載。


著者資格の今後

出版界で最も重大な変化は、デジタルメディアへの移行と印刷物の衰退です。著者がジャーナルに論文を投稿する場合、配布方法にはもはや制限が設けられていません。つまり、論文を寄稿すると、それは印刷版とオンライン版で出版されるだけでなく、ソーシャルメディア上で共有され、さらには宣伝材料として使われる可能性もあるのです。

公開の形態がいくつもあるということは、ブログを考えてみるとよくわかります。ブログを書く人は、自分が書いたものがシェアされ批判され、さまざまな方法でリンクされることで、それがブログの単なる一記事や一テキストにとどまらず、広大なテキスト・ネットワークの一部となることを知っています。テキストはもはや完成された記事ではなく、「会話が続いている」14状態で、さまざまなバージョンや段階を経ながら変化し続けるものといえます。テキストは、オンライン限定であれ、印刷物の補完物であれ、変化し続けるという前提があるのです。特にブログにあてはまることですが、インターネット上にテキストを掲載すれば、すぐに公開されて評価の対象となります。ブログはあらゆる閲覧者のフォーラムとなります。その結果1つのテーマに対して多くの意見が集まり、他方ではコメントが追加されてさらに新しいテキストが作られていきます。

ブログなどのオンラインフォーマットにみられる流動的な性質から、「バージョニング」という概念が生まれました。これは本来、「改善・アップグレード・カスタマイズによるバージョンの違いはあるが、同じ一般的機能を持つ製品の生成および管理」15 と定義されています。同様に(または派生した形で)、著者は、ある記事に変更を加えます。追加や改良を加えながら一定の流れを作り、より役立つ内容に仕立てます。その過程で著者が増えることもあります。バージョニングにより、読者はテキストの言葉だけでなく、テキストそのものが進化していく過程を通して科学のプロセスを見ることができるようになります。書くという行為は、この変化のプロセスを通じて、書くことそのものあるいは1つの文章の完成させることを離れ、発展・発見にその姿を変えて行くのです。そうなると、著者はもはや個別の著作物で特定されることはなくなり、総体としての著作で特定されることになるのかもしれません。

しかし、より流動的な執筆スタイルや著者資格が広まれば、剽窃という問題の増加は避けられません。剽窃の古来の観念は、論文執筆に関わった人全員を著者として掲載し、本文で借用または使用した内容に対して相応のクレジットを行うことです。テキストがより流動的で変化し続けることになれば、剽窃(意図的であってもなくても)を回避することはできないでしょう。テキストが常に書き換え可能であるという考え方は、研究の妥当性やさまざまな著者の貢献について多くの疑問を呈することになります。著者は、著者とみなされるに足る程度に研究に関与したのだろうか? 著者というより「キュレーター」(管理者)なのではないか? 研究の質よりも量が重視されていないか? 多くの変更が加えられた後で、誰が論文の第一著者に選ばれるのか? 原著者は、自分たちの論文が公開後に変更を加えられることについてどう感じているのか? そして最も重要な疑問は次のものです:論文が常に変化し続けるなら、出版社や読者は研究の妥当性をどのように確かめればよいのか?

より一層のデジタル化が進む現代、著者資格の概念を再構築するためには、これらの疑問について議論を続けていく必要があります。私たちは、様々な面でデジタルメディアがもたらす新しい自由を謳歌しながら、同時に印刷物の伝統を維持し、もっとも進歩的な著者資格の定義を見つけようとしているのかもしれません。「著者貢献バッジ」は悪くない解決策ですが、オンライン版限定です。著者資格の定義が、デジタル化の進む現代にふさわしい明確さと柔軟性を備えたものになるよう、学術界と出版界で議論を続ける必要があることは間違いありません。現在のところ、ICMJEのガイドラインでは、著者別の承認と著者全体としての承認を担保する著者資格の定義を定めています。この定義も、デジタル化の波を反映してやがては修正されて行くはずですが、現状ではこのガイドラインによって「著者」の意味するところが明確に表されています。


参考文献

  1. The New ICMJE Recommendations (August 2013). The International Committee of Medical Journal Editors. http://www.icmje.org/news-and-editorials/new_rec_aug2013.html
  2. Defining the Role of Authors and Contributors. The International Committee of Medical Journal Editors.http://www.icmje.org/recommendations/browse/roles-and-responsibilities/defining-the-role-of-authors-and-contributors.html
  3. Scott T. Changing authorship system might be counterproductive. BMJ 1997; p. 744
  4. Goetze, Jens P.; Rehfeld, Jens F. The men who stare at science. Cardiovascular Endocrinology 2015; p. Published ahead of print.
  5. Hamilton E, and Cairns H (Translators). Plato. The Collected Dialogues: Including the Letters.   Princeton, New Jersey: Princeton University Press; 1961.
  6. Holland T (Translator). Herodotus: The Histories. London: Penguin Classics; 2013.
  7. Anderson J. Plagiarism, Copyright Violation and Other Thefts of Intellectual Property: An Annotated Bibliography with a Lengthy Introduction. Jefferson, North Carolina and London: McFarland & Company, Inc., Publishers; 1998.
  8. Velagic Z, Hasenay D. Understanding textual authorship in the digital environment: lessons from historical perspectives. Proceedings of the Eighth International Conference on Conceptions of Library and Information Science, Copenhagen, Denmark; 2013
  9. Leung, W. et al. Drosophila Muller F Elements Maintain a Distinct Set of Genomic Properties Over 40 Million Years of Evolution. G3: Genes|Genomics|Genetics. 2015.
  10. Woolston, C. Fruit-fly paper has 1,000 authors. Nature. 2015.
  11. Godlee F; Definition of “authorship” may be changed; BMJ. 1996 Jun 15;312(7045):1501-2.
  12. BioMed Central first publisher to implement Author Contributorship Badges, a new system which improves how publishers credit scientists. BioMed Central. 2015http://www.biomedcentral.com/presscenter/pressreleases/20151001b
  13. BioMed Central first publisher to implement Author Contributorship Badges, a new system which improves how publishers credit scientists. BioMed Central. 2015http://www.biomedcentral.com/presscenter/pressreleases/20151001b
  14. Fitzpatrick, K; The Digital Future of Authorship: Rethinking Originality; Culture Machine; 2011, Vol 12, www.culturemachine.net
  15. Versioning Definition. 2007. http://searchsoftwarequality.techtarget.com/definition/versioning

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