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「新分野を目指す科学者へ〜プロト・エレクトロニクスの創成を目指して」田所誠先生(東京理科大学)

Editage Insights | 2014年1月21日 | 16,310 ビュー
田所誠先生

田所先生が錯体化学の研究を始めたきっかけについて教えてください。
 

東京理科大学で修士過程まで過ごした後、九州大学の3年間で博士を取りました。大学院博士課程修了後は岡崎の分子科学研究所で助手として2年半、そして大阪市立大学理学部に助手から、講師、助教授まで10年間いました。何の因果かわからないのですが、現在は母校である東京理科大学理学部化学科に戻って教鞭を執っています。

 

母校に再び戻り、学生へのご指導と研究をされるということは、とても素晴らしいことですね。

錯体化学を始めたきっかけは、大学4年の時に卒研配属した研究室の山村先生の影響が大きかったです。本来であれば、生物化学を専攻したかったのですが、当時の東京理科大学理学部は生物化学の先生が退職したために、その分野の研究室がない状況でした。「生物?某~」と名前がついている研究室を見て(新研究室の第一期生になれることもあって)、「あ、ここにしよう!」と「生物無機化学」を専攻できる山村研究室を選んだことが錯体化学を始めるきっかけになりました。このように錯体化学を始めた理由は、なにげないものです。実際その研究室に配属されてみると、研究室名の「生物」とは名ばかりで、無機化学分野の「錯体化学」を研究することになりました。しかし、「生物無機化学」は非常に新しい分野であり、魅力的で、勢いのある分野でした。研究も日本語の教科書などはほとんどなく、自分たちが英語論文を読んで新しいことを学んでいくことが多かったのが印象的です。このような分野は、勉強をすればするほどのめりこんでいきます。一方、理科大の理学部の研究室は、狭い研究室スペースに沢山の学生がいることで有名でした。その当時の同期の4年生が研究室に12人いました。その中で山村研の修士課程に残ったのが、私を含めて3名でした。山村研は、私たちが1期生となった始まったばかりの研究室であり、山村先生には直に何でも教えてもらったために、私は教授になった今でも先生には頭が上がりません。当時の山村先生はとても怖い存在で、私がなぜか一番怒られていました。例えば、実験中、研究室である学生がガラス器具を割ってしまうと、次に火の粉は私の方に向いて、「田所が実験でガラス器具を割るから、割ってしまうのだ!」と怒られました。(何故か怒られるような不幸な境遇だったようです)実験でガラス器具を割ってしまうのは、一生懸命やっていればしょうがないことです。何事に関しても、厳しかったですね。しかし、現在配属された学生をもってみて、初めて先生の心情が理解できたような気がしています。当時の研究室にはエアコンがついていませんでした。「グローブボックス」(空気中では取り扱えない不安定な物質を取り扱うための実験器具)周辺では、常に酸素を除去するための発熱機器が作動しているため、外気温が34℃くらいでは室内温度は40℃を超え、汗まみれで実験していました。ちょっとしたサウナのようです。2時間くらい実験しているとフルマラソンを走ったかのように、顔の下には汗の池が床にできてしまうほどです。現在の一般的な研究室では安全上、40℃以上の気温の中で何かを作業するということはほとんどないでしょう。今は、室内の実験室であればどこでもエアコンがついています。このような時代と比べると現在の実験室はかなり恵まれています。

 

本格的に錯体化学の研究を始めたのは九州大学大学院の博士課程に進んだ頃からです。ボスの大川尚士先生は、錯体化学会の会長まで勤め上げた著名な先生であり、酒好きで大らかな性格ですが、研究に関してはかなり我が強い人でした。その先生の研究スタイルと自分のスタイルが合わなくて、結構苦しみました。でも、その甲斐があって、自分主導で何でも実験・研究ができるようになりました。おもしろいことに、その当時の大川研究室からは10名以上、アカデミック職として各方面の大学へ採用され、教授になられた方も多数います。今でも当時の研究室のメンバーとは、先輩・後輩の交流があります。

 

それは、楽しい環境ですね! 大学卒業後、就職して社会に出てからも、ずっと当時の研究室メンバーと最先端なアカデミックの話題で話し合えるというのは、楽しいことだろうなと思います。

そうですね、楽しいことです。偶然だったのかもしれないですが、当時の大川研は錯体化学を研究するものにとってすばらしい研究室だったと思います。それから、九州大学理学部化学科にはスポーツ大会が、1ヶ月に一回は必ずありました。ソフトボール、バレーボール、卓球、硬式テニス、バトミントン、マラソン等の種目があり、「研究=スポーツ」や「実験=体力」など、スポーツと研究には共通するところがあることを学びました。もちろん、博士課程の学生といえども例外ではなく、現役のソフトボールクラブ出身の学生が投げるウィンドミルからの剛速球を果敢に打ちにいっていたことを覚えています。「ダメと分かっている実験でも、果敢にやってみる。」など、実験をする上で新しい研究に結びつく非常に重要な概念を学びました。

 

とっさの判断や敏捷性等もスポーツも研究も共通なのかもしれないですね。

フットワーク(実験が失敗したら次の実験に移るスピード)が軽くないと新しい実験では成功しません。そのことを学んだのも良かったと思います。ここまでが、九州大学での経験ですね。それから、分子科学研究所の中筋一弘先生のところに、博士(理学)を取ってすぐに助手として採用されました。中筋先生は有機化学専門の先生で、私の専門が180°変わった一大転機になりました。

 

有機化学に専門分野を変えるきっかけとなった理由は?

中筋先生から、錯体化学の研究ができる人がほしいという連絡が大川研にあり、当時博士課程3年だった私に「白羽の矢が当たり」、分子科学研究所に訪問したのがきっかけです。大学ではないので、ほとんど学生もおらず、少人数で最先端の研究をしていました。しかし、研究レベルは非常に高く、研究所には国内外を問わず多くの研究者の方が訪れていました。そのため、ここでも知り合いが沢山でき、未だに共同研究者として付き合っている方も多くいます。狭い世界ですからね。

 

そこではどんな研究をしていたのですか?

原子というのは陽子と電子からできています。陽子と電子を分子や結晶の中で、くっつかないように別々に動かして、新しい機能性を生み出そうという研究プロジェクトが進んでいたのです。すなわち、陽子(プロトン)の運動を学問の中心に据える「プロトニクス」という新しい分野を開拓するプロジェクトの中にいました。私は2年半しか分子研にいませんでした。そして、そのプロジェクトにいれてもらってから20年近く経ちます。私はこの研究をライフワークだと思い、長年続けてきました、これまで続けてきたプロトニクスの研究の成果が、最近やっと芽が出てきている段階です。非常に息の長い、先を見据えたテーマに出会えたことは私にとって幸運でした。

 

どんな芽が出てきているのですか?

私たちは今「プロトニクス」から、さらに発展した「プロト・エレクトロニクス」という新しい概念を確立しようとしています。すなわち、現在よく知られている「エレクトロニクス」は、コンピュータや電子機器を使うための作動原理です。電子が電線を通って流れて電灯がついたり、電子機器のスイッチを入れたりすることができます。実は私たちの体内でも同様なことが起こっており、タンパク質同士に電子が流れたり、電子が移動して触媒反応を起こしたりしています。しかし、私たちの体の中には、どこをみてもロボットみたいな金属の電線・配線みたいなものはないですね。なぜ、電線もないのに体内で電子が流れるかというと、タンパク質の中には水素結合した陽子や水分子などから解離した陽子があり、その正電荷を帯びた陽子が運動することで、負電荷を帯びた電子とともに移動して、電子を流しているからです。体内の電子伝達の仕組みを分子や結晶に活かして、今のエレクトロニクスをさらに進歩させようとする試みを、私たちは「プロト・エレクトロニクス」と呼んでいるのです。例えば、水は電気を流します。これは水の中でプロトンが動いているからです。その水をナノメーター・オーダーの狭い分子多孔質結晶の穴の中に入れると、その水はまるで電子が流れるように、普通の水より100万倍以上も電気を流すことが分かりました。低次元ナノサイズへ水をクラスター化するだけで、陽子も電子と同じようによく流れることが分かった初めての論文です。

 

田所先生のナノチューブの研究のお話ですね。

そうですね。今は「プロトン-電子連動系」と「閉じ込められた水のプロトニクス」を専門として研究を行っています。「何の役に立つの?」と聞かれると、ちょっと困りますね。私は理学部なので、5年、10年先の実学の研究ではなくて、さらに先の30年、40年先の理学を見据えて研究しています。「すぐには役に立たない」、「お金も取れない」、「もうからない」と典型的な理学部の研究なので、最近の日本の研究動向とは一線を画していることになります。これは研究者にとって悲しいことですが、将来の日本にとって必要不可欠な研究と思っています。聞かれる前に言っときます。(笑)私の研究成果は、東京理科大学時代、九州大学時代、分子研時代の研究内容の要素がすべて網羅されて現在の研究成果につながっています。そういうヘテロな形で研究を発展させることが、研究者としてあるべき姿だと思います。

 

先生の新たな研究や発見に期待しております

まだまだ、進歩はないかもしれません。(笑)

 

研究成果の発表の場として、国際学会でのプレゼンや国際ジャーナルへの投稿があると思います。 英語の壁をお感じになったことはありますか?

私は大学へ入学するまでは受験英語の勉強をしてきたので、ある程度読み書きをすることができました。しかし、日本の英語教育の問題点である「話すこと」「相手の話を理解すること」が、私も難しいと感じます。学会でシンガポールに行ったとき驚きました。向こうでは英語が公用語ですが、「シングリッシュ」と呼ばれている言葉で英語がネイティブではない人たちに通用していることです。例えば、中国系のタクシーの運転手さんでも、運転手が英単語を並べるだけで、コミュニケーションが取れていました。文法がめちゃめちゃで単語を並べただけでも、ちゃんと車内の会話ができるし、目的地に連れて行ってくれます。私も相手と同じように、いいたい単語を並べただけでふつうの会話ができていました。我々、日本人は英語で伝えたいと思って、文法を一生懸命考えてから丁寧に会話をしようとします。もちろん、このような会話でもかまいません。でも、言いたいことを瞬間的に単語だけ並べただけでも、いいたいことが伝わることを学びました。「シングリッシュ」は衝撃的でしたね。恐らく、話すために、はじめに単語を並べるだけでもいいので英語で話すことが大切だと思いました。なれてくれば自然と文法がついてくるようです。これが日本人の英語を話すための壁が、なくなる唯一の方法ではないでしょうか。

 

今は発表される際はいかがですか?

英語の学会発表の時は内容をある程度覚えればよいと思っています。しかし、私は少しあがり症なのです。2007年にあった淡路島での国際会議で、大失敗を犯してしまいました。国際会議のとき何百人もの前で招待講演の発表をする機会がありました。専門外の「中性子」の話をする時でした。発表が始まり、だんだん頭の中が白くなっていきました。これは、覚えたときの欠点で、考えながら話すときとは異なって、どうしようもないことです。頭の中が真っ白になると難しい単語や言い回しが出てこなくなります。その時は、その部分だけ日本語になってしまい、後の英語はしどろもどろになってしまいました。これは大失敗でしたね。発表の後、偉い先生から「英語で忘れてしまうことはよくあるから、スライドの中に、言いたいことを書いておいた方がいいよ。」と教えてもらいました。それから、英語の発表の時は、スライドに言いたい英語を書くようにしています

 

先生にはエディテージをお使いいただいておりますが、エディテージを使っていただいたきっかけは?

リーズナブルな料金設定が目に留って利用してみました。使っているうちにだんだん気が付いたのですが、いろいろなサービスがあるのですね。お金がある時は「プレミアムコース」を使っています。エディターの質問やコメントを見て、自分が書いた英語がどのように理解されるのかが分かり、とてもよいと思いました。日本人である我々は、英語でニュアンスを正しく伝えることができません。そのため、この英語でのニュアンスが、英語論文を書く上での一つのポイントになります。エディテージではこの英語のニュアンスも伝わるように校正してくれます。そこが一番気に入っている点です。ジャーナルに投稿した時、私たちの論文の意図が編集者側にも分かるようになっていることが一番大切なことではないでしょうか。

 

エディターへのメッセージはありますでしょうか?

さらに、エディテージの英文校正で良いところは、各個人が持っている癖を見抜いてアドバイスしてくれることです。たとえば、接続詞、文法等の用法の改善すべきポイントを教えてくれることがいいですね。今後の論文執筆にもつながるようなポイントをできるだけ簡潔に教えてくれます。ただ英語論文では、私たちの意図が伝わればいいというだけでは論文執筆の技術の向上は望めません。さらに、日本人ではどうしても、英語でニュアンスがうまく伝わっているかどうかわかりません。日本語でさえもニュアンスをうまく伝えることが大変です。エディターには、少しでも多くの「英語のニュアンス」に関するアドバイスをしてほしいと思います

 

田所先生の今後の抱負をお聞かせください。

私ももう研究者としては中堅になりました。若い頃は「ノーベル賞を狙うぞ!」という気概がありましたが、今は学生をきちっと育てて、どこに出しても恥ずかしくない生徒に育てていきたいと考えるようになりました。研究に関しては、「初心忘れるべからず」誰もやっていない新しい研究をこれからも続けて、10年後、20年後に誰かが注目してくれるような研究を継続したいですね。地味でもいいので、コツコツと人のやっていないことをやり続けることが、私の研究の抱負になっています。世の中を変えるようなお金を稼げる研究ではありませんが、地道にやっていきたいと思っています。そして、NatureやScienceに投稿して受理されるような研究をして、研究者にとって一つの金字塔となるような論文を書きたいです。なかなか夢はかなわないものですが・・・。

 

是非、お手伝いさせてください!大学生や、研究者を目指している学生に対して大切にしてほしいことはどんなことですか?

英語を上達させるためには、外国人の友達を沢山作ってほしいですね。外国人の友達が一人でもいれば、英語が上達すると思います。また、国際学会に行ったときも楽しくなるでしょう。科学では、ぜひ人がやっていないことをみつけて、10年間~20年間連続して続けられるような研究をみつけてほしいです。私もこのような研究テーマをいくつか発見しました。そのような気概を持って研究していれば、きっと何か新しいことを見つけることができると思います。そのために、小さなことでも腐らずに地道にやることが大切だと思います。

 

田所誠先生のプロフィール:埼玉県 東京理科大学卒業後、九州大学大学院を経て理学博士を取得。分子科学研究所、大阪市立大学に勤務、2005年に再び東京理科大学へ、2008年から現職。界面科学研究センターナノスペースグループ長兼任。趣味:ソフトボール、アウトドア、B級グルメ。受賞歴:Papers of Editors' Choice (JPSJ)(2010)、結晶工学国際ポスター賞(RSC)(2009)研究モットー:「勉強だけが能じゃない」、実験をすることによって人知の及ばない領域へと研究を展開するのが楽しみとのこと

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