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26.宮島へ

フーテン営業マン金子の大学巡り旅日記(8)近畿・中国・四国

by • January 25, 2016 • フーテン営業マンComments (0)1127

お久しぶりです。カクタス・コミュニケーションズ(英文校正エディテージ)の事業推進部、金子です。約2年ぶりの更新となります。

「仕事のことをもっと書け!」と前編集長から言われ続けたこの旅日記。この度、現編集長から「仕事に関係なく、自由に書いてほしい」と寛大な申し出がありました(^_^)

お言葉に甘え、年末年始8泊9日の旅日記(近畿・中国・四国)を気儘に書かせて頂きます!

 

1.生野峠

1.生野峠_light

朝5時前に起きて埼玉の自宅を出発し、鈍行乗り継ぎ。銀山で有名な兵庫県の生野に到着した時は既に日も暮れていました。宿は駅から2km以上離れた峠の上。街灯もまばらな山道を一人とぼとぼ歩いて行きました。何度か行ったり来たりするパトカーは、私を不審がっている様子。峠を越えても宿がみつからないので、電話をしたところ、行き過ぎた食堂が実は宿もやっているとのこと。引き返して、やっと辿りつきました。客は私一人でしたが、お風呂も沸かしてあり、心身ともに暖かくなりました。夜が明け初めて、自分がどんな場所にいるか分かりました。

 

2.朝の生野駅

2.朝の生野駅

特急停車駅ですが、人気がほとんどありません。前日は青春18切符(40過ぎでもOK!)を使いましたが、生野駅からは山口県萩駅までの片道切符を買うことにしました。駅員さん(JRからの委託?)が、生野の観光ガイドをたくさんくれました。

 

3.播但線

3.播但線

兵庫県の姫路と和田山を南北に結ぶ播但線。北部の寺前・和田山間は未電化で、ローカル色豊かなディーゼルカーが走っています。観光ガイドは頂いたものの、銀山や生野中心部は3年前の関西出張を生かし、訪問したことがあります。早々に立ち去り、生野駅から一駅、新井駅で途中下車しました。

 

4.山伏岩

4.山伏岩

新井駅から20分以上歩き、山口護国神社に着きました。文久3年(1863)の生野の変(生野では「義挙」の呼称が一般的らしい)ゆかりの地。状況が不利になった為、多くの同志が脱出する中、主戦論者の南八郎(本名 河上弥市)等13名が、この山伏岩で自刃しました。

「遅れては 梅も桜に おとるらん 魁けてこそ 色も香もあれ」

 

5.山陰本線

5.山陰本線

和田山駅で山陰本線に乗り換え。京都から城崎温泉までは電化されています。八鹿駅で途中下車しました。

 

6.平野國臣捕縛の地

6.平野國臣捕縛の地

20分以上歩き到着。歴史マニアのブログに、見つけるのは相当難しいとの記載あり。覚悟はしていたものの、やはり一回で見つけることは出来ませんでした。案内表示もなく、石碑は民家の傍らにひっそり佇んでいました。筑前福岡藩士の平野國臣は、生野破陣の後、鳥取への脱出を図るも、この地で豊岡藩兵に捕縛されました。京へ護送、六角獄舎につながれ、翌年の禁門の変に際し、斬首されました。

「みよや人 嵐の庭の もみぢ葉は いづれ一葉も 散らずやはある」

 

7.但馬の小京都・出石

7.但馬の小京都・出石

豊岡駅まで出てから、バスに乗り換え約30分、但馬の小京都・出石にやって来ました。朝から傘の手放せない生憎の天気でしたが、しっとりと落ち着いた街並みには、寧ろ雨模様こそが相応しいと感じられました。

 

8.出石そば

8.出石そば

宝永3年(1706)のお国替えで、信州上田藩の仙石氏と供にやって来たそば職人の技法に、在来のそば打ちの技術が加えられ誕生したそうです。小皿に盛りつけた皿そばで、五枚一組が一人前とのこと。大食漢で通る私の腹は五枚では満たされませんでしたが、お上品な小京都でガツガツ食べるのは無粋というもの。腹八分目で我慢しました。

 

9.桂小五郎潜居跡

桂小五郎は禁門の変の後、京を脱出し、幕府の探索の目を逃れる為、城崎温泉の他、この出石にも潜んでいました。ここでは荒物屋に化けていたようです。出石には、ここ以外にも複数、桂潜居跡が残っています。潜居を目まぐるしく変える、桂のこの用心深さが、生きて維新の夜明けをみることに繋がったのでしょう。

 

10.諸寄港

10.諸寄港

兵庫県のほとんど西端、諸寄駅近くの民宿で2日目の夜を迎えました。朝食後、列車が来るまでの間、周りを散歩していると、野生の猿が生活道路を悠然と通り過ぎていきました。地元の人には、当たり前の光景のようです。浜辺では、演歌の世界のように日本海の荒波が砕け散っていました。

 

11.鳥取城

11.鳥取城

天正9年(1581)、「鳥取の飢殺し」で知られる豊臣秀吉の兵糧攻めの舞台。着くや否や、初老の紳士が愛想よく声をかけてきて、城の説明を始めました。頂上の天守閣跡まで案内してもいいとのこと。

「1時間程もかかる登り道を、頼んでもいないのに何故同行してくれるのか?」

腑に落ちないので、丁重に辞退させて頂きました。城の話自体は興味ある内容だったので、耳を傾けていたら、紳士の説明は俄然熱を帯びてきて、いつの間にか結局、一緒に頂上まで登る流れに。どこぞの国ですと、「No money」と言っておきながら、ガイドをひとしきり終えるとお金を請求してくるのが定番です。日本でそんなことはあるのか?葛藤を抱えながら、紳士の熱弁を聞いていました。

鳥取城は、今、石垣を改修中。一つ一つの石に番号を着け、一度崩したら元の図面通り完全に戻さないと国の補助金を散り消されるとのこと。こうした技術を持っている業者は今やほとんどないそうです。

イタリアで出会った日本人建築家が、イタリア政府が伝統的建築物を後世に残す為に如何に涙ぐましい努力を傾けているか説明してくれたのを思い出しました。「それに比べて、日本は…」という趣旨でしたが、実は母国もそうした努力を怠っていないということに、嬉しい驚きを覚えました。

頂上への登り道に行くと、年末だからかメンテナンスの為一時閉鎖との掲示が。紳士はその事実を淡々と受け入れ、説明はその後も暫く続きました。一通り終わると、結局お金を請求することもなく静かに立ち去っていかれました。

他の人々にも丁寧に挨拶をしていたこの紳士は、純粋に郷土の事を来る人に知ってもらいたいのでしょう。疑って、申し訳ありませんでした。

 

12.スーパーはくと

12.スーパーはくと

鳥取城で、予想以上に時間を使ってしまったのを取り戻す為、プチ贅沢。鳥取・倉吉間は特急券を買い(750円)、振り子式車両の特急「スーパーはくと」に乗車しました!

 

13.かぶりつき

13.かぶりつき

列車最前列のポジションを、中年男が他の人を押しのけて陣取るのは、あまり恰好いいものではありません。しかし、鳥取でほとんどの乗客が降りてガラガラの列車は、最前列にも空席が。容赦なく座らせて頂きました。

 

14.朝の出雲市駅

14.朝の出雲市駅

出雲市駅近くのゲストハウスで3泊目。他の旅行者との相部屋です。目当ての列車は早朝5:54発。迷惑とならぬよう、暗闇の中で、着替え、布団の折り畳み、忘れ物チェック等を手早く済ませ、無事に乗車出来ました。

 

15.東萩駅

15.東萩駅

2015年のNHK大河ドラマは、吉田松陰の妹・文が主人公。駅もしっかりPRしています。コインロッカーに荷物を預け、今回の旅の主要目的「萩往還」に向かいます。

 

16.萩往還①

16.萩往還①

萩往還は日本海に面した萩市から、瀬戸内海の防府市までを結ぶ、全長約53kmの街道です。慶長9年(1604)萩城築城後、江戸への参勤交代での御成道として開かれました。幕末の維新の志士達が通った道でもあります。特に、山口市と萩市の間(約32km)は、往時の面影が色濃く残っています。1年半程前に、山口市から日南瀬まで約10kmを歩いたので、その残りを歩くことが目標です。この唐樋札場跡が起点となります。

 

17.萩往還②

17.萩往還②

市中心部を抜け、のどかな田舎道といった風情になってきました。

 

18.萩往還③

18.萩往還③

幕末ファンなら訪れてみたい涙松遺跡。萩往還を江戸に向かう旅人にとり、城下が見えるのもここが最後となります。松並木の間に見え隠れする萩を見返り、別れの涙を流したそうです。安政の大獄で、江戸に送られていく際の、吉田松陰の歌が刻まれています。

「かえらじと 思いさだめし 旅なれば 一入ぬるる 涙松かな」

 

19.萩往還④

19.萩往還④

萩では、たわわに実った蜜柑に、あちこちで出会います。

 

20.萩往還⑤

20.萩往還⑤

ますます山深くなっていきます。

 

21.萩往還⑥

21.萩往還⑥

寄り道をし過ぎ、佐々並に辿り着いた頃には、もう日暮れ。今日は、萩市内に戻り泊まる予定です。最終バスはもうすぐ。バス停に急ぎました。

 

22.絵堂戦績

22.絵堂戦績

前日に残ってしまった佐々並・日南瀬間(約3km?)を歩き、萩・山口間踏破の自己満足に浸った後、バスを乗り継ぎ、絵堂にやって来ました。元治2年(1865)の長州藩の内乱、太田・絵堂戦役開戦の舞台。高杉晋作・伊藤博文・山県有朋たちの萩政府軍に対するクーデターの口火は、ここで切られました。

 

23.萩政府軍本陣跡の門

23.萩政府軍本陣跡の門

諸隊側による銃撃の弾痕が右柱に残っています。

 

24.大田の看板

24.大田の看板

絵堂から大田まで史跡を巡りながら歩きました。田んぼの中に巨大看板を発見!

 

25. 金麗社

25.金麗社

奇兵隊本陣跡。鳥居前にある燈籠は慶応2年(1866)の第二次長州征伐(四境戦争)の際、、奇兵隊が小倉から分捕ってきたものとのこと。萩俗論派政権により投獄され、処刑を待つ身だった楫取素彦(大河ドラマでは大沢たかおが演じた)は、諸隊側の勝利によって無事出獄しました。明治41年(1908)「大田絵堂之役殉難志士紀念祭」の時、和歌を金麗社に奉納。

「この神の 守りしなくは 我屍  野山の露と くちはてにけん」

 

26.宮島へ

26.宮島へ

大田からバスで新山口駅へ。それからJRで東へ移動。広島県宮島口のゲストハウスで5泊目の夜を迎えました。港は目の前。翌朝、折角なので宮島に渡ることにしました。

 

27.厳島神社の大鳥居

27.厳島神社の大鳥居

宮島に来たのは、実に21年ぶり(年がばれる)。元日の初詣ならいざ知らず、大晦日の早朝に宮島に渡る方は、それ程多くありません。大鳥居は常に海の中というイメージだったのですが、干潮の時は根元まで行けるんですね。

 

28.呉

28.呉

道路脇に謎の巨大船が鎮座するシュールな光景。後でわかったことですが、海上自衛隊呉史料館に展示される、現役を退いた潜水艦「あきしお」だそうです。

 

29.大和ミュージアム

29.大和ミュージアム

実物の10分の1の戦艦「大和」が再現されているミュージアムは、人波をかきわけないと展示物をまともに見られない程の大盛況。大晦日にここに来ている人達(自分もその一人ですが)、何を思ってここに来たのか聞いてみたい気がしました。

 

30.海軍カレー

30.海軍カレー

日本のカレーのルーツは海軍にあるそうです。海軍カレーの特徴はカレー粉と小麦粉をいためて作ったルーを使うところ。呉駅前の喫茶店で食しました。

 

31.善通寺

31.善通寺

瀬戸大橋を渡り四国へ。この旅6泊目、香川県善通寺市のゲストハウスで年越し。うどん県の香川の人達は、年越しそばを食べるのか気になっていました。香川生まれのオーナーさんの話では、年越しそばも年越しうどんも食べるそう。年越しうどんは、麺を買ってきて、自宅で作るのが一般的なので、大晦日はほとんどのうどん屋が食堂としては休業。麺だけをひたすら作るとのこと。近くの四国八十八箇所霊場の第七十五番、善通寺が「年明け」うどんを、2016年にちなみ2016杯ご接待するとの耳寄りな情報が。元日早朝、オーナーさんが貸してくれたママチャリに颯爽とまたがり、善通寺に駆けつけました。うどんのご接待は…..?私の日頃の行いが悪いのか、もう終わっていました(T-T)

 

32.あん餅雑煮

32.あん餅雑煮

香川県のこの辺りのお雑煮は白味噌で丸餅。中に餡が入っているのが特徴です。江戸時代、砂糖は高級品でしたが、正月くらいは贅沢をしたいという庶民の願いから始まったそうです。ゲストハウスは素泊まりでしたが、特別にオーナーさんが振るまってくれました。味噌とあんこはミスマッチではと思いましたが、食べてみると全く違和感なく、おいしく頂きました。

 

33.瀬戸内海

33.瀬戸内海

列車から見る瀬戸内海。荒々しい日本海とは違い、明るく穏やかです。

 

34.銭形砂絵

34.銭形砂絵

香川県観音寺市にある寛永通宝を模した巨大な砂絵。これを見た人は、お金に不自由することはないそうです。観音寺市で宝くじの1等8億円が2口出た為に、銭形砂絵の御利益と話題になっているとのこと。元旦に訪問するに相応しいおめでたい場所です。

 

35.播州赤穂

35.播州赤穂

四国滞在24時間未満で、また本州に舞い戻りました。岡山で赤穂線に乗り換え、忠臣蔵で有名な播州赤穂で下車。12月は討ち入りの月ということで、例年、忠臣蔵関連の番組が数多く放映されますが、感化されたようです。

 

36.岡野金右衛門宅跡

36.岡野金右衛門宅跡

赤穂城近く。美男子だったという岡野は、吉良邸の絵図面を大工の娘を通じて手に入れたと言われます。大義の為とは言え、娘を騙すようなことをして、義理と人情の狭間で悩むのが、忠臣蔵の定番です。

「その匂ひ 雪のあさぢの 野梅かな」

 

37.姫新線 

37.姫新線

姫新線  姫路のゲストハウスで7日目の夜を過ごし、翌日は、姫路と岡山県の新見を結ぶ姫新線の旅。「まんが日本むかしばなし」に出てきそうな田舎をトコトコ走ります。地味ですが、私の大好きなローカル線の一つです。

 

38.宿場町・勝山

38.宿場町・勝山

中国勝山駅で下車し、数分歩くと、出雲街道の風情ある宿場町が広がります。正直それ程期待していなかったのですが、「寅さん」が今にも現れそうな、味わい深い街並みに感動。

 

39.寅さんロケ地

39.寅さんロケ地

と思ったら、やっぱりロケ地だったんですね。

 

40.真賀温泉

40.真賀温泉

中国勝山駅前から、バスに乗り、湯原温泉郷を目指します。最初は真賀温泉。斜面に張りつくように宿が並んでいます。公衆浴場の幕湯(大人250円)は何と混浴❤ 期待と緊張を胸にドアを開けると、湯船にいらっしゃったのは無口な中年男性お2人でした….。

 

41.コミュニティバス

41.コミュニティバス

「まにわくん」の愛称を持つ、かわいらしいコミュニティバス。一律200円。温泉巡りの味方となってくれました。

 

42.湯原温泉

42.湯原温泉

真賀温泉、足温泉、下湯原温泉と湯原温泉郷を湯めぐりし、最後は河原の無料露店風呂で有名な湯原温泉。混浴❤大混雑で、湯船に自分のスペースを見つけるのも一苦労でした。日中ながら珍しく、それなりに若い女性も。もっと近づいて撮影したいところですが、新年早々警察に突き出されたくないので勘弁してください。

 

43.富士山

43.富士山

2泊した姫路のゲストハウスを、まだ暗いうちに後にし、5:01発の一番列車に乗車。ひたすら鈍行乗り継ぎで、自宅のある埼玉を目指します。由比・蒲原あたりで、富嶽三十六景のように鮮やかな富士山が目に飛び込んできました。

縁起のいい富士の姿に、皆様の新年のご多幸を祈りつつ、今回の旅日記を結びたいと思います!

 

 

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金子洋一 /Yoichi Kaneko
カクタス・コミュニケーションズ株式会社
英文校正エディテージ営業推進部
勤務地 Tokyo, Japan

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